第十話・「侵略者」
……ああ、またあの感覚だ。
そこに居るのは、俺であって俺じゃない。
感覚はある。意識は、ぼんやりとしているが、ある。
だが、どれだけ体を使おうと頑張っても、ぴくりともしない。
これが、自己支配か……
自分の体から異常な力が湧き出ているのを感じる。魔力量は変わらないはずなのに、普段の俺が水風船だとしたら、今の俺は爆発寸前の爆弾のような危うさに満ちている。おそらく「同化」と「強化」の影響もあるんだろう。先ほどまで圧倒的に感じていたヴィーナスの迫力も、今では俺と同格程度に感じられる。いや、俺の感覚が狂っていなければ、これは……
くっ。
意識が飛びそうになる。
油断していると、俺の存在さえ消えてしまうんではないかという不安にさえ駆られる。
前回は気を失ってしまった。今度は見届ける……! 俺の力が、一体どんなものなのか。
隕石が、俺を狙って動き始めた。ヴィーナスの力だろう。
俺にはその動きに意識がついていかない。体は強化され、感じているのは分かる。見ていることも分かる。だがあまりにも早すぎるその速度に、俺はそれがそこを通過した後に気が付くのが精いっぱいだ。
だが、無敵モードの方にはキッチリと見えているようだった。というかかなり余裕がある。あ、今も通り過ぎた隕石に一瞬座って、考え事なんかしていたみたいだ。くそ、これがヤムチャ視点か……
「面倒だな……」
「あら、でしたら一つくらい当たって下さればいいのに」
「欠点を知っている相手に、同化程度で不死身面できるほど馬鹿じゃあないさ」
無敵モードは隕石に向かって魔力を放出する。支配だ! 隕石の支配権を奪い取る気か。宇宙ゴミって言ってたな……あれも俺の属性なんだろうか?
「させない……!」
ヴィーナスの魔力も爆発的に強くなる。主導権の取り合いだ。
だが、突然流れ込んできた強力な魔力に、隕石といえどたかが岩が耐えきれるはずもなく。巨大な隕石はガラスのように砕け散る。こうなれば【ゴミ】としての支配力の方が強くなる。砕けた隕石は千の刃となってヴィーナスを襲う。
「はっ!」
ヴィーナスが気合いを込めると、突如台地が隆起して、瓦礫の衝突を防ぐ盾となる。
「もう一丁、行きますわよ!」
空から再び隕石が現れる。
今度は衝突前に支配権を奪い取るべく、無敵モードはその手を隕石へと向ける。だが、隕石は俺の魔力には一向に反応を示さない。
「フェイクですわ」
(デブリじゃないのか)
一度目がすべて宇宙ゴミだったために、二撃目も当然デブリと思い込んでいた。今からでは回避は間に合わない。
俺の体は、意を決したようにそのまま力を込める。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
その掌が、隕石の表面をとらえた。表面はバリバリと音をたてて隕石の中に沈んでゆく。
だがなんと、俺の体は隕石の落下をそのまま抑え込み、地上に撃ち落とされることもなくそのまま空中で止まった。
「この程度の技で止められると思ったか」
そう向き直ると、そこにすでにヴィーナスの姿はなかった。
彼女の声は俺の背後から聞こえた。
「止まってますわよ」
俺の首が振り向くと、そこではすでに組まれ振り上げられた二本の腕が、俺の体に向かって振り下ろされようというところだった。
「言ったでしょう、フェイクですわって」
その腕が、俺へと振り下ろされた。
衝撃音。
隕石が直撃した時と変わらないほどの爆音が鳴り響く。
が、ヴィーナスの腕は、俺の首筋で止まっていた。
「なっ!?」
「なるほど。隕石よりはマシみたいだな」
俺は豆腐の中から引き抜くかのように隕石から腕を抜き、そのまま裏拳でヴィーナスを弾く。直後に地面に砂埃が立ち上り、地面をえぐった痕は20m以上の長さで地上に突如出現した。
それほどの攻撃を受けたにも拘わらず、管理者としての意地だろうか。彼女はボロボロの体で立ち上がった。
「フム……折角【ゴミ】の魔王と戦っているのに、肉弾戦で終わり、ではつまらないだろう」
俺の体が薄赤く光る。
辺りの瓦礫が渦を巻き、一つの形を形成してゆく。
それは誰もがよく知っており、だが見たものは死ぬとされる程強力な魔物。
巨大な蜥蜴の体と獅子の牙、蝙蝠の翼と赤い瞳を持つ漆黒の生き物。
それは瓦礫で作り上げた黒龍だった。
「龍ですって……!? まさか、そんなもの……形だけですわ!」
「なら、試してみるか?」
「グェェェェェェ!」
黒龍は一吠えすると、口から球状の赤い光を放射する。避ける間もないままヴィーナスは光に巻き込まれ、爆炎をあげる。
