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あなたの能力はゴミです  作者: tene
第一章 ゴミの魔王覚醒編
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第二話・がんばれ魔王!

 気が付くと、そこは建物の中だった。

 木でできた天井からは蝋燭立てがぶら下がっている。窓からは日光がやんわりと入ってきている。雨は止んだようだ。


 俺の体には薄い布が一枚かぶせてある。体中につけられた傷は嘘のように消えており、ただ雑に巻かれた包帯だけが、俺が一度は怪我をしていた証拠として残っていた。


 スゥー。スゥー。……。


 寝息の音が聞こえ、俺はこの部屋に誰かがいることに気が付く。寝息は部屋の隅に置かれたベッドから聞こえてくるようだが、床に寝かされたこの体制からはその顔を見ることはできない。

 が。ベッドの端から、膝から下がぶら下がっているのが見えた。


 それは、褐色の脚。


 まだ完全には回復しておらず、軋む体を起こしてベッドのそばへ行くと、見覚えのある美しい髪。左の頬には緑に蛍光する刺青。

 俺を助けてくれた、あのエルフだ。


 ……あれ? 助けてくれたんだよな? 攻撃されてた気もしないでもないが……。




 それにしても……。

 と、俺は目の前の光景に見入っていた。


 髪、体つき、顔立ち。唇の艶。見ているだけで少し顔が火照ってくる。

 俺の好みを抜きにしても、間違いなく「美人」に分類されるだろう女性が、そこにいた。

 昼間見た凶暴女と同一人物とはとても思えない……


 と、容姿だけ・・見ればそう思うだろう。




 俺が抱いたはまったく別の感情。

 

 半掛けになった布団。めくれ上がったシーツ。ベッドからはみ出して垂れ下がった足。枕は吹っ飛んで床に落ちており、枕元のスタンドカバーはなぜか斜めに傾いて、胸元には空っぽのワインの瓶を抱いている……!!


 だっ、だらしねぇぇぇぇぇ!!!

 俺は悟った。間違いない、コイツは俺を吹っ飛ばした、あの昼間のエルフだ。




 そうやって観察していると、いつの間に寝息が止んでいることに気が付いた。

 彼女の顔を見ると、彼女はものすごい冷たい視線で俺を見つめながら言った。

「ふーん。そうやって人の寝てる体を覗くのが趣味なわけ?」

 名誉棄損も甚だしい。


 だから俺はキッチリと、ありのままを伝えた。

「いや、お前に限ってそれはない」

 その瞬間、彼女の振り下ろした緑の瓶が、俺の頭の上で炸裂した。

「どーいう意味よ!」

 そういうとこだよ、そういうとこ。




 頭の止血とガラスの掃除を終え、俺はようやく本題に入りたかったが、その前に。

「俺はどのくらい寝てたんだ?」

「三日よ。ハッキリ言って暇だったわ」

「そうか……三日も看病してくれたんだな。その……、お、俺のために」

 一々棘のある言葉を使ってくるが、反応していても仕方がない。

 なんだかんだ言っても、コイツは俺を救ってくれて、三日も付き添ってくれていたのだ。ここは人として、いや魔王として、しっかりと礼くらい言うべきだ。

 ありがとう、と続けようとしたところで、エルフが口を開いた。


「違うわ」

 思いもよらぬ反応だった。彼女は続ける。確かに宿に運びこみ、死なないように寝かせておいたのは彼女だとのことだったが、

「私が今日まで付き添ってたのは……コレよ、コレ!」

 彼女が指刺したのは、彼女の顔の刺青。今は彼女の機嫌に合わせて、淵が赤く光っている。

「えっと、その模様がどうかしたのか?」

「も、模様って……アザよ、アザ! 痣になっちゃったじゃないの、どうしてくれんのよ!?」


 ……。

 魔力も通ってるみたいだし、魔法文字ルーンか何かだと思っていたのだが、彼女の認識とししては「アザ」らしい。


 それにしても、それは言いがかりというものだろう。

「いや、そもそも俺はお前の顔に触れた覚えすらないのだが」

 そう、俺は昨日、颯爽と現れた彼女に、一方的に救われた。


 相手は五人がかりだったが、実力差がありすぎて彼女は怪我一つせずに相手を吹っ飛ばしていたし、そもそも最初に現れた際、その模様は顔にあったはずだ。

 が、俺の言葉は火に油のようだ。

「はぁ!? あんた、そこらに落ちてた棒っきれで、私の顔縫ったじゃないの! それも、凄い雑に。ていうかそもそも【再生成】できるなら、その時に直してくれればいいじゃないの」




