6.不正の真実
グレンの暴走、加速中です。
夜。僕はまた、兄さんを後ろから抱き込んでいた。
これから、兄さんも休みの度にこの家に来ることになるから、部屋を用意すると言ったのは義父さんだ。
遠慮しようとする兄さんに、
「ただ、部屋にベッドは置かないから。寝るときはグレンの部屋に行ってくれ」
と言われた時の兄さんの顔は、すごく情けない顔をしていて、面白かった。
文句を言うことなく、諦めた風の兄さんだけど、ため息をついたのが聞こえた。
「なんで、ため息なんかつくの?」
いたずら半分で、耳元にそうささやいたら、兄さんが体をビクッとさせた。
「……くすぐったいから、耳元でしゃべるな」
耳を隠そうとする兄さんの手を押さえて、さらに悪ノリしてみた。
「恋人同士だと、こういうことするのかな。男が女性をこんな風に抱き込んで」
わざとらしく、腕の力を強める。
「耳たぶをなめたり、甘噛みしたり?」
実際に、口に兄さんの耳たぶを含んでみる。
「――グレン!」
さすがに、少し怒った兄さんの声が聞こえたけど。
「兄さんキレイだから、女装したら似合うよ、きっと」
「――離せ、グレン」
兄さんの声が、一段と低くなった。
でも、兄さんは怒っても、結局抵抗しようとはしない。
「いいよ、離してあげる」
僕は、兄さんをベッドに押しつけて仰向けにさせて、その上に馬乗りになった。
「……グレン!?」
戸惑う兄さんに、にっこり笑った。
「離せって言うから、離してあげたんだよ」
そんな僕を、兄さんはじっと見つめてきた。
「――何がしたいんだ、お前は」
「特に何ってことはないんだけど。ただ一度、聞いてみたい事があったんだ。――ね、僕と、あいつらと、どっちの方が大事?」
兄さんは、あんぐりして僕を見返した。そして、
「……比べられるものじゃないだろ」
僕から視線を逸らして、そう答えた。
「そっか。だったら、比べてもらう。比べて、僕の方が大事だって言ってもらえるまで、僕は兄さんを離さないから」
「…………………はあ? いや待てグレン。別にお前が大事じゃないというわけじゃない」
「そうだね。でも、あいつらと同列は嫌だ。ホントなら、兄さんにはあいつらのこと、忘れ去って欲しいくらいなのに」
「…………………………それは無理だ」
「分かってるよ。だから、せめて上にいきたい」
「…………………あいつらを陥れたのは、俺だから」
突然の、その兄さんの言葉が、理解できなかった。
「……………………………………………えっ……?」
呆然としている僕に、兄さんは微かに笑った。
「俺があいつらを、父を、妹を、弟を、陥れたんだよ。ウォーレンサー家を潰すために。そんな相手を、忘れるのは無理だ」
……………………どういうこと……?
フランルークが、領地の代官の不正を知ったのは、三年くらい前。父親の仕事を手伝い始めた頃だった。
明らかにおかしい収支報告を見て、父親に言ったものの、父親はまるで興味がなかった。今まで何も問題なかったんだから問題ない、と言われて、話は終わった。
それで納得のいかなかったフランルークは、過去を遡って調べて分かったのは、笑えるくらいに不正だらけだったことだ。気付かれないように、代官が上手くやっていた。
本当なら、その時点で報告をしなければならないのに、フランルークは、何も言わなかった。
ウォーレンサー家を滅ぼすために、利用できると思った。
その時点での罪では、代官は交代になっても、当主は厳重注意をされて終わり程度のもの。
当主にまで罪を問う必要のある、多額の不正をしてもらってから、告発しようと考え、そして、それは予想以上に上手くいった。
金額がかなりなものになった頃、父親もおかしくなり、情報を王宮側にこっそり流した。
「王太子殿下が逮捕に来たと言ったときには、心から喜んだ。これで終わると思った。それなのに、俺だけがここに残った。本当に家族で唯一、代官の不正を知りながら黙っていた俺だけが。
全部上手くいってたのに、最後の最後で、してやられたな、と思ったよ」
兄さんが口を閉じた。
頭の中がグルグルしていて、考えがまとまらない。
とりあえず、浮かんだ疑問をぶつける。
「……なんで、滅ぼそうと思ったの?」
「俺が、許せなかったから。――知ってるか? 俺、お前を的当てにしたくなくて、忌み子なんかと関わるな、と言い続けていたんだ。ところが、その結果が、深淵の地への追放だ。
――最悪だと思ったよ。何もできない自分も、平然とお前を見捨てた父も。それまで仲良かったのに、躊躇いなくお前に魔法をぶつける弟妹も。だから、潰したかった。
お前が潰してくれるなら、それでいい。でも、そうじゃなかったら、俺自身の手で叩き潰してやるって、そう思ってた。だから、後は俺自身が潰れれば、それで終わり。