「殺すな」
と、俺の体が小さくつぶやいていた。
痕には黒焦げになったヴィーナスが倒れている。かろうじて意識はあるようだが、もう体が動いていない。
「O-Siri-sシステム」
俺の口が呼び出すと避難していたオシリスが現れる。雰囲気の違いに戸惑っているようだった。しかし、俺の体は構わずオシリスの額に手を当てる。
「ラスティ様……? その、折角名前で呼んでいただいたのは嬉しいのですが……
あなた本当にラスティ様で……!? 侵入!? これは……ッッッ!!! ……
……
データベースに対する直接通信権限がありません
閲覧モードでアクセスするにはO-Siri-sを閲覧モードで再起動する必要があります
……再起動中。再起動完了
アクセスキーが必要です」
オシリスはがっくりと項垂れると、両目を見開いたまま無機質な声で言った。
「これを介してのアクセスは難しいか。まあ、閲覧で十分だ」
今度は俺の体はヴィーナスに向き直ると左手の指を五本のコードに変換した。
「な……何をしますの……い、イヤ……!!」
俺の五本の指は無抵抗な彼女の両目と額を貫いて、彼女の脳に突き刺さった。
彼女の強張っていた体は、しばらくの硬直のあとだらしなく垂れ下がった。
「……リスト確認。合致。管理者_08本人確認。
アンチプロテクトコード……C適応可、アンチプロテクト完了。
脳解析タイプ神、可。同時解析起動。モード:検索
『アクセスキー』検索開始……これは!?」
その瞬間、ヴィーナスの体が土となってボロボロと崩れてゆく。
残ったのは「ハズレ」と書かれた短冊状の紙だった。
「言ったでしょう、フェイクですわって」
突然、体が地面に這いつくばる。
振り向くと、空に隕石を浮かべて俺を見下ろすヴィーナスの姿があった。
「変異かと思ってましたけど、まさか侵略者とは思いませんでしたわ」
「チィッ!」
当然反撃に出ようとするが、一切体が動かせないようだ。周囲の物体にも働きかけているが、それもダメ。辛うじて自分と黒龍の顔だけが、ヴィーナスを見据えていた。
無敵モードが初めて焦っているように見えた。
その焦りを捉えたのか、命令も待たずに黒龍がヴィーナスを撃つ。だがその光弾も、彼女が指一つ突き出すと、渦を描くように弾ける。そのまま渦は徐々に収束し、小さなビー玉のような光の弾へと変わった。
「躾の悪いペットですわね?」
弾は高速で黒龍へと打ち返され、抵抗もなく黒龍の中へ沈んでゆく。
「日輪」
そのヴィーナスの呟きとともに、黒龍の体は自分の内側へ、内側へと折り曲げられてゆく。
「ゴ、ゴガァァァァァ!」
逞しかったその体は見る見るうちに無残な肉塊に、その漆黒の体は熱を帯び、真っ白な光へと変わってゆく。その熱量と輝きは名の通り、小さな太陽を目の前にしているかのようだ。そして。
パウゥ!
光が球の形に弾けた。
黒龍は真っ白な灰に代わり果て、その身を風に預けて崩れてゆく。
「さて、正体を見せてもらいますの」
またその目に魔力が集中する。鑑定を使っているのだろう。
だが……
「キャッ!」
彼女の目に稲妻が走ったかと思うと、目の前が爆発した。
「拒絶……それも、多重ですわね……。この場での鑑定はムリですわね」
「本来ならば大本を突き止めたいところですが、コレを放っておくわけにもいきませんわね。宿主には悪いですが、消えて頂きましょう」
宿主? 宿主って俺のことか?
じゃあ、『無敵モード』は俺じゃないのか……?
だが、俺にはそんなことを考えている余裕はなかった。彼女の指先には先ほどと同じ、強烈な魔力が集まりつつあった。
「同化による再生はムリですわよ。この辺り一帯の物質を、すべて大地に縛り付けてありますわ。体が再生を始める前に、あなたの存在が完全に消滅しますの」
こ、こんなの反則だ……
折角無敵モードに目覚めて、俺は死なないと思っていたのに、このザマだ。
ちくしょう……!
だが、その攻撃はオシリスによって阻まれた。そうか、彼女は実態がないため、動くことができたんだ。
「……システムのくせに、邪魔をしますの……?」
「通信が入っております」
「通信……?」
ヴィーナスが姿勢を崩さぬまま、通信を始める。
「……何の用ですの、ジュピター。後にして下さらな……殺すな? それは、まだ被害はないかもしれませんが、侵略者ですのよ! もしシステムに侵入されれば私たちだって……それは……非介入が原則ですの、でも……分かりましたわ」
そこまで話して、ヴィーナスの通信は終わった。
そうか、俺