 うわー、わかんねぇ。ビジネス用語全開で喋る意識高い系サラリーマンと喋ってる時くらい分かんねぇ。

 縫った? 俺が? 人の顔を? 医者でもないのに? それになんだって? 【再生成】……


 と、ここまで考えた時、昨日のことを思い出す。

 そうだ、俺は確かに縫った。手作りの木の針で、ローブから綻んだ緑色の糸で。

「あ、あああ!!」

 その姿は、ダークエルフ。格闘最強、魔法最強、そしてスタイル最強。俺の中ですべてのピースが合致してゆく。


「もしかして……呪いの人形、リリィちゃんか!?」

「だーれが呪いの人形よっ!」

 そう、俺が昨日ゴミ箱から拾い、傷を縫い、最強設定までつけた相手。

 だがしかし、その後半はあくまで俺の脳内設定、ていうか冗談だったはずだ。


 それがなぜ、本物の肉体を持って、今俺の目の前で……ギャアギャアと文句を言っているんだろうか……

 そんな質問をストレートに投げかけてみると、リリィちゃんはこんどは驚いたような、そして半分あきれたような顔をして言った。

「そんなことも分からないなんて、あんた本当に魔王?」

「分からなくて悪かったな。生まれたばかりで」

「全部スクールでやる内容でしょ」


 そういうことか。普通はスクールで、その個人個人の能力について、ひとしきり解説があるんだろう。

 だが、俺は……


「初日で退学になったんだよ」

「はあ!? 退学とかあるんだ。ていうか何したら退学になるわけ? ……ダッサー。ザコすぎて退学とか」

 彼女は笑い転げている。うん、楽しんでもらえているようで何よりだ。俺は一つも楽しくないが。

 が、彼女が俺の持っていない知識を持っている以上仕方がない。ここは頭を下げる一手だ。


「スミマセン。色々と、教えて頂けマセンカ」

 俺は心を殺し、恥を忍んで頭を下げる。

 すると、彼女は天使のような笑顔で微笑んで、俺にこう言った。

「調べろカス」


 ふ、ふざけ……殺す! 絶対殺す! コイツ後で殺す!

 と、叶わぬ殺意を抱きつつ、しかし、しかしと必死で頭を冷やす。


 調べろと言われても、調べられる物なんて……




 あっ。


「……魔王入門?」

 そう呟くと、俺の手元に「魔王入門 ~ハンドブックタイプ 第三版~」と書かれた本が現れた。

 奥行20㎝。高さ28㎝。厚さは軽く10㎝を超える、鈍器のような本だ。これのどこにハンドブック要素があるのか俺は知りたい。


 ていうか、こんなにページ数あるのか魔王入門。ぱっと見でもそのページ数は1000を超えているのが見て取れる。この資料の中から、必要の情報を見ようとしたって、それは流石にムリってものでは……


 わたわたとページをめくる俺に呆れたのだろう、リリィは立ち上がると、俺の横に来て一旦本を閉じさせる。その際、何気なく触れあった指の感触にドキッとしてしまったのはナイショだ。


 彼女はページの切れ目に指を置くと【魔王】とつぶやいた。

 するとパラパラとページがめくれて、魔王の項目が表示される。




 【魔王】

 一つ(あるいは複数)の属性に対して圧倒的に強い力を持った個体。

 その属性に対して必ず支配的なスキルを一つ以上備えている。

 また魔王は必ずスキル「魔王入門」を備えているので、それでも判別可能。

 多くの場合、人類の姿で生成される。


 同:精霊、神




 えぇぇぇぇぇぇぇぇ

 何気なく、とんでもないことが書かれてんぞ、これ……!


