第五話・銃魔王
みんなは解散し、それぞれの帰路についた。
俺はカエルパーティーの後始末をやっている。
カエルは重さの割りに、食べられる量が少ない。ということはつまり、捨てる部分が多いということだ。カエル二匹分の残骸で、溜め桶二つ分くらいになる。凄い量だ。
「もったいない気もするけど、どの部位が食べられるかも分かんないもんなぁ」
大方の内臓はまあ、焼けば問題ないとは思うのだが、動物の中には特定の臓器にだけ、毒をため込んでいるものも居る。素人が安易な判断で食べるのは、恐ろしいことなのだ。
俺は魔王入門を召喚する。毎度おなじみの赤い本(高さ2m、厚さ60cm)が突如空中に現れ、鉄槌のごとく地面をえぐる。何度か唱え地面にめり込ませることで、深さ50Cmくらいの穴を作る。
……散々やった後でなんだが、どう考えても本の使い方じゃないんだよなぁ。便利だけど。
俺の知らないところでペナルティが発生していたりしないだろうか。かなり不安だが、今のところちょっと疲れるくらいで別段異変はないから、たぶん大丈夫だ。大丈夫だと信じたい。
それに、開発中のあの技も、もうカエルとの戦闘くらいでは失敗しないレベルに仕上がっている。ひょっとしたら俺は【魔王入門】の魔王かもしれない。……本当にそうならものすごく嫌だが。
そうして出来た穴に、順序良く廃棄部分を捨ててゆく。内臓、骨を埋めた後、上から皮をかぶせておけば、万が一掘り返した人が現れても、不快な思いをせずに済むはずだ。みんなで同じ大地に暮らしているのだ、アウトドアと言えどもマナーは必須と言えよう。この処理も俺がいつも引き受けている。手順だって慣れたものだ。
と、いつもなら簡単に終わる作業だったのだが、手にカエルの皮が絡まってしまった。どうしたというのだ。引っ張ってもめくっても、びくともしない。
それだけじゃなかった。穴に捨てたはずの骨から、カタカタと音が聞こえてきたのだ!
普通の精神であればその明らかにホラーな光景なのだが、俺の胸には別の別の感情が湧いてきていた。
「……何かが起こる……?」
予兆はあった。パーティーの途中から、胸の中にざらざらとした違和感を、少しずつ、少しずつではあるが感じていたのだ。そして今、このカエルの皮に触れながら、その感覚はどんどん鋭くなっていく。
これは敵意。
至近距離じゃない。だが、遠くないところろに強烈な敵意がいる! 俺の本能がそう告げた。
瞬間、街の北の城門が轟音を挙げて崩れてゆくのが見えた。それを見た途端、カエルの皮はするりと指を滑り、骨の立てる音は止んでいた。
「ダスティ! 無事だったのね!」
いつもの広場で待っていたのはジェシカだった。
「ジェシカ! いったい何が!?」
「分からない。突然、城門が吹っ飛んだの。今は落ち着いてるけど、もしかしたら魔物が入り込んでるかも知れない」
広場の方も大分混乱していた。情報量は俺と大差ない感じだ。
「魔物!? それじゃあ騎士団に」
「知ってるでしょ、騎士団の詰所は城門だったのよ。今、別のゲートの見張りを呼びに行ってるけれど、人数が足りない。もし魔物の群れなら、ここも危ないわ」
そうだ。騎士団はいつもあの城門で寝泊まりしていた。
あんな風になって大丈夫なのか? いや、そんなわけがない。何人も生き埋めになっているはずだ。
「手伝いに行こう、まだ何人か助けられるかも」
「ダメよ! 状況も分からないのに適当なこと言わないで!」
彼女は俺を制する。その声は、震えていた。
そして俺はもっと大事なことに気が付く。
「リックとケーンは……?」
俺が聞くと、ジェシカの表情は一層こわばる。
俺の中で嫌な予感が膨らむ。リックは確か城門近くをねぐらにしていたはずだし、ケーンはこんな時にジェシカを一人にする男ではないはずだ。
「リックが見つからないの。ケーンはリックを探しに門の方へ……私は、避難しろって……私も、私も行くって言ったのに……!!」
ジェシカの目から大粒の涙が零れ落ちる。ジェシカは顔を手でおおうが、力なくその場に膝をついてしまった。
俺はジェシカの顔を抱きかかえながら言う。
「大丈夫。ケーンなら必ずうまくやってる」
「ダスティ……ダスティ……」
そして俺は彼女の瞳を覗きこんで言った。
「リックも、そしてケーンも、絶対無事だ。だから、ジェシカは安全なところに避難していてくれ。二人は必ず、二人とも見つけ出してくるから」
「嫌! 私も……」
俺は彼女を傷つけないよう、なるべく穏やかに首を振る。
「ほら、俺が様子を見に行ったあと、リックを見つけたケーンが戻ってくるかも知れないだろ。頼むよ」
俺なりに優しく微笑んでみたつもりだったが、逆に不自然だったかもしれない。
だが、俺の気持ちは伝わったようだ。
「……分かった。ダスティ、二人をお願い……!」
「任せろ!」
俺は土煙の立ち上る北城門へと走った。
「……ひどい」
北門前は、まさに瓦礫の山といった惨状だった。
ついさっきまであれほど堅牢に聳えていた城門は見る影もなく、付近の家屋も軒並み倒壊している。
瓦礫の前では人々が集まって下敷きになった人々の救助をしていた。
二人は無事なのか!?
