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21 白鳥の園⑭

 数日後、シャルロット宛に一通の手紙が届いた。


「男爵から?」

 これまで面会はおろか連絡さえ一つもなかった男が何の用なのだろうと、怪訝そうに彼女は男爵家の封印を開けた。そして手紙の内容に困惑することとなった。

「…どういうこと?」


 そこには、聖光輪祭に王宮で開かれるデビュタント舞踏会に出席するよう男爵からの指示が記されていた。

「聖光輪祭は冬至の日だからあと三ヶ月もないわ」

 ベッドに座り込み、シャルロットは頭を抱えたい気分だった。手紙には舞踏会に出ろという内容だけで、そのための準備については何一つ書かれていない。

「普通は半年から一年かけて準備するものよ。今からなんてどのメゾンでも受け付けないし、そんなお金もないし…」


 これまで制服以外の衣服は全て男爵邸で着せられていた物をシャルロット自身が手直ししてきた。だが、デビュタントドレスを一から作る技能はさすがにない。考えても妙案は浮かばなかった。

 誰に相談するべきかと悶々とする日々を過ごした週末、予期せぬ者が聖ミュリエル修道院を訪れた。


「マダム・モワノ!」

 男爵夫人の忠実な侍女が大きな箱を抱えて面会室に立っているのを見た時、シャルロットは夢かと疑った。

「どうされたのですか。まさか男爵夫人に…」

「奥様は穏やかにお過ごしです。今日は、男爵からあなたのデビュタントの用意をしろと仰せつけられて来ました」

「そうだったのですか」

「まったく、デビュタントをこんな急に決めるなんて。これだから卑しい成り上がりは…」


 いつものように男爵を罵った後で、侍女は懐かしそうに寮を見回した。

「奥様も娘時代にこの学園で学ばれました。私もお側でお世話させていただいたものです」

 当時、エグレット伯爵令嬢だったジュスティーヌ夫人は使用人を連れて高位貴族寮に入っていたのだろう。伯爵家の苦しい財政状況のためにマダム・モワノはメイド役も兼ねていたかもしれない。


 我に返ったようにマダム・モワノは抱えていた箱を差し出した。

「奥様のデビュタントドレスです。今の流行には合いませんが、あなたなら工夫できるでしょう。ティアラなどの宝飾品は皇国銀行の貸金庫に預けてあります。鍵を渡しますので大切に扱うように」

「…ありがとうございます。突然のことで困っていました」

 感謝を述べるシャルロットに、マダム・モワノはふん、と頭をそびやかした。

「一生に一度のデビュタントで貧相な格好など、奥様の名誉に関わりますからね。勉強の方は進んでいますの?」


 いつもの彼女らしい言い草に、シャルロットは笑いを堪えるのに苦労した。

「はい。上位の成績を収めています」

「よろしい」

 頷いた後で、男爵夫人の侍女は声を潜めた。

「『ル・コック』紙を見ました。あの男の悪事は暴けそうなの?」

「まだ確たる証拠は出ていませんが、新聞社も引き続き取材するようです。マダム・モワノの詳細な記録のおかげです」

「奥様が解放されることを思えば、あの程度のこと苦労でもありません」


 言葉は素っ気なかったが、男爵夫人が冷酷な夫に虐げられる日々の中、深い憎悪と共に書きためた記録だろうという想像は付く。

「いいですか、くれぐれも奥様の御名を汚すことのないよう振る舞いなさい。健康を損なうのではありませんよ」

 何のかんの言いながら冷遇されている庶子を気遣う侍女に、シャルロットは深く頭を下げた。




 自室に戻り、男爵夫人のデビュタントドレスを広げてシャルロットは考え込んだ。ドレスはクリノリンで円錐状に広げるデザインで、細身で腰当て付きの現在のスタイルとはかけ離れていた。