 「同」って、同義語だよね? 精霊とか、神とかと同格ってことか? あ、じゃあ「俺は神になる」とかって言ったけど、俺はもう神だったってことか! やっちまったぜ!!


 一つの属性に対して圧倒的に強いとも書かれている。

 確かに、俺の同期は「毒」や「炎」の属性を持っていた。

 でも、俺は特に何も表示されなかったような……。それも調べられるのかな。


 俺はもう一度魔王入門を閉じ、今度は自分の指を乗せる。

「えっと……『俺の属性』」

 ダメ元で、俺の属性を引いてみる。

 すると、ページがパラパラとめくれ始めた! やっぱり、この「魔王入門」があれば何でも分かるように……




 【オレオ】

 旧文明時代に販売されたことのあるビスケットの菓子。

 二枚のビスケットの間にクリームを挟んだ形で販売された。美味。


 ※「俺の属性」に該当する項目はありません




 いや、お菓子とかどうでもいいよ! なんだよ美味って、感想じゃねーか!!


 ……しばらく試してみて分かったのは、どうやら自分の属性とかステートとか、そういう変動するものに対応する項目は無いようだ。ある程度の普遍性を持った言葉の項目があるらしい。……オレオが登録されていたのには驚いたが。


 それからもう一つ、気になった単語についても調べておいた。




 【再生成】

 1. 対象の基本的な性質を変えずに、一部の性質を変化させた上で、新しい個体として作り変えること。

 例:スキル「支配」影響下に入る際の再生成


 2. 魔法的なオブジェクトなどの疑似物体における、ダメージ等の非継続性のこと。

 例:「魔王入門」の再生成




 難しい言葉が続いているが、2はすぐにでも実験できる。


 俺は魔王入門の表紙のページを破く。そして「魔王入門」と唱えると、本は消えた。

 そうして、もう一度「魔王入門」を唱える。


 すると、手元に現れたのは、新品の魔王入門。

 つまり「魔王入門」は破けようが燃えようが、一度呪文を解除してからもう一度出せば、新品の状態に戻るということだ。

 これなら、必要な情報が調べられずに詰むという心配はないだろう。有難い限りだ。




 で、気になったのは1の方だけど……

「つまり、俺はリリィちゃんを俺の「支配」の対象にする条件を満たして、知らない間に「支配」をかけた。その時、リリィちゃんの体は再生成されて、人形の姿から今の姿に生まれ変わった……てこと?」

「知らない間にってのはムカつくけど、そういうことね」

 なるほど。それで、リリィは俺を助けてくれたというわけだ。確かに俺はリリィちゃんを「超絶美人のボインでバインの、しかも最強魔女っ子(物理)、リリィちゃんだ!!」と叫んだ。冗談だったが、あれが適応されていたのだ。

 この前何が起こったのかだけは把握できた。


 とはいえ、それでもまだ疑問は残る。

「……何よ、その目は」

「だってさあ。今の話だと、リリィちゃんって俺の「支配」の影響下にあるんだろ?」

「そう言ってるじゃない」

「……全っ然、支配してる感じがしないんだけど」


 そう。俺はこのリリィちゃんと出会ってから、刺さった矢を力づくで引っこ抜かれ、土手に投げられ、ワインの瓶で殴られている。


「俺全然そんなの望んでないけど? え、じゃあ、俺が「謝って」って命令したら、誤ってくれるの?」

「イヤよ。なんで私が」

 この返しである。

「どのあたりが「支配」されてるワケ?」

「忘れたの?」


 リリィは溜め息をつきながらこうべを振り、続ける。


「あなた、なんでもする・・・・・・って言ったじゃない」




 うぇ? 俺そんなこと……

 あ。あああ。

 言った。確かに言った。なんでもするから、誰か助けてほしいと言ってしまった……!!

