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大人ならば 1

 公爵に手を取られ、大ホールに入る。

 広さに驚くことはなかった。

 ローエルハイドの大ホールのほうが、倍以上、広かったからだ。

 ジョバンニに、ひと通り屋敷内を案内された時の驚きのほうが大きかったように感じる。

 

 驚くというより、アシュリーは気後れがしていた。

 思った通り、会場は大勢の「大人の女性」であふれている。

 みんな、きらびやかで、どの人も美しく見えた。

 たぶん、年は2歳から5歳くらいしか変わらないはずだ。

 

(私も、16歳になったら、あんなふうになれるの?)

 

 想像できない。

 アシュリーの中には、いつまでも子供っぽい自分しかいなかった。

 伸びているとはいえ、身長も、ほかの女性たちより低いのは確かだ。

 あと2年で十センチ以上伸びなければ、追いつくことはできないだろう。

 

「アシュリー、きみは愛らしさと美しさを兼ね備えた立派な淑女だよ。なにも心配することはないさ。嫌でも、歳は取るのだからね」

 

 気軽な公爵の口振りに、ちょっぴり笑った。

 ひとまず、公爵は、アシュリーを連れているのを、恥ずかしいとは思っていないらしい。

 うつむいていれば、逆に、恥をかかせることになる。

 

「たくさん食べて、早く大きくなるように、頑張ります」

 

 顔を上げ、にっこりして、そう言った。

 とたん、公爵が小さく声を上げて笑う。

 なんだかびっくりした。

 公爵は、よく微笑んでいるが、声を上げて笑う姿を見たことはなかったのだ。

 

「きみは頑張り屋さんだねえ。昔から、そうだった」

「昔から……?」

「言っただろう? この婚約は、4年前から決まっていたってね」

 

 そう言えば、そうだ。

 最初にアシュリーの前に現れた日、公爵から言われている。

 つまり、4年も前から、公爵はアシュリーを知っていた。

 とはいえ、それをアシュリーは不審にも思わずにいる。

 

 産まれた瞬間に、子供の婚姻相手を決める親もいるからだ。

 貴族の家では、めずらしくもない。

 4年前、アシュリーは十歳だったが、そういうこともあるのだろうと思う。

 事前に聞かされていなかったものの、両親の承諾は得ているとのことだったし。

 

(急がなくちゃならなくなったって、ジェレミー様は仰っておられたから、たぶん予定が少し早まったのね。元々そういう話になっていたのなら、私のことをご存知でも不思議ではないわ。ジェレミー様は、魔術師だもの)

 

 はっきり言って、魔術に関しては知識がない。

 魔術師を、わけもなく恐れていたためだ。

 歴史や成り立ちは知っていても、実際的に、どういった魔術があるのかにまでは、知識の幅を広げていなかった。

 

 非常に、ざっくりと「なんでもできる」くらいに思っている。

 とりわけ、公爵は、特異な魔術師なのだ。

 遠くから人を見るなんて簡単だったに違いない、と納得していた。

 

 ちゃんと自分を見ていてくれた人がいたことに、ちょっぴり嬉しくなる。

 初めて、公爵に親しみがわいた。

 もう少し話してみようかと思った時だ。

 

「お、お、お久しぶりに、ございます、ローエルハイド、こ、公爵様」

 

 声をかけられ、正面に顔を向ける。

 いつの間にか、薄茶色の髪の男性と、金髪の女性が連れ立って立っていた。

 男性のほうは、公爵と同じか年上に見える。

 とはいえ、そもそも公爵は実年齢より若く見えるので、見た目で判断しかねるのだが、それはともかく。

 

「やあ、ミッチ。久しぶりだね。隣にいるのは、きみのご自慢の妻ジリアンかな」

「さ、さようにございます、公爵様」

 

 アシュリーは、きょとんとしていた。

 公爵は親しげに話しかけているのに、ミッチと呼ばれた男性は額に汗している。

 ひどく緊張している様子だ。

 隣にいる、おそらく妻であろうジリアンという女性の顔色も悪い。

 

「こちらから挨拶に行くべきだったのに、悪いね」

「い、いえ! と、とんでもございません! そのようなことは、お、お気になさらず……と、当家としましては、公爵様に、いら、いらしていただけて、光栄に、ござ、ございます」