「確かに流行遅れね。でも、生地は高級品だわ」


 ふと、頭の中に懐かしい声が甦る。小さなエフィの聖光輪洗礼式のために古着を前にあれこれと楽しげに話し合っていた母と祖母。

 瞼が熱くなるのを堪え、シャルロットはドレスの直し部分を検討した。


 そこに、同級生の少女たちが顔を覗かせた。

「お客様だったようだけど、どなたが見えたの?」

「わあ、それ、デビュタントドレス?」

 フェリシーとロールが取り巻き、シャルロットは説明した。

「母の物なの。今風に直せば使えそうで」

 友人たちは納得した様子だった。

「そうね、スカートの形が古いわね」

「でも素敵。シャルロットは器用だからきっと素晴らしくなるわ」

 少女たちに励まされ、男爵令嬢はデビュタントの準備に取りかかった。




「そうだったの。ロシニョール男爵直々のお達しなら仕方ないわね」

 結局、ユージェニー・ディロンデル公爵令嬢に今シーズンのファッション・プレートを見せてもらうことにした。

 公爵令嬢はドレスを贈らない男爵のやり方に不思議そうな顔をしていた。シャルロットは簡潔に説明した。

「男爵は私に投資する価値がないと思っておられるのでしょう。男爵夫人の侍女が夫人の昔のドレスをわざわざ持ってきてくれたので、それで何とかします」

 他人行儀な呼び方を公爵令嬢は追求しなかった。


 ――ディロンデル公爵家であれば、男爵家の事情も醜聞もすぐに調べられるでしょうね。

 そう思いながらも、最新流行のドレスを描いた極彩色のプレートを見るのは楽しかった。

「今年の夜会服はこの形が主流ね」

 細身のスカートの腰の位置にアクセントを置き、そこから襞を寄せて裳裾を長く引くスタイルをシャルロットは把握した。

「一昔前のテントのようなスカートが主流でないのが助かります」

 正直な感想に公爵令嬢は笑った。

「あれは生地ばかり無駄に必要でしたわね。ご存じ? 細身のスカートに流行が替わった時は、繊維業者が青ざめていましたのよ」


 あり得ることだとシャルロットも笑い、公爵令嬢に礼を述べて高位貴族寮を後にした。ふと二階の角部屋を見上げると、カーテンが閉め切られていた。

 ――ベアトリスだけでなく、ダイグル公爵令嬢も最近は見かけないわね。

 デビュタントの準備や皇太子との公務に忙しいのだろうと推測し、ドレスのデザインを固めようと男爵令嬢は急いで寮に戻った。




 この時期、見習い修道女のモニカは医療奉仕に出ることが多くなり、以前のように国立図書館通いをするのが難しくなってきた。

「できれば協力したかったけど」

 申し訳なさそうに言うモニカに、シャルロットは首を振った。

「いいのよ、図書館での調査はほとんど終わってるし、あとは新聞社の人たちに任せるようになると思うわ」

「そう言ってくれると助かる。ねえ、デビュタント舞踏会に出るって聞いたけど」

「男爵が手紙で言ってきたの。ドレスは男爵夫人の昔の物を手直し中よ」

「出ろって言うならドレスの用意ぐらいするでしょ、普通」

「私にお金を使いたくないのよ」

「…あのクズ」

 罵倒した後で、モニカは慌てて十字を切った。シャルロットは笑いながら幼馴染みに言った。

「がんばってね。ピエール先生によろしく言っておいて」

「うん。エフィが女学園にいるって教えたらびっくりしてたよ」


 モニカが修行に戻り、シャルロットは自室で型紙の制作に取りかかった。

「とにかく、流行遅れと思われない程度でいいわね。男爵令嬢なんて下位貴族の分際で凝った物にしても滑稽だし」

 マダム・モワノが運んでくれた箱の中には大きな羽根扇まであった。

「白鳥かしら、これ。こんな物を持って夜会に出ていた頃もあったのね」

 おそらく、スカートにボリュームがあり普通の扇ではバランスがとれなかった時代の流行だろう。

 さすがにこれを使うことはないだろうと、シャルロットは扇を箪笥の引き出しに収めた。




 男爵令嬢の部屋の扉を気付かれないように細く開け、作業中の様子を観察する視線があった。

 服のポケットには渡された物があり、指示された声は今も頭の中に響いている。

『出来上がったところでやるのよ。一番心を折れる時にね』

 その時の表情を見てみたい。不安を上回る期待で視線の主は機会を待つことにした。


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