琥珀色の呪い
ノア兄様と存分に遊んだ後、私達は庭園へやってきた。パラソル付きのランチテーブルの上には、様々な軽食と紅茶が用意されている。
かくれんぼの途中、私がリリにお願いしておいたのだ。
今日はいいお天気だもの、外で食べるのはきっと美味しいわ。
「リリ、ありがとう」
私は彼女の元へ駆け寄りギュッと抱き着く。リリは柔らかな笑みを浮かべながら、私の頭をよしよしと撫でた。
「アリス、珍しいな」
その時、後ろから颯爽とやってきたレオリオ兄様が私とリリを見ながらそう言った。
「礼なんて言う必要はないだろうアリス。お前は尊重されて当然の立場なんだから」
「レオリオ兄様」
「ほらこっちにおいで」
リリの腕の中からするりと抜け出すと、私はこちらに向かって伸ばされたお兄様の腕に飛び込む。彼は私を抱き止め、琥珀色の髪にチュッとキスを落とした。
レオリオ兄様は、“レオ”という名の通りまるで獅子のように逞しい人である。目の前にいる今のお兄様が、確か十歳くらい。それでも背が高くがたいも良く、私と同じ琥珀の髪が勇ましい美丈夫だ。
私に何かあろうものならばレオリオ兄様がすぐに飛んできて、相手を睨め付けていた。いずれ長男であるハリー兄様が爵位を継げば、次男であるレオリオ兄様は軍人になり国の為に尽力するといつも豪語していた。
「アリスは可愛いなぁ。まだこんなに小さいのに」
「ちょっとお兄様。私もう十七になるのだから、子供扱いは嫌よ」
ムッとしてレオリオ兄様を睨みつけた直後、彼の驚いた表情を見て私はハッとする。今の私は十六歳ではなく、まだたったの五歳なのだ。
もう私ったら、何をしているのかしら。
「ふ、ふふっ。私ってば早く大人になりたくて、ついお姉さんぶってしまったわ」
「そうなのか。だけどお前は今だって十分素敵なレディだ」
お兄様は私にはこんなに甘いけれど、他の女性には至極冷たい。何かにつけては私と比べ、その度に“アリスティーノの方が”と私を称賛していた。
小さな頃からそうだったからずっとそれが当たり前だと生きてきたけれど、やっぱり普通ではないのよね。
自分を変えようとするのならば、兄達のこの“アリスティーノ至上主義”もなんとかしなければならない。
私はレオリオ兄様の腕の中で、上目遣いに彼の瞳をじいっと見つめる。クアトラ公爵家は代々一人の例外もなく、美しい琥珀色の瞳と髪。
それはまるで呪いのように、逃れられはしない。
「どうした、そんなにジッと見つめて」
いつもと様子が違うと思ったのか、レオリオ兄様は心配そうにそっと私の頬に手を当てる。
私にだけこんなにも優しいお兄様だって、私が投獄されてからはただの一度だって会いにきてはくれなかった。
牢の外に立っていた見張り番達が話しているのを、聞いたこともある。
ーー天下のアリスティーノ・クアトラは家族にすら見捨てられた憐れな女
だと。
こんな風に優しくしてくれる兄様も心の中では、私のことを蔑んでいるのかもしれない。
そう思うと、上手く笑顔を作れなくなる。
「…なんでもないわ、お兄様。さぁ早く昼食を摂りましょう」
ふいっと視線を逸らすと、私は出来るだけ子供らしい仕草でするっと兄様の腕から抜け出した。