第四話・日常の終わる日
「ほいっと」
俺の手から紙の柱が現れ、いつものようにカエルの頭を押し潰す。使い込んだ技能「魔王入門」は、呪文すら伴わずに発動可能になった。
「これで十匹目、ノルマ達成っと」
そしてその赤い柱は、何もなかったかのように一瞬で消え去え、下敷きになっていたものがあらわになる。
「なむなむ」
一連の作業の後俺は、手を合わせるのが癖になっていた。
それを合図に、やや筋肉質なゴブリンの女性が物陰から姿を現す。
「お見事お見事。何度見ても、見慣れない魔法だわ」
「ま、そもそも攻撃用の技じゃないからな……」
その上、魔法かどうかも怪しいんだよな、このスキル。
「あと、この頭の部分もね」
と、苦笑いしながらミンチになっているカエルの頭を指さして、そのあとテキパキと、体の部分から切り離してゆく。その手つきももう慣れたものだ。
「今の方法で狩ってる限りこればっかりはな。じゃ、よろしく頼むよ、ジェシカ」
「はいさ」
そういうとジェシカは、きれいになったカエルの体を軽々と担ぐ。頭を切り離したとはいえ、体だけでも50kg近くはあるはずだが、ゴブリンの体は優秀だ。
「今日はこれで仕舞だね」
「いや、もう一往復だけ頼めるか? 今日はあと一、二匹、余分に狩ろうと思うんだ」
「特注でも入った?」
「いや、みんなでパーティーでもしよう。ほら、爺さんとかも呼んでさ」
「オーケー。ケーンにも言っておくわ」
そう言って彼女は去ってゆく。
そこへリックが木の上からやってきて叫ぶ。
「ダスティ、早くしろよ! 獲物がどっかいっちまうぜ!」
「ああ、わかった!」
俺はリックの身軽すぎる足を必死で追った。
俺が思いついた「新しい仕事」とは、狩の分業。
俺は狩ができるが、森に不慣れで、索敵も苦手だ。
一方リックは、森は得意でカエルもすぐに見つけられるが、如何せん戦闘には向いていない。
それに二人とも体力に難があり、獲物の運搬は非常に時間がかかる。二人がかりで、一日に2体も売りさばければ御の字だろう。
そこで俺はリックの知り合いに声をかけてもらい、運搬屋を雇うことにした。
とはいえ大した金を払えるわけじゃないので、仕事の無かった連中の中から、力自慢を見繕ってもらったというわけだ。
一人はジェシカ。ゴブリンの女性で、身長は180近くある。これでもゴブリンの女性としては平均的な値だというのだから、驚きだ。出会ったときはかなり痩せていて不安だったが、最近では目に見えて健康状態とファッションのレベルが上がっている。目のやりどころに困ることも増えてきて、これでは社長? の威厳が保てないと自制自制の日々である。
一人はケーン。ヒューマンの男だ。170ちょっとと、背が高いわけではないが力だけは自慢……だったが、最近ジェシカが力をつけてきたことで焦りを感じ、空いた時間をトレーニングに充てているようだ。種族が違うのだから機能の違いは仕方ないと思うのだが、どうも男のプライドというものがあるらしい。
これだけ力自慢がそろってしまったので、俺が最初思ったことは「狩人役である俺はいらないんじゃないか?」ということだったが、それは全くの杞憂に終わった。
というのも「魔王入門」を使える俺にとってはラージフロッグの舌を防ぐことも、また万が一捕まった際に脱出することもそれほど難しくないが、これが通常はかなり困難だ。
カエルの舌は剣や槍より射程十分に長く早いし、盾を装備していても盾ごと捕まって飲み込まれてしまう。対抗できるとすれば弓だが、体の巨大さから生半可な攻撃では効果が薄いし、弓の扱いに長けたものはもっと高額で取引される狼や鹿を専門に狩る。取引価格が一桁以上違うのだ。
そんな訳で俺たちの利害は一致し、今4人でパーティを組んでいる。
