17 白鳥の園⑩
パンソン家の自動車は皇国の首都シーニュを抜け、郊外を走った。かなりの距離を移動したようだが、まだ日暮れまで間がありそうだった。
やがて広大な農地の向こうに大きな館が見えてきた。
「あれよ」
シャルロットの隣に座るサラ・パンソンが館を指さした。皇国のみならず、西大陸有数の財閥パンソン家の本拠地であるシャトー・フォーコンが、次第に全容を明らかにした。
――ダイグル公爵領の館より大きそうね。
〈デルフィーヌ〉が感心するうちに、自動車は外門を通り、前庭園を走った。やがて本館に続く内門に着くと、使用人が門を開けてくれた。彼らが銃を背にしているのにシャルロットは気付いた。
正面玄関前に自動車は停まった。先に降り立ったサラにあちこちから使用人たちが声をかけた。
「お帰りなさい、サラ嬢さん」
「久しぶりね、みんな変わりない?」
「誰も欠けてませんよ」
続いて降りてきたシャルロットに彼らは注目した。サラは無遠慮な使用人たちに警告した。
「今日はお友達を連れてきたのよ、物騒な物で脅かさないでね」
「すいません」
男たちは慌てて銃を下ろし、可憐な来客に詫びた。サラはいつものこととばかりに後輩を連れて正面玄関から中に入った。
館の主に挨拶をしなければと思っていたシャルロットはサラの母親に迎えられた。
「お帰りなさい、サラ。そちらが噂のお友達なの?」
シャルロットはパンソン夫人の前に進み出ると優雅に淑女の礼をした。
「初めまして、マダム・パンソン。シャルロット・ロシニョールと申します。このたびはお招きくださりありがとうございます」
メイドたちの間から感嘆の溜め息が漏れた。微笑む夫人の背後から賑やかな声がした。
「お姫様だ!」
「サラ姉様がお姫様を連れてきた!」
そっくりな少女が二人、シャルロットを両側から挟み込むようにしてしがみついた。サラが申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね、うるさくて。これが例の双子よ。アデール、エリーズ、ご挨拶は?」
「あたし、アデール」
「あたしがエリーズよ」
同じ栗色の巻き毛に同じ茶色の瞳、声までそっくりな双子はうっとりと男爵令嬢を見上げた。
「しばらくこちらにお世話になりますのでよろしくお願いします、アデール様、エリーズ様」
顔を見合わせて双子はきゃっきゃと笑い出した。パンソン夫人が娘たちを追い立て、シャルロットに詫びた。
「ごめんなさいね、あの通り躾がなってなくて」
「とても可愛らしいお嬢様方ですわ」
ニドの街の小さなジョスが生きていればあのくらいだろうか。そう思いながらシャルロットはメイドに連行される双子を見送った。
滞在中の部屋付きメイドに案内され、シャルロットは庭園が見渡せる続き間に案内された。既にトランクは運び入れられて荷物の整理を待つばかりになっていた。
メイドたちは男爵令嬢の指示に従って衣類を仕分け、箪笥に収めた。マダム・モワノからの封筒や研究をまとめたノートを入れた箱をシャルロットは机に置いた。
外出着から部屋着に着替え、男爵令嬢はメイドたちに言った。
「ありがとう、もういいわ」
「晩餐は七時を予定しています。時間が来ればお知らせに参りますので」
そう説明して使用人たちは下がった。
ソファに座り、用意されたお茶を飲み、シャルロットはくつろいだ。
――こんな風に過ごすのは前世の公爵邸以来ね。
常にメイドや侍女に取り囲まれ、一人になれる時間は就寝中ぐらいだった生活を遠い昔のように〈デルフィーヌ〉は回想した。
――ここの使用人たちの働きぶりは公爵家に引けを取らないわね。それに主家族とも友好的で。
同じ人間扱いしていなかったロシニョール男爵やダイグル公爵と比較すると驚くほどの違いだった。
――パンソン夫人も気さくな方だったし、ご当主もそうなのかしら。
自動車での移動の疲れを癒やし、シャルロットは晩餐の時を待った。