そんな言葉が頭をよぎったとき、俺の横の瓦礫から声がした。
「おおい、誰か! こっちだ! 助けてくれ!!」
その声は、俺のよく知った声。そして、俺の探していた声だった!
「ケーン!」
「おお、ダスティか! こっちだ、リックも無事だ!」
よかった! と、安堵からへたり込みたくなるが、そういうわけにもいかない。
俺は二人のもとへ駆け寄る。
「ダスティ、ダスティ……!」
「リックを守ろうとしたんだが、途中で家が倒れてきやがってな俺の力だけじゃどかせそうにない」
見ると、大きな木の板が二人の上にのしかかっている。幸いにも瓦礫に引っかかってはいるが、危ういところだった。
「待っててくれ、すぐに助ける」
俺は瓦礫の引っ掛かりの方向をよくよく確かめると、その上に魔王入門を召喚する。板はゆっくりと、シーソーのように片側が持ち上がった。
ようやく二人は、瓦礫の下から這い出ることができた。
二人の安否を確認し、「一体何が……」と俺が口を開きかけた時だった。
チュダダダダダ! 足元の土が音を立てて爆ぜた。
俺たちは咄嗟に身を隠すが、作業中の人々はわけがわからず呆然としている。
その無防備な体を、第二撃が薙ぎ払った。
ズダダダダダダダダダダダ
血が飛び散り、何人かが倒れこむ。
何かがいる。悪意を持った何かが。
「ようやく見つけたぜ」
その声は、街で一番高い建物、教会の十字架の上に立つその姿が、月明かりに映し出されている。
そこにいたのは、背の大きな男。上半身に装備をしていないのは自信の表れか、口元もそれを裏付けるようにニイィと歪んでいる。
だが何より特徴的なのはその目だ。銀色に輝く前髪の隙間から、真っ赤の瞳が覗いている。獲物を狙うタカのようなその視線は間違いなく遠い俺をしっかりと見据えている。
「まずは挨拶代りだ」
男が掌を上に向けると、空中に一本の鉄の棒が現れる。いや、あれはただの棒じゃない。彼が空中に作り出したもの、それは紛れもなく、猟銃だった。
「二人とも逃げて」
普通の猟銃では、この距離を当てるのは難しいだろう。だが奴はこちらを見ている。間違いなく、来る……!!
