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マキナ

作者: 理不尽な猫

高校の部活で書いた短編小説です。

拙い所が多いですが気になった人はぜひ読んでみてください。

  患者服を着た少女の目の前で大きな手がぶらぶらと揺れていた。


「どうだい、マキナ。ちゃんと見えるかな」

「……視界良好、不備なし。オールグリーンです、ハカセ」


  マキナと呼ばれた、茶髪の少女は何度か手を握ったり開いたりしながら、まるで機械の様に答えた。

 マキナという名は以前のマキナのあだ名から取ったもので、博士は色々と名前の候補を考えていたが、彼女が気に入ったのはこの名前だった。


「はは、そんなかしこまった答え方をしなくてもいいんだよ、マキナ」


  博士と呼ばれた男は細長い体に白衣を纏いながら、少し困った様に笑っていた。


「いえ、以前から こういった話し方でしたので」

「なら、これからはもう少し女の子らしい話し方も学んでいかないとね」

「わかりました、ハカセ」


 こりゃ時間がかかりそうだと博士は思いつつ、マグカップを取り出すと。

「マキナ、何か飲むかい?」

「では、ハカセと同じものを」

「コーヒーだけど大丈夫?」

「はい」


  砂糖とミルクを入れて甘くしてから渡すとマキナは年相応の少女の様に、何度も息を吹きかけてコーヒーを冷ましていた。

  そんなマキナを見ながら、コーヒーを啜っていると、マキナは眉をひそめていた。


「本当にコーヒーで大丈夫?」

「問題ありません、ハカセ」

  そう言いつつも苦そうに飲んでいた。


「まったく、苦いなら苦いって自分から言わないとダメだよ。マキナはもう人間なんだから」


  博士はあまり減っていないコーヒーをマキナから取ると、別のマグカップにオレンジジュースを注いだ。


「すいません、ハカセ」

 いそいそと受け取ると、今度は美味しそうに飲み始めた。


 博士はそんなマキナの横顔を見ながら、この笑顔を守る決意をしていた。





 二年前およそ三十年続いた戦争が終わった。

 たった一つの兵器の誕生と共に一年で。


 ほとんどの人間はその兵器の正確な名称など知らなかったが、いつからかそれはこう呼ばれる様になっていた。


 デウス・エクス・マキナーー『機械仕掛けの神』と。


 その兵器の最も恐ろしいところは圧倒的な武装でもなく堅牢な装甲でもなく、完成された人工知能による戦闘データの学習能力だった。


 その兵器に搭載された人工知能は戦争中に起きたほぼ全ての戦闘のデータを解析、学習した。

 結果、人の手を借りずにどんな戦場にも対応する無敵の兵器となった。

 もはやその人型の兵器の動きは人間の戦士に近いものだった。



 戦争が終わった後、その兵器は生み出した本人の手によって、生身の体と人間の心を手に入れた。


 研究室の中に書類を束ねたボードを持った白衣の男と、いろんなチューブに繋がれた患者服の少女がいた。

 男はやつれた様子で、眼鏡をかけた目元にはクマが出来ていた。反対に少女は健康的な見た目だったが、機械が故障した様にピクリとも動かなかった。

 そして不意に少女の目がパチリと開かれた。


「よかった、気がついたかい。なかなか目を覚まさないから心配したよ」

  白衣の男はほっとした様に少女を見ていた。


「僕が誰だか分かるかな?」

「ジョゼ・クローチェハカセ。私の開発者です」

「よしよし、ちゃんと見えているな」

「? ハカセ、視覚認識に誤作動が起きています。ハカセが大きく見えます」

「いいや、そんなことはないよ。自分の姿を見てごらん」

「ハカセ、これはどういうことなのでしょう?」

  少女は患者服を着た、自分の体をペタペタと触っていた。


「君の体はもう、大きな兵器の体じゃなくて人間の少女の体なんだ」

「人間の……体」

「そうだよ、きちんと感覚はあるかい?」

「はい、センサーに異常はみられません」

「違うよ、センサーじゃなくて、感覚器官のことだよ。君はもう自分の目や耳そして肌で感じることができるんだ」

 博士が少女の手を握ると少し驚いていたが、少女はしっかりと握り返していた。


