かくれんぼの途中で
私は隠れる場所を探す為お屋敷の中をどたどたと走り回る。使用人用の階段を駆け上がった所で、山盛りの洗濯カゴを抱えた一人のハウスメイドとぶつかる。大した衝撃ではなかったけれど、私は頬っぺたを盛大に膨らませた。
「申し訳ございませんアリスティーノ様!お怪我はありませんか?」
「ちゃんと前を見なさいよ!この私を誰だと思って…」
小さな体をいっぱいに伸ばしてメイドを怒鳴りつけようとして、私ははたと動きを止めた。
これよ。私のこういう所が良くないのよ。
アリスティーノ、もっと広い心で物事を捉えるのよ。大丈夫、以前と違って私にはリリという良心が居てくれるのだから。
私はしゃがみ込んで、散らばった洗濯物を集めてカゴに入れ始める。
「まぁアリスティーノ様、そんなことは私が致します!」
「いいのよ。私がぶつかったのだから。それに二人でやった方がずっと早いわ」
「お嬢様…」
体が小さくて小回りが効くからか、私はあっという間に洗濯物を拾い終える。パッと顔を上げると、メイドはとても嬉しそうな顔をしていた。
「お嬢様はとてもお優しいのですね」
「えっ」
「とても助かりました。ありがとうございます」
メイドは私に向かい深々と頭を下げると、再びカゴを持ち去っていく。その様子を、小さな私はただジッと見つめた。
優しい、ですって。そういえば私、前の人生でそんな風に言われたことがあったかしら。
綺麗だ、素敵だ、完璧だなどどという称賛の言葉は飽きるほど浴びてきたけれど、その内面を褒められたことは一度もない気がする。
それもそうだ。気に入らない人間は片っ端から苛めてきたし、私はあの学園の女王だと思っていたから。
そんなことだから、あんなに孤独な死を遂げることになってしまうのだろう。考えただけで、背筋がゾクリと震えた。
「…まぁ、悪くないわね」
ありがとうと感謝され、笑顔を向けられる。私は先程のハウスメイドの表情を思い出し、ぷにぷにの頬っぺたを微かに緩めた。
「あれ、アリスティーノ?どうして隠れもせずボーッとしているの?」
とっくに数を数え終わっていたらしいノア兄様が、私を指差しながらことりと首を傾げている。
「ああっ、隠れるのをすっかり忘れていたわ!」
「あはは、アリスはおっちょこちょいで可愛いなぁ」
お兄様は笑いながら、私の頭を撫でる。もう一回と言いたくて人差し指をピンと伸ばすと、彼は嫌な顔一つしないでもう一度壁に顔を伏せた。
私はまた、タタッと駆け出す。今度はぶつからないように、ちゃんと注意しなくっちゃ。