「そうかい? 今夜は、婚約者を自慢したくてねえ。きみのように」

 

 ミッチという男性が、びくっと体を震わせる。

 アシュリーは、なにが起きているのかわからず、公爵を見上げた。

 視線に気づいたらしき公爵も、アシュリーに視線を向けて微笑む。

 

「彼らは、この夜会の主催者、ラウズワース夫妻だ。こちらが当主のミッチェル、隣にいるのが、彼ご自慢の妻ジリアンだ」

 

 紹介されたので、アシュリーは、挨拶をしようとした。

 が、2人のほうが早かった。

 そそくさと、アシュリーに頭を下げてくる。

 出遅れたと慌てるアシュリーを引き()めるように、公爵の腕に置いていた手に、公爵が手を重ねてきた。

 

「彼女は、アシュリリス・セシエヴィル。わかっているだろう、ミッチ?」

「も、も、もちろんにございます。アシュリリス姫、どうか、お、お見知りおきのほど、よろ、よろしくお願いいたします」

 

 アシュリーも貴族令嬢らしい挨拶をしようとしたのだが、公爵は手を離さない。

 振りはらうわけにもいかず、なるべく深く会釈を返した。

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ラウズワース公爵様、公爵夫人」

「彼女は、とても気立てがいい。なにより、私とは違って、とても寛容だ。そうは思わないか?」

「ま、まことに、お、仰る通りで……」

 

 2人は、なかなか頭を上げない。

 どうすればいいのか、アシュリーは戸惑ってしまう。

 その彼女の手を、公爵が(なだ)めるように軽く、ぽんぽんと叩いた。

 

「きみのほかにも挨拶をしたがる者はいるだろうが、いちどきに来られても困る。彼女を驚かせるようなことがあれば、大変なことになるからねえ。そこで、きみにちょいと頼めるといいのだが」

「わ、私のほうから、話を通しておきます! なにとぞ公爵様がたは、ごゆっくり夜会をお楽しみくださいませ!」

「おや、悪いなあ。だが、そうしてくれると、とても助かるよ、ミッチ」

 

 公爵の口調は、のんびりとしていて穏やかだ。

 表情を見ても、怒っているとは思えない。

 だが、ラウズワース夫妻は、芯から怯えているように感じられた。

 

(ジェレミー様が偉大な魔術師だから、緊張されているのかしら?)

 

 緊張が度を越して、怯えているように感じるだけだろうと思う。

 アシュリーは、それ以外の理由を思いつけなかった。

 公爵家は、王宮で重臣の役を担っている。

 だが、ローエルハイドは、いっさい(まつりごと)に関与していない。

 政敵にならない相手を恐れる必要はないはずだ。

 

「ところで、ミッチ。きみの息子は挨拶に来ないのかい?」

「え……………………」

 

 頭を下げたまま、ラウズワース公爵が間の抜けた声を出す。

 夫人のほうは、彫像にでも変えられたように身動きひとつしない。

 

「今夜は、彼のために開かれた夜会だとばかり思っていたから、意外でね」

「そ、それ、それは……」

「ひょっとして、パートナーがいない? それとも遅れているのかな? いずれにせよ、女性ならともかく、男が1人で夜会に来るのは、めずらしくはない。なにも恥ずかしがることはないのになあ」

「た、確かに、今夜、む、息子は1人でして……」

「そうだろうと思ったよ、ミッチ。まぁ、そう落ち込むことはないさ。彼もいずれ良いパートナーに出会える。親としては心配だと思うがね」

「お、お心遣いに……か、感謝を……」

 

 2人は、まだ頭を上げない。

 ラウズワース公爵は、腰を折り曲げた状態で話しているし。

 

(こんな作法があったの? 私は習っていないけれど……??)

 

 ともあれ、とても窮屈な礼儀であるのは間違いない。

 そして、ラウズワース夫妻に、少しだけ同情した。

 彼らは、子息の相手で悩んでいる。

 貴族にとって後継者の問題は、頭痛の種だと聞いていた。

 

「挨拶は、このくらいにしておこうか。彼女と私に飲み物を頼むよ、ミッチ」

「す、すぐに、ご用意いたします!」

 

 結局、頭を上げることのなかったラウズワース夫妻から、離れる。

 きょとんとしているアシュリーを見て、公爵が、面白そうに笑った。


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