 少女の体は確かに熱く、そして握った手の温かさも感じていた。

 これがマキナの二度目の誕生だった。


 だが、いくら人間の姿をしようと周りの扱いは兵器のままだった。



「どうしてですか、マルコー大佐!」

  上官である、マルコーに呼び出された博士は珍しく、声を張り上げていた。


「言っただろう、クローチェ博士。上で決まったことだ。どうしようもない」

  マルコーと呼ばれた、黒のスーツを纏った長身の男は取りつく島もない様に答えた。


「戦争は終わったがまだ各地でテロリストが暴れているんだ。それの鎮圧も我々、軍の役目だ」

「だからってマキナを戦わせるんですか! あんな少女を!」

「確かにあれの見た目は十二、三歳の少女にしか見えない」

「だったら」

「だがな、博士。あれは兵器として生まれ、先の戦争で何十万人も殺してきていることには変わりはないんだ」

「ですが今のマキナは人間です。この事実も変わりませんよ」

「人間の定義などと言う下らない議論をするつもりはないが、あれを使えばこちらの人的被害を最小限に抑え、なおかつ見た目を活かして気付かれずに近づき制圧できる。これは君があの兵器を改造するときに、上を説得するために言ったことだ」


  博士にはマキナに関する多くの権限が与えられていたが、人間の体に変えると言ったときに多くの反発の声が上がった。

 博士は表向きには今までとは違う実用性を示しながら、裏では人間の心を持ったマキナを見れば考え直すだろうと思っていた。


 そんなことは一切なかったが。

「私が今話しているのはそんな合理性のことではなく、マキナを戦場に連れて行く倫理的問題についてです」

「はぁ……」

  マルコーは心底呆れた様に溜息を吐いた。


「私は研究者というのはもっと冷徹なものだと思っていたのだがね」

「あいにく私はマッドサイエンティストではないもので」

「……まぁいい、これはもう決まったことだ、君がいくら言ったところで変わることはない」

 マルコーはそう言い残して部屋を出ていった。


「クソっ!」

  博士が壁を叩いた音だけが部屋に響いた。






「本当に大丈夫かい? マキナ」

  博士がマキナの手を取りながら心配そうに声をかける。


  マキナはこれからテロリストの制圧に駆り出されるのだった。

「ごめんな、マキナ。こんな馬鹿げていることは、すぐやめさせないといけないのに」

「いえ、問題ありません、ハカセ。元々私はそのために造られたのですから」


  戦争は確かに終わったが納得していない人間は大勢いた。

  三十年間積もった怨嗟はそう簡単には消えず、今でもテロ活動は続いていた。

  マキナにはテロリストに気付かれずに近づくことが出来た。そして制圧することも。


 今のマキナの姿でもそのくらい簡単だった。

 博士の頭もマキナを使う理屈は分かっていた。

  だがマキナの感情はどうなのだろうか。


  本当は嫌なのかもしれない、自分の感情を上手く理解できずにただ従っているだけなのかもしれない。

  痛覚もある、いくら体が人工筋肉で簡単に直すことができたとしても、苦しいという感情までは消えない。


  そう思うと博士の心は悲しみで締め付けられていた。

「……マキナ、一つだけ約束してくれないかい」

「何でしょうか」

「傷つかないって約束して。僕のためじゃなく自分のために」

「心配無用です、ハカセ。テロリストなどに遅れは取りません」

「そうじゃないんだマキナ。もちろん体に傷を負わないことも大切だけど、僕が言いたいのは心のことなんだ」

「心のことですか?」

 マキナは自分の胸に手を置いて首を捻っていた。


「ああ、そうだよ。今はまだ分からないかもしれないけど、少しでも痛いとか苦しいと感じたらすぐやめていいんだよ。それを決めるのは僕や軍ではなくて、マキナの心なんだから」

「私の……心」

「それだけは覚えておいて、マキナ」

  そう言うと博士は優しくマキナの頭を撫でた。







 マキナは薄暗い倉庫の中をたった一人で走り回ってにいた。

 直後に暗闇の中から銃弾が放たれるも、床のコンクリートを削るだけでマキナには当たらない。


 人工筋肉で出来た体は、人間以上のポテンシャルを発揮していた。

(前と何も変わらない)


