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シンプルライフ

作者: なつくさ

 口腔でふっと笑った。声は出なかった。

 目を通していた新聞のその記事は、まぁ、なんというか、ごくごく当然なことだけど、その当然が現代人には難しいから憧れのライフスタイルとなっているらしい「丁寧な暮らし」や「シンプルライフ」についてだった。

 こだわりを持ち、毎日を大切に過ごす。

 ときめきを感じたものだけを残して、無駄なものを持たないシンプルな生活。

 あぁちょっと前に断捨離という記事も読んだな、と思い出す。ミニマリストだったかそんな言葉があった。

 慌ただしく仕事や家事に追われる現代人にとって、毎日を大切にという意識を持ち、大切に生活をするということが憧れらしい。

 朝活なんて言葉もあるらしい。早起きをして時間の有効活用。

 いろいろな言葉は生まれて、氾濫している。

 理想を思い描き、こんな生活をしたいと願っても、なかなか現実は難しいらしい。

 ナチュラルな家具。栄養バランスの良い生活。適度にやりがいのある仕事に、日々を豊かなものにしてくれる趣味。

 だけど、理想と現実は違う。ジレンマを抱え、悪循環にもなっているらしい。

 理想―――それは大切。

 かつては私も「理想」を持って闘志に燃えていた時代すらあった。

 まぁ、その「理想」も現代人の「理想」とはかけ離れたもので、今の若い人たち…、いや、いい年をした大人でさえ私たちが夢見た「理想」は通じないだろう。

 時代は変わった。

 私は「労働」というものからもう随分前に離れてしまっている。働かずに生活が出来ている。

 それを羨ましがる人もいるかもしれない。

 まぁ今の私の生活は本当にシンプルだ。

 朝七時に起き、夜は二十一時には就寝。早寝早起き。

 栄養バランスの良い食事を用意してくれる人がいて、三食食べれる。

 適度な運動もでき、狭いけれど体を動かすには十分な外で運動もすることもある。

 買い物も頼める。

 あとは、今日みたいに新聞や雑誌、本を読み、時間を過ごす。たまに会いに来てくれる人もいる。「今時手紙?」と思われるかもしれないが、文を交わす人もいる。

 自分の意見を主張することだって、出来る。

 持ち物だって必要最小限で良いから、無駄がない。家事は自分の好みのものとは言い難いが、それに文句を言う気にはならない。

 今の私の生活こそシンプルライフではないか?

 まぁ、もし本当にこんな生活を送りたいのなら、そうだな。


 人を殺せばいい。ひとりではダメだ。複数だ。


 そうすれば死刑囚として、シンプルな生活ができる。

 ひとりでは無期懲役だ。刑務作業がある。死刑囚は「死刑」が罰なのだから作業はない。手に職をつけても仕方がない。反省はさせても更生させる必要もない。


 あぁ、そうだ。ひとつ言いたいが私はただの殺人者ではない。

 今時私たちほどのことを出来る情熱を持った若い人はいないと思うが、いや、実はいるのかもしれないが新聞を見る限りでは、社会への不満をぶつける相手が赤の他人を無差別だったりするようだから、やはり時代は違う。

 いや、同じか?

 いや、違う。

 少なくとも私たちは不満を向ける相手は、国家であったり、体制にだった。だから無差別ではない。だから、違う…。いや、違わないのか?

 分からない。

 あの頃の私たちの理想は、おそらく今は通じない。それだけは分かる。

 もう四十年以上も昔の自分のしたことを思うと、若かったというか、体力があったというか、闘志に燃えていたというか。

 今みたいにシンプルで落ち着いた生活を過ごしていると、本当に遠い昔の出来事で、現実にやったことと思えなくなってしまった。

 革命を起こすのだ。銃による武装蜂起が必要だ。銃砲店を襲おう。

 逃亡しながら銃の訓練。

 脱落していく仲間への、再教育。

 あぁ、やはり感触を覚えているから私は、事実人を殺したのだな。

 警察に見つかりそうになり、籠城をした。人質の怯えた声。説得に来た母の声。

 銃を撃った。人に当たった。

 その後のことは必至すぎてよく覚えていない。無理にでも思い出す必要なもうない。裁判は終わったのだから。

 死刑囚となったのがすべての結果だ。

 私は死刑は怖くない。刑務官の足音に脅えたことはない。

 当然の報いなのだから。

 

 それに。



 逃げて、捕まっていない仲間がいるから。

 怯えてはいない。ただいつまで続くのだろうとは思っている。私は刑に服すより、寿命がくる方が早いのではないかと思う。

 けれど、その予兆もない。

 私はまだしばらくはこのシンプルな生活を送るのだろう。


 

   

 


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