完璧な私の人生
誤字脱字報告本当に助かります。
この世界では、貴族階級が全て。公爵令嬢であるこの私は、世に生まれ落ちたその瞬間から勝者であることが決まっているの。
「子爵令嬢如きが、誰に向かって口を聞いているのかお分かりなのかしら」
アリスティーノ・クアトラ公爵令嬢といえば、この王立学園でその名を知らない者は居ないだろう。
王家の側近として代々仕えている由緒正しい公爵家であり、優秀な令息が四人とその下に令嬢が一人。両親や兄達からこれでもかという程でろでろに甘やかされてきた彼女は、自分自身こそがこの世のヒロインであると信じて疑わない。
それに伴う美貌と知能を持ち合わせ、その美しい顔にいつも自信たっぷりの笑みを湛え、すらりと長い手足を優雅になびかせながら取り巻きを従え学園内を闊歩する。
ただ一つ欠点があるとするならばそれはーー
「さぁ、拾いなさい。みっともなく頭を垂れて、地面に這いつくばって拾うのよ!」
とんでもなく、性格がひん曲がっているということだ。
この、唯一にして最大の欠点。それ故に彼女は、色んな意味で有名人だったのだ。
十三でこの学園に入園し三年と少し、アリスティーノはすっかりこの狭い社会を牛耳る暴君と成り果てていた。
「お許しください、クアトラ様っ」
「いいえ、許さないわ。貴女は私の婚約者であるユリアン様に、分不相応にも色目を使ったのよ!」
数人の取り巻きを従え、たった一人の令嬢を苛める。その姿は正に“悪役令嬢”そのものだ。
「教えを乞うフリをして近づくなんて、何て浅ましいのかしら」
「違います!教室に残って勉強をしていた私に、ストラティス殿下がアドバイスを下さっただけです!信じてください、クアトラ様!」
全身泥だらけになりながら、その子爵令嬢は涙を流し許してくれと懇願する。
あぁ、なんてみっともないのかしら。私には考えられない程に無様だわ。
子爵令嬢に生まれたのならば、立場を弁えて行動すればいいものを。図々しく人の婚約者に手を出すから、こういうことになるのよ。
散らばった教科書や羊皮紙を必死に拾い集めている彼女の手を、私はローファーの踵で踏んでやった。
「い、痛い…っ!」
「私の心の痛みはこんなものではなくってよ!ほら、拾いなさい早く!」
高笑いしながら尚もぐりぐりと彼女の手を踏みつける私に、流石の取り巻き達もたじろいている様子だ。
…ふん、何よこの程度で。たかが子爵令嬢一人どうこうした所で、私に何のお咎めもないのは分かりきったことなんだから。
ジロリと背後に視線を向けた私を見て、取り巻き達の体もビクリと震えた。
逆らえば、明日あそこで泥に塗れているのは自分。それだけはごめんだと、誰もが私の肩を持つ。
「貴女、アリスティーノ様からストラティス殿下を奪おうだなんて、身の程知らずもいいところね!」
「そうよ!美貌も家柄も完璧なアリスティーノ様に、貴女が敵うところなんてひとつもないわ!」
「もっと土下座しなさい!」
周囲からも責め立てられ、とうとう子爵令嬢は顔を地面に擦りつけながら泣き出してしまった。
なんてつまらないのかしら。不細工って嫌ね。
すっかり興が覚めてしまった私はスカートの裾をくるりと翻し、視線だけをちらりと彼女に向けた。
「これに懲りたら、二度とユリアン様には近付かないことね」
「ごめんなさい、ごめんなさい…っ」
「ふんっ」
私は彼女の謝罪を鼻で一蹴すると、その場から立ち去る。
あら、口止めするのを忘れてしまったわ。まぁ、誰かに言いふらしたりしたらもっと酷い目に遭うって、あの足りない頭でも分かるわよね。
「アリスティーノ様を悲しませるなんて、とんだ令嬢だわ!」
「教えてくれてありがとう。サナ」
「そ、そんな!私は当然のことをしたまでです!」
取り巻きの一人であるサナが、頬を上気させながらそう口にする。あの令嬢が私の婚約者であるユリアン様と仲良くしていたと、私に告げ口したのは彼女だ。
嘘か真実かなんて、どうでもいい。
サナを信じるふりをして褒めてやれば、それを見た他の令嬢達も彼女のように私の役に立とうとする。
誰の味方をすれば得になるかなんて、猿でも分かる簡単なことよ。
由緒正しきクアトラ家の令嬢、そしてこのルヴァランチア王国の第四王子であるユリアン・ダ・ストラティス殿下の婚約者であるこの私を、無下に出来る者なんていやしないんだから。