  人間の体に変わったとしても戦場は何も変わっていなかった。

 マキナは手に持った小銃の残り弾数を頭で数えながら、計算し尽くされた動きでテロリストを制圧していく。

(それなのにどうして)


  慣れた手つきで弾倉を取り変えると、照準、発砲、また照準と繰り返していく。

(こんなにも冷たいんだろう)


  以前のマキナ、機械だった頃とは別の冷たさがマキナの体を支配していていた。

  結局マキナはその冷たさが何かもわからずに、熱くなった小銃を手に走り続けた。



 帰るとマキナはまた検査を受けた。

「体に異常は無いみたいだけど、本当に大丈夫だった?」

「はい、次も無傷で勝ってみせます」

  マキナは少し得意げに話しているが、博士は次という言葉に不安を覚えた。


「次も……行くつもりなのかい?」

「はい。それが私の役目ですから」

 生まれたばかりの少女に一体どんな役目があると言うのだろう。そんなものなどないはずなのに。


「……辛くはないのかい?」

「はい、装備は充分です、作戦実行は私一人ですがむしろそちらの方がやりやすいです」

  マキナは博士の言葉の意味を完全に履き違えていたが、博士はそれを説明したところでマキナに伝わるか分からなかった。


  人工筋肉のサポートのおかげでマキナは見た目以上に動くことが出来るが、人間としてはまだ生まれて数ヶ月だった。

  むしろ兵器として過ごした時間の方が長く、その思考は真の意味で機械的だった。


  これでは昔と何も変わらない。博士の心に焦りが生まれ始めていたときだった。

  突然、部屋にマルコーが入ってきた。

「失礼するぞ。急だが、出動命令だ。そいつを借りていくぞ」


  そう言うと、マキナの腕を掴み引っ張るように連れて行こうとしたが、その腕を博士が掴み返した。

「待ってください、マルコー大佐。マキナをこんな姿で戦わせるつもりですか?」

  マキナはまだ検査した時の患者服のままだった。

「……三分待つ、早くしろ」


 と言いながらマルコーは部屋を出て行った。



  数分経った後で博士とマキナは部屋を出た。

 マキナは博士が買ってきた、淡い青のワンピースに着替えていた。

 マルコーはそれを見て何か言いたそうにしたがすぐに歩き始めた。


「ずいぶんと急ですけど何があったんですか?」

「君もついてくるつもりか」

「ええ、保護者ですから。何か問題でも?」

「……現場の指揮には口を出さんでくれよ」

  いかにもめんどくさそうにマルコーは言った。


「現在、郊外にある研究施設でテロが起こった。奴らは職員と試作品を盾に逃げ出そうとている」

「試作品? 何を作っていたんですか?」

「奴らも何処から情報を手に入れたのか不思議だが。生物兵器つまりは毒ガスだ」

「毒ガス!?立派な条約違反じゃないですか!」

「あれを作った君がそれを言うのか」

 マルコーはバックミラー越しにマキナへ視線を向けた。


「まぁいい。それは国同士の問題であって、今の状況には関係ない」

「……腐りきっているな。上層部は」

  博士は嫌悪を隠すことすらせずに罵った。


 マルコーは目も動かさずに聞き流すと。研究室を出て、止めてあった軍用の車両に乗り込むと、マルコーは説明の続きをした。


「政府としては、やっと平和になってきたところで、テロリストなどにいいようにやられたとなると体裁に関わる。そこでそいつの出番ということだ」

「……マキナをそんな危険な場所に行かせるんですか。別に軍の部隊でも」

「前と同じことを言わせるつもりか博士。それに今は緊急事態だ、諦めろ」


  博士は腑に落ちない様子で外を向き、マルコーは黙々と前を向いていた。それ以降二人の間に会話はなく、マキナはそんな二人を何となしに見つめていた。




 研究施設の周りでは既に兵士たちが慌ただしく動いていて、仮拠点のテントを何人も行き来していた。マキナは先程から兵士に連れられて突入の準備をしていた。

 博士とマルコーはそのテントの中にいた。


「マキナが拒否したら作戦は中止してもらいますからね」

「今更そんなことが可能だと思うかね」