そして奴は腕を俺の方へ伸ばす。と同時に、俺は目の前に、魔王入門を召喚した。
パァン! と表紙の爆ぜる音。とりあえず初撃は防げたようだ。
俺は相手の様子を伺うため、一旦「魔王入門」を解除する。
奴は笑いながら言う。
「俺の攻撃を防ぐとは、「銃」については知ってるらしいな。俺は【銃】の魔王、ゴルゴーサ。よろしく」
俺の後ろでは、瓦礫に身を隠しながら二人が移動している。だが、安全な死角にたどり着くには、もう少し時間を稼ぐ必要がある。
「なぜ、俺がここにいると?」
「あ? テメェが「魔王入門」を使ったからに決まってるじゃねぇか。ここからバッチリ見えてたぜ」
ぐっ、質問をするにしても少し間抜け過ぎたか。
「……と言いたいところだが、そういうことじゃねぇよな?」
と思ったが、何やら解説を続けてくれるらしい。俺には時間稼ぎ以上の意図などありはしないのだから、これは有難い。
「テメェが聞きたいのは、どうしてお前がこの街に居ることが分かったか、そういうことだろう?」
「……そ、そうだ! どうしてこの街に潜んでいると分かった」
時間も稼げて情報ももらえる。ここはひとつ無駄話に乗ってゆく。
「『サーチ・アンド・デストロイ』。俺の能力の名だよ」
お前の能力の名前なんか聞いてねぇよ、と心の中で叫ぶ。
というかコイツ頭悪いんじゃないか? 俺がこの街に居るってわかってるんなら、静かに潜伏して暗殺を狙うべきだろう。まして城門破壊なんて目立つ行為は論外だ。
そんな俺の気も知らず、バカは続ける。
「この力はスゲー便利でよ。近くに別の魔王がいる方向を常に教えてくれるんだよ……そう、常にな。歩いてる時、ぼーっとしてる時、戦ってる時、飯食ってる時でもクソしてる時でも、そして、寝てる時でも……!」
ゴルゴーサの表情に怒気が増してゆく。
「敵は向うだ、向うだと俺の頭の中で響いてやがるんだ……ずっと、ずっと、ずっと! 途切れることなくずっと!! お前が死ぬまで止まらないんだよぉ!!!」
ゴルゴーサの周りに、さらに五本の銃が現れる。
「テメェが死ねば治まるんだろうがぁぁぁぁぁ!!!」
「そりゃ逆恨みだろ!?」
銃口がこちらを向くのと同時に俺はもう一度「魔王入門」を召喚する。魔王入門は紙製だが上質紙。紙はもともと、耐久性に優れた素材である。最大サイズに巨大化された魔王入門の厚さは60㎝以上。簡単には貫けない。狙い通り、奴の弾は魔王入門の表紙に、新しい六つのキズ模様を刻むのみにとどまる。
そして、猟銃はリロードに時間がかかるはずだ。相手の動きを見ながら防御が可能。俺はここでもう一度、魔王入門を解除する。
が、これは失敗だった。
直後、俺の肩と足に激痛が走る。
「ヒャハハハ! 【銃】の魔王の銃が、弾を切らすとでも思ったのか?」
相手を甘く見た自分を呪う。コイツ、猟銃だろうがなんだろうが、銃であれば即時に弾を補填する脳威力を持ってやがるんだ……!
俺は慌てて魔王入門を召喚し直した。
「その本うるせぇな。消し飛ばすか」
そういうと、宙に浮いた六本の猟銃は、さらに六個の鉄の筒のついた鉄の塊へと姿を変えてゆく。
ガトリング砲だ! それが勢いよく回り始めた。
「俺は自分の能力に満足しているんだ。なんせ、俺の能力より強い物は知らないんでな!!」
六丁のガトリングが一斉に魔王入門を削ってゆく。このままでは持たないと判断した俺は、とっておきを使う!
「うおお、魔王シールド!」
そう叫ぶと、赤い本は点滅し、むしろ色が透けた状態になる。だが、これでいい。
さっきまで削れ、後少しで貫通していただろう本が、弾を表面で食い止めている。
「なんだ!?」
一気に火力で押し潰すつもりがうまくいかず、ゴルゴーサはギリリと唇を噛む。
これが俺の練習していたあの技、魔王シールド。
と言っても、実際そんなスキルが存在するわけじゃない。
俺は近頃の戦闘の中で、魔王入門が無詠唱で発動できるようになっていた。その出現、消失のスピードは、調整もできるが基本的に一瞬。
ならば非常の際、発動と収納をほぼ同時に、しかも連続して繰り返すことができれば、常に本を新品の状態に保ち、無敵のシールドとして使えるのではないか? それが魔王シールドだ。
だが、この技にはいくつかの欠点がある。
一つには発動と収納のタイミングのコントロールが意外と難しいことだったが、これは練習でカバーできる範囲だった。感覚としては、針で指と指の間を高速で刺さないように連続で突いてゆく精神鍛錬法があるが、あれに近い感じだ。
次に、それを発動中常に保たなければいけないため、ものすごく疲れる。
練習をしていて気が付いたのだが、スキル「魔王入門」は、結構な魔法量を消費している感じがする。俺は魔法量だけは無駄に多いからあまり気にならなかったが、おそらく俺意外には使えない技だろう。
そして最後に。それだけの集中力をもって使っても、一撃で貫通されてしまうと攻撃が術者に届いてしまうので、結局無意味だということだ。
それでも他に使える技の無い俺にとっては、貴重な戦力であることは間違いない。
いかに有用なものであるかは、このガトリング砲を完全に防いだことが証明してくれた。
とはいえ、油断できる状態ではない。相手が猟銃をガトリングに発展させた以上、間違いなくその上も来る……!