 そして、リリィは俺を助けてくれた。


 知らない間に俺はリリィに対して、そういう契約をしてしまっていたんだ……! 支配の力が完全に裏目に出てしまっている形だ。


「そして、私が望んだ対価は「自由」よ。あなたの命令を聞くなんて絶対にゴメンだわ」

「え、えと、じゃあ……もし、「なんでもする」なんて思ってなければ、今頃リリィちゃんは従順だったってコト……?」

「想像したくもないけど、そういうことね」



 うわぁぁぁぁぁ!!! なんてこった!!!

 俺はちょっとした心の弱さから、超絶美女で超絶強い最強の部下を自分のものにするチャンスを潰していたんだ……!!!


「えっと、じゃあ……「俺の友達だ」とか「嫁だ」とか言ってたけど、そいう言うのも……」

「それも却下で」

 あっさりと却下された。

 コレ、世界で一番惨めな「支配」の発動になったんじゃないだろうか……。


 いや、まてよ。それなら……

「じゃ、じゃあ、その……もう一回、再生成、試してみてもいい? ほら今度は顔のアザも残らないようにして……」

「下心が透けて見えるわね。試そうとしたら、チリも残らないほど木端微塵にしてあげる」

 こうして俺の目論見はあっという間に看破された。



「オーケー。じゃあ、そこはいいとして。俺は何の魔王なんだ? 「人形」とか?」

「それは分からないわ。一つの物ってのは、いろんな属性を持っているもの。たとえば蝋燭なら、「光」「熱」「炎」「蝋」あたりは確実に持ってるだろうし」

 なるほど、属性ってのは一つのものにつき一つではないのか。

 しかも属性自体も無数にあるらしいとなると、特定は困難だ。

「だから私に支配が効いたからって、それが「人形」属性とは限らない。「糸」とか「綿」かもしれないし、「呪い」かも知れないわ」

「……お前、「呪い」属性まで持ってたのか」

「う、うるさいわね。ちょっと廃屋に住み着いて、気に食わない人間を呪い殺してたらいつの間にかついてたのよ」

 ……やはり彼女は呪いの人形だったようだ。ていうか、ちょっとで人を殺すなよ……。



 そこで俺はふと思う。

「あれ? そういえばリリィちゃんは、なんかそういう「鑑定」的な魔法って使えないの? 使えてもおかしくなさそうだけど」

「ん? 使えるわよ?」

 彼女は、何を当然、といった口調で応える。

 いやいや。それ先に言おうよ。俺が苦労した意味って一体……

「なんだよ、なんで先に教えてくれないかな」

「だって、あなたに使うつもりないし」


 そして、この短時間での衝撃の連続。

 俺は必死に言葉を探す。

「そりゃ、友達でも恋人でも何でもないかもしれないけど、一応仲間なんだしさぁ……」

「ストップ」

 リリィは有無を言わさぬ勢いでストップをかける。

「なんで私が勝手に仲間ってカウントになってるワケ?」

「えっ、だってこれそういう流れ……えぇ……」

「いったはずよ。私が望むのは『自由』。アンタの仲間にはならない。私がここにいたのは、このアザに文句を言うためと、それと、あんたが心ぱ……そう! アンタが死んじゃったら、アンタを「救う」って条件を、満たせなくなっちゃうでしょ。それを確認しただけよ」

 なんだか言葉の途中がつまりかけていたが、彼女は最終的にはそう言い切った。


「あの土偶野郎が落としていった金があるわ。分けてあげる。私が倒したんだから9:1でいいでしょ。ああ、宿代は別に残してあげる」

 そういうと、彼女は俺に金貨を数枚渡す。

 そして呆然としている俺を尻目に、部屋の出口へと歩いていく。

「強い体くれてありがと。じゃあね」

 そういうと、彼女は俺の前から去って行った。




 えぇぇぇぇぇぇぇ。

 あのさあ、俺の思ってた【魔王】と、何かが、何かが違うんだけど。

 魔王ってこんなもんなのかなぁ。誰か、誰か教えてくれよ。


 そう思うと、手元の魔王入門がパラパラとめくれた。

 Q&Aのページだ。




 Q. 全然うまくいきません。助けてください。

 A. スクールで教えられたことを思い出してください。ヒントは必ずそこにあります。




 俺は魔王入門をびりびりに破り捨てた。どうせ復活するし。

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