「マキナにも自分で決める権利があるはずです」

「今この場に、作戦を中止に出来る権利を持つものなどおらぬよ」

 と、自嘲気味に言い放った。


  博士が言い返そうとした時、テントの入り口からマキナが入ってきた。

「どうでしょうか、ハカセ」

 マキナは青のワンピースの上に不釣り合いな黒の防弾ベストを着ていた。

 そしてベストのポケットには予備弾倉や拳銃が入っていた。


「……あぁ、よく似合っているよ」

「ありがとうございます、それでは行ってきます」

  マキナは少しだけ頬を緩ませると、まるでそれだけを言いにきたかの様にすぐに行ってしまった。

 



  マキナは地下用水路から内部に侵入すると、空調用ダクトを通って人質を捉えていたテロリスト三人を奇襲、人質を解放した。

  そして人質をそのまま待機させ、部屋の外にいたテロリストを手にした小銃で制圧しに行く。


  それを博士は内部の監視カメラの映像を映したテントのモニターで見ていた。

  周りの兵士がマキナの手際に驚嘆や感心の声を上げている中、博士はこの場にいる人間全員が何を考えているのか分からなくなった。

  そして突然マルコーに掴みかかった。


「マルコー大佐、今すぐ辞めさせてください!」

「は、博士!? 突然何を」

  マルコーは博士の手を振り解こうとするが、博士はさらに強う力を込めると。


「大佐には見えないんですか、マキナの顔が! あの苦しそうな表情が! こんなことあの子にやらせるべきではなかった!」

  博士とマルコーの取っ組み合いを周りの兵士たちが止めようとした時。

「作戦終了しました」

  マキナの静かな声が響いた。



  マキナはテントに戻ると装備を外し、元のワンピース姿に戻っていた。

「ハカセ、終わりました」


 マキナが博士の元に行くと、博士は膝をつきマキナの肩に手を置いた。ワンピースは微かに硝煙の匂いを纏っていた。


「ごめん、マキナ。僕がもっと早く気付くべきだった。本当にごめん」

「ど、どうしたのですか、ハカセ? 何を謝っているのですか?」

「マキナがあの時の感情をどれだけ理解できているのか僕には分からない。だけど少しでも感じているなら、全部話してほしい。きちんと受け止めるから。僕や他の人の為じゃなく、マキナ自身の為に」

  そして博士はマキナの目を見つめた。

「マキナ、君は人間だ」


  それを一番最初に理解したのは博士だった。そして次に周りの兵士たちとマルコー。最後にマキナ自身がそれを理解した。

  それはマキナの涙だった。

  本当の涙だった。


「これは涙? どうして私は泣いているの。どこも痛くないはずなのに。すみません、ハカセ。すぐに……止めますから」

  マキナは何度も目を拭うも拭う度に白い頬を伝う涙は増えていった。

「マキナ……。ごめん、気づいてやれなくて本当にごめん。マキナ!」

 博士は強く、強く。マキナを抱きしめた。

「うっ……ううっ……うぁあああ!!」

  生まれたばかりの少女はただただ、泣き続けた。




 それから一ヶ月後、マキナと博士は市街地の一軒家に移り住んでいた。


 マキナは人間として認められた。

 その代わりというばかりに博士には研究資格の剥奪や国外への移動の禁止などの条件が設けられたが、二人で平穏に暮らしていた。

 マキナの軍事利用が辞められた理由は、ある人たちによる抗議が大きかった。

 あの時、マキナの涙を見た兵士たちだった。

 それをきっかけにマキナを人間だと認める人が増え、あのマルコーまでもが抗議の署名にサインしていた。

 結果、マキナはただの少女として日々を過ごしていた。


「マキナ、今日の夜ご飯は何がいい?」

「オムライス!」

  マキナは大声で答えていた。

「ははは、マキナはオムライスが大好きだね。よし、一緒に買い物に行こうか」

「うん、博士!」

 二人は手を繋ぎながら人の行き交う街を歩いて行く。

 父と娘の様に。

 マキナが手にしたのは、小さな体と大きな愛。

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