このまま防戦一方というわけにはいかない。俺は一つの懸けに出ることにする。
「しゃらくせぇぇぇぇ!!!」
ますます怒気を強めた口調で叫ぶと、彼の手元のガトリングは二つずつが融合して、別の形態をとる。彼本人の力みようから、かなり無理な形態変化であることが見て取れる。
完成したのは、銃先に特徴のあるふくらみ。というか、もう銃と呼べるのかどうかも怪しい、高火力兵器。緑の色をしたそれは、バズーカ砲だった。
「砕け散れ!」
ゴルゴーサは怒りに任せて弾を連射する。バズーカの連射とか、そんなのアリかよ!?
こうなっては流石に本程度ではひとたまりもない。
だが俺は一筋の希望にかけて、魔王シールドを発動し続ける。
そして……!
爆音に次ぐ爆音。爆心地は爆炎で何も見えない。
しばらくして、爆炎が晴れると、そこにあるのは巨大なクレーター。そしてすっかり点滅することをやめ、真ん中にぽっかりと穴の開いた、火のついた巨大なだけの、本の燃えのこりだった。
やがて本は形を保つことができなくなり、その重さでぐにゃりと折れ曲がり、その炎の勢いを高めた。
そこには銃爆撃を受けたであろう哀れな魔王の姿は、チリの一かけらすら残っていなかった。
「ヒャハハハハ! あいつめ、自分の力を使うこともなく死にやがったか!」
彼は自分の力に酔いしれ、笑う。この力は、自分の想像通り強い……!
だが、しばらくして彼は異変に気付いた。いや、異変が無いことに、気づいたのだった。
「あ、頭がいてぇ……!?」
この痛みは、サーチ・アンド・デストロイを使っている時の痛み。その痛みが、まったく減っていなかったのだ。
「それどころか、痛みが増している……っ! これは、まさか……!!」
「そのまさかさ!」
俺はゴルゴーサの頭上に手を振り上げると、その手からは真っ赤な本が形成されてゆく。
話は難しいことじゃない。俺はギリギリまで魔王シールドをそのまま保ち、最後に本の状態で魔王入門を残したまま、爆炎の中を進んで、教会を上ってきたというわけだ。最後の懸けではあったが、相手も極度の興奮状態だった。成功の可能性はゼロではないと思っていた。
そして俺は同様するゴルゴーサの頭に、300kgの紙の柱を叩きこむ!
「食らえ、「魔王入門」!!!」
もう避けられない。これで勝負は決まった!
かに思えた。
が、衝突の際、俺の手に残った感触は、いつものそれとは全く違っていた。
この感触、この絶望……それはまさに、以前別の魔王に殴りつけた際に感じたものと同種の絶望だった。
「あ……? てめぇ、ナメてんのか?」
ゴルゴーサは少しも動じることなく、瞳だけをこちらに向けなおして言った。
魔王の耐久力は、俺のように特別脆弱な場合を除き、E~Fランク。つまり、通常の人間の100~1000倍は優にあることを示している。
つまり、俺が300㎏で殴りつけたとしても、人間換算で、わずか300gの武器で殴られた程度の痛みしか感じないのではないだろうか?
そう、俺は俺の力が人間程度であり、それが魔王としていかに虚弱な部類であるかを忘れていたのだ……!!
気が付けば、バズーカは消え、彼の腕には一丁のガトリングが装着されていた。
そして俺の右腕は、ガードする間もなく消し飛んだ。