広い正餐室にはパンソン一家が揃っていた。シャルロットは当主であるクロード・パンソン氏に招待への礼を言った。
「サラ様のご厚意でシャトー・フォーコンを来訪できて光栄に思います」
「こちらも楽しみにしていましたよ、ロシニョール嬢。サラから散々聞かされてきましたからな」
パンソン氏は快活に笑った。夫人も大きく頷き、下の娘たちに注意した。
「さあ、シャルロットさんを見習ってお行儀よく食べるのよ」
双子に注目されて多少恥ずかしかったが、男爵令嬢は手本となるマナーで食事を進めた。アデールとエリーズは神妙にナイフとフォークを使っている。
食事中の話題はシャルロットの部屋の居心地に気を遣うものだった。
「急に用意させた部屋だが、足りないものがあれば遠慮無く言って欲しい」
「ありがとうございます。荷物も少ないですし、それほどお手を煩わせることは無いかと思います」
「部屋からの眺めはお気に召して?」
「はい、とても。庭園は美しいですし、その向こうに広がる農地の麦が揺れる様に見入ってしまいました」
パンソン夫妻は嬉しそうに頷いた。
晩餐が終わり、挨拶をしたシャルロットが退出した後、パンソン氏は執事とメイド長に尋ねた。
「あのご令嬢をどう思う?」
シャトー・フォーコンの典礼官と女官長と言うべき二人は揃って即答した。
「まさに貴婦人と呼ぶべきですな」
「本当に男爵令嬢ですか? 宮廷でなければお目にかかれない洗練ぶりですが」
それを聞き、サラが自慢げに笑った。
「言ったとおりでしょう、お父様」
「ああ、疑って悪かった。これまでの友人とあまりに毛色が違うから驚いたよ」
「可愛いだけのご令嬢ではないわよ。今に分かるわ」
楽しそうにサラは宣言した。
部屋に戻ったシャルロットはメイドたちに就寝の支度をしてもらい、広く寝心地のいい寝台で眠りについた。
翌日、朝食の後でサラは後輩を遠乗りに誘った。彼女が貸してくれた乗馬服は、ズボンのようなスカートだった。
「南方大陸の牧童が着ているのよ。とにかく楽で動きやすいんだから」
戸惑いながらも着用してみると、彼女の言葉に嘘はなかった。横乗り以外で馬に乗るのも初めてだったが、男性同様に跨がるのは安定感が違った。
つば広の帽子を被り、シャルロットはサラに案内されながらシャトー・フォーコンの周囲を馬で散策した。館の周囲に広がる麦畑を指さし、彼女は尋ねた。
「あの農地もパンソン家所有ですか?」
「そうよ、もうすぐ収穫ね。祖父の代に凶作で農地を捨てた小作人が首都に辿り着いては行き倒れてたの。廃屋同然の館とその一帯を安く手に入れて、元の小作人たちの働き口を作ったのよ」
館の維持のために地元の人を雇ったのかと思ったが、実情は逆のようだ。サラは麦畑沿いに馬を歩かせながら言った。
「金色の麦穂が風に揺れるのは素敵でしょう? 夕日に照らされるとあなたの髪と同じ色になるし。初夏の青い海のような光景も大好きよ」
皇都の小さな金貸し業から興ったパンソン財閥を前世のダイグル公爵もその息子も軽蔑していた。だが、彼らは領民の苦難に手を差し伸べたことがあっただろうか。〈デルフィーヌ〉はそう考えずにいられなかった。
館に戻り、午後をシャルロットはマダム・モワノの記録の検証に費やした。小書斎を借りて記録簿やノートを広げていると、お茶が運ばれた。メイドではなくサラがわざわざ持ってきてくれたのに気づき、男爵令嬢は恐縮した。
「ありがとうございます」
「熱心ね。宿題でも出たの?」
「個人的に調べていることなんです」
「見てもいいかしら」
「どうぞ」
ノートにまとめられた三年前のエスパ風邪の記録を、サラは興味深そうに目を通した。
「週末に出かけていると聞いたけど、このためなのね」
「はい、国立図書館で資料を探していました」
珍しくためらいがちに財閥令嬢が尋ねた。
「どうしてこの件を調査しているの」
〈デルフィーヌ〉は逡巡した。そして、協力を求めるために隠し事は得策でないと判断した。彼女はブラウスの左カフスを外した。




