クアトラ公爵家の面々
「まぁアリスティーノ、もう大丈夫なの?」
「はい、お母様」
リリと共に食堂へ降りると、母であるロベルタに声をかけられる。私はミントグリーンのチュールドレスを身にまとい、可愛らしく笑ってみせた。
「アリス!」
「アリスティーノ」
「平気か?アリス」
三人の兄が次々と私に近寄ってくる。一瞬全員が若いことに驚いたが、そういえば私は今五歳なのだ。兄達だってそれぞれ十一年前の姿であるに決まっている。
長男のハリー兄様が十二歳、次男のレオリオ兄様が十歳、三男のノア兄様が九歳。皆私と年が離れている所為か、とても可愛がってくれていた。
だから私、ユリアン様と出逢った当初は本当に驚いた。だってあんなにそっけなく対応されたのは、初めてだったから。
あら、そういえば今の私って五歳なのよね。確かこのくらいの歳であの方と…
「アリスティーノ」
テノールの渋い声が辺りに響く。自慢の口髭をちょいと触りながら、最後に父・ジョセフが食堂に顔を出した。
「お父様」
「気分はいいのかい?」
反射的にタタッと駆け寄ると、お父様はにこやかな表情でひょいと私を抱き上げた。
「嫌だわお父様。私もう子供じゃないのよ」
「ハッハッハ。アリスティーノはおもしろいことを言うなぁ」
お父様は笑いながら私を椅子に座らせると、自身も食卓に着いた。全員でお祈りをした後、思い思いに食事を口に運ぶ。
五歳の私って、フォークはちゃんと使えたのかしら。
記憶を掘り起こそうとしても無理なので、もう諦めて普通にフォークを使いふわふわのオムレツを口に運んだ。
何だか無性にミルクが飲みたいわ。温かくて、蜂蜜がたくさん入ったミルクを。
「ねぇリリ、私…」
「はいお嬢様。こちらですね」
全てを言い終える前に、リリがことりと私の前にカップを置く。
「アリスは本当に、その蜂蜜入りミルクが好きだな」
「…」
目の前で湯気を燻らせるカップを見つめながら、やっぱり私は不思議な気分を味わっていた。
前の私は、ミルクなんてお子様な飲み物好まなかったのに。五歳の頃は大好きだったのね。
勝手に緩む頬をそのままに、私は両手でカップを持ちふぅふぅと息を吹きかけたのだった。
「ねぇアリス、今日は何して遊ぼうか」
「ノア兄様」
和気あいあいとした朝食の時間も終わり、リリと共に自室へ戻ろうとした私の手をノア兄様が掴んだ。
私より四つ歳上で、クアトラ公爵家の三男であるノア兄様は、一言で表せば“人たらし”だ。まるで女の子のように可愛らしい風貌でジッと見つめられれば、どんなご令嬢もお兄様の虜になる。
昔はよく気に入らない令嬢をノア兄様に誘惑してもらい、その後でただの遊びだとどん底に突き落としたりしていた。
…今思えば私って、本当にとんでもない女だったのよね。死んでせいせいしている人達が一体どのくらいいるのかしら。
「アリス?何だか悲しそうな顔をしてるけどどうかしたの?」
ノア兄様が心配そうに私の顔を覗き込む。私はぷるぷると首を左右に振ると、にこりと笑顔を作った。
「いいえ、何でもないわ。遊びましょう、お兄様。私かくれんぼがしたいわ」
「よし、じゃあ僕が鬼になるよ。ひゃく数えるうちに、アリスは隠れるんだよ」
くるりと柱の方を向きいーち、にー、と数を数え始めたお兄様を見て、私はダッと勢いよく駆け出した。
五歳の私は、かくれんぼがしたかったのね。