実はパーティ構成の問題よりも、店との商談の方が難しかった。
前回カエルを持ち込んだ店に先に、カエルを大量に持ち込んでも大丈夫かという話を聞いたんのだが「売りづらい」ということで難色を示された。が、最終的に「街の安全につながる」ことと「ホームレスを雇用する」という、まあ街への貢献ってことで頑張ってくれている。ただし、一日に持ち込める数は十匹。それ以上は流石に捌ききれないとのことだった。今一番損をさせているのは、この店かもしれない。いや、表ではそんなことを言って裏では儲けもチャッカリ出してしまうのが商売人なのだろうが、俺たちはそんな販売ルートを持っていないのだから、言いっこなしだ。それが狩人と商人の領分というやつだ。
これで一人頭、一日大銀貨五枚。今のところ安定稼働できているので、俺としては文句はない。なにより、このパーティで狩を行うことが、楽しくなり始めていた。
この日は、2匹ほど多目にカエルを狩って帰る。
俺たちは時々、こんなカエルパーティーもやった。みんな知り合いを連れてきたりして、一度火をつけ始めると、一口分肉を持っていくだけの人も含めると、結構な数になる。中には酒や野菜を差し入れてくれたりする人もいて、料理は徐々に豪華になる。100kg近くあったカエルもあれよあれよと、骨と皮だけになっていく。
ケーンが酔った勢いでジェシカの腰に手を回したり、リックがカエルの皮を被ってぴょこぴょこ飛び跳ねたり、ラインじいさんが昔流行った歌を歌いだしたりすれば、宴もたけなわだ。
もうこんな日常が、ひと月ほど続いている。
楽しかった。
最高に楽しかった。
俺は、これでいい。
もう自分が魔王だとか、どうでもよかった。もう自分の属性なんて気にならなかった。
こんな日々がずっと続いていくんだと思っていたんだ。
が、俺はすぐに思い知ることになる。
【魔王】として生成されてしまった、己の運命というものを-。
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俺、ドゥースは退屈していた。俺はこの街の門番だ。
この街の北側には、城壁がある。
大昔、この街が作られた際は、同じ城壁が街全体を包んでいた。それが、戦争か、魔物との戦いか一度滅び、そこの跡地自然と人が集まって、今の形を形成している。
北の城壁は、その時代の名残であり、名物でもある。
だが、その門番の仕事はひどく退屈だ。
この街はそもそもの往来が少ない。そのため、規制はほとんどないに等しい。俺が確認することと言えば違法薬物のチェックと、指名手配犯の確認。だがそんなものは、俺がこの仕事に就いていらい一度だって現れたことがない。
俺の実際の仕事といえば、城門付近までときどきやってくるラージフロッグやフォレストガゼルを森の中へ追い返すことだ。が、そのわずかな仕事でさえ、ホームレスたちがカエル狩りを始めてからはとんと見ていない。
(ま、平和っちゃ平和でいいんだが……)
一応、短い期間とはいえ、集権王都マンーベイルまで出向いて騎士としての訓練を受けた身。正規の王国軍だ。同期は今頃何人か、王宮で訓練や貴族警護の任についているだろう。
が、何をどう間違ったのか、俺に与えられた任務は、出身であるこの辺境都市ラパーラの警護隊だ。
そりゃあ、いつだって家族と顔を合わせることもできる。ちょいと休憩中に抜け出して、一人でうまいもの食って帰ってくることも。勝手知ったるわが故郷。悪いということはないが……
「何のために騎士団に入ったんだか」
彼の横で松明がぱちりと音をたてる。
俺にはもっと手柄が必要だ。
王都ならば、たくさんの事件が起き、それを解決して名を上げる事だってできるはずだ。その手柄次第では、貴族八十八位の一つに格上げされる可能性だってあるハズ……!