それなのに、お前を筆頭に周りが優しいものだから、俺もどうしていいか分からなくなった。
で、気付いたら、一生秘密にしておくべき事を、話してた」
笑う兄さんを見て、僕はそのまま兄さんの上に、うつ伏せで覆い被さった。
頭の中は、まだグルグルしてるけど、一つだけ確かなことは。
「――おい、グレン?」
「兄さん、演技上手になったんだね」
重い、と僕をどかそうとしていた兄さんの動きが止まった。
入学式の日、僕が下手な演技だったと言ったことを、思い出したのかもしれない。
「――そりゃあ、10歳の頃に比べればな。演技の一つもできなかったら困るだろ」
苦笑している兄さんの首筋に、顔を埋める。
「そんな事、話しちゃって良かったの? 一応、僕兄さんの監視役なんだけど。王太子とかに話したら、どうするの?」
「髪と息がくすぐったいから、そこから離れろ。――話すつもりなんてなかったんだ。まあでも、話してくれたら、俺も今度こそ終われるかな」
「離れろって言われると、もっとくっつきたくなる。――話したところで、変わらないんじゃないかな。監視がキツくなるだけだよ。兄さんは、模擬戦で力を見せ過ぎた。あれを見て、手放そうと思えるわけがない」
言葉通りにさらにくっついた。
終われるわけがない。――終わらせてあげるつもりなんてない。
僕だって、兄さんを離す気なんてないんだから。
「……模擬戦じゃ、ただお前と戦えるのを楽しみにしていたからな。お前の目標の一つになれば、くらいに考えただけで、他の事はまったく考えてなかった」
失敗したなぁ、と兄さんは笑った。
僕も一緒に笑った。兄さんが、少しすっきりした顔になっている気がした。
次の日、僕は悩んだ末に、義父さんに、兄さんの話した内容を伝えた。
兄さんに話していいか聞いたら、監視役が監視対象者に、許可を求めるなと怒られた。
そう言われても、僕はそこまで割り切れていない。
兄さんが割り切りすぎだ。
話を聞いた義父さんは、しばらく絶句していた。
「なるほど。つまり、我々はキミの手の内で踊らされたわけだ」
ややしばらくしてから言った、義父さんの口調は、内容とは裏腹に優しい。
それでも兄さんは謝っていたけど。
「……フランルーク。悪いが、王太子殿下には話をさせてもらうよ」
「はい。構いません」
義父さんの言葉に、兄さんは頭を下げた。
そして、王太子は話を聞いた後、
「なるほどね。何か違和感はあったんだよね。特に問題なさそうだから、無視しちゃったけど」
つぶやいて、兄さんに言った。
「フランルーク。前にも言ったけど、君ほどの実力の持ち主を手放す気はないから、そのつもりでね。貴族の不正は、たまに内部からの告発で発覚することもあるから、それの一つと思えば、まあ大したことはないよ。
ただ、監視は長引くよ。最初は一年くらいかな、と思ってたけど、学校を卒業するまではグレンに張り付いていてもらおうかな」
「はい。任せて下さい!」
「……え……卒業まで……」
僕が元気に返事をしたのと引き換えに、兄さんはゲンナリしていた。
「まあ、グレンはほどほどにね。――それで、フランルークは、何でいきなりそんなことをグレンに話しちゃったのさ?」
「……えーと……勢いで?」
「……勢いねぇ? グレンは何をして、そんな話を引き出したの?」
「なぜグレンに聞くんですか!」
「兄さんを押し倒して、僕とあいつらとどっちの方が大事なの、みたいな話をしてたら、ですね」
兄さんの叫びを無視して、答えを口にする。
「「押し倒した!?」」
「グレン! 余計な事を言うな!」
王太子と義父さんの声が重なった。兄さんもまたなんか叫んだけど、別にいい。
「……押し倒して、何をする気だったの?」
「特に何も」
聞いてきた王太子が、すごく不審そうに見るけど、これは本音だ。
ホントに文字通り手を離したくないだけで、それ以上の感情はない。
「――フランルーク。監視役を代えて欲しいときは言っていいよ。普通はそんな事認められないけど、君の場合はそれを認めておかないと、大変な事になりそうだ」
「……ありがとうございます、殿下」
「何で!!」
思わず叫んだけど、全員に無視された。
それから、兄さんは少しずつ変わっていっている気がする。
これから、自分がどうしていきたいのか、そういうことを考えるようになった。
ちなみに、一度家に王女殿下がお忍びでやってきた。
相手が王女だからと強く出られない兄さんをいいことに、ベタベタする王女に、僕がキレた。
……というか、キレそうになったけど、義父さんに止められた。
しょうがないから、王女が陣取っているのと反対側に陣取って、王女を牽制した。
その日の夜は、ちょっと僕の引っ付き具合がいつもより多かったのは、許して欲しい。
次回が最後になります。
敵が登場します。