そう、事件さえあれば、俺だって手柄を立てられるはずなんだ。事件さえあれば……。
「そう、たとえば魔王! そんなのが現れさえしてくれれば、俺だって英雄になれるはず!!」
「うるせーぞドゥース!」
メットの上から拳骨が飛んでくる。奴はメドハ。エルフ族の堅物だ。
エルフのくせに、剣の腕だけは俺と互角と来てやがる。おまけに、俺より少しばかり、女連中から人気があるらしい。あんな華奢野郎のどこがいいんだ。いけ好かない。
「何が魔王だ。そんなものが、こんな辺鄙な街に現れたてたまるか」
メドハの奴が夢のないことを言う。
「よし、じゃあ、お前は魔王が現れても、そこで指でも咥えて待っていろ。俺は英雄になる」
「な、それとこれとは話が違うだろう!」
「なーはっはっは!」
などと話をしていると、いつの魔にか黒いマントを羽織った男が、すぐ近くに迫っていた。
「止まれ」
メドハは道を鎗で遮る。男がメドハを一瞥したのが分かる。
すぐさま、俺は仲介に入る。
「すまんな、こっちも規則なんだ、気を悪くしないでくれ。ちょっと検査させてもらうぜ。なに、ちょっと荷物と顔を確認するだけだ、すぐに済むから安心して……っておい」
折角俺が懇切丁寧に説明してやっているのに、男はこちらの言葉も聞かずに進んでゆく。
なんだこの不躾な野郎は。
「止まれと言っている!」
メドハが鋼鉄の槍に力を込める。意地でも止めるつもりだ。騎士団謹製鋼鉄の槍。その名に懸けてもただ通すわけにはいかない。
ところが男はその槍を掴むと、槍はギイギイと軋みあっという間に垂直に曲がる。手を離したところには、くっきりと指の跡が残っている。
「テメェ……!」
俺は、たじろいだメドハに代わって男を止めるべくその肩に掴みかかったが、浅かった。上に羽織っていたマントだけが体を滑り落ちる。
すると、そこから現れたのは、両腕に括りつけられた鉄の塊。
「な、なんだ……!?」
それは六つの鉄のパイプを円柱状に並べて括りつけたかのような、謎の物体。格闘武器ではない。だかが男の妙な落ち着きと禍々しい威圧感を備えた両腕の物体が、俺とメドハの勘に尋常な事態ではないことを告げている。
叫んだのはメドハが先だった。
「て、敵しゅ……」
だが、メドハがその言葉を言い終えることは無かった。
男は瞬時に鉄の筒をメドハに向けると、轟音とともに男の腕が光る。その瞬間、メドハの上半身は花火のように砕け散った。
声も出なかった。目の前の状況が理解できない。なんだこれは?
しかし、そのことが幸いしたのか、男は俺に目も向けずに城壁を睨み付ける。城壁の上では、メドハの最後の声と轟音を聞きつけた兵士が警鐘を鳴らしている。城内が騒がしくなってゆく。すぐにでも戦力は城門へと集結するだろう。
にも拘わらず、その男は一切の焦りすら見せずに呟いた。
「邪魔だな」と。
そしてその鉄の筒をゆっくりと城門へ向ける。筒は、高速で回転を始め……
ズギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!
目の前でみるみる、俺の街のシンボルは瓦礫の山へと姿を変える。
数十秒後にはその中から声は聞こえなくなり、代わりに町がざわめき始めていた。
俺は震えながらも、思わず呟いていた。
「お前は……お前は一体……」
すると奴は、初めて俺に気づいたかのようにこちらを振り返る。
「この街に、魔王が居るだろう。どこだ」
と言った。
魔王。
そうか、こいつが。俺は瞬時に悟った。コイツだ。コイツが、俺が求めていた手柄であり、伝説であり、そして、そして、目の前で、俺の同僚を、城門を、メドハを……!!!
「お前が魔王かぁぁぁぁぁぁ!!!」
「質問に答えろよ。ゴミが」
そう言って奴は、魔王は、俺に銃口を向けた。
2017/2/13 王都の名前をイスカーミェ→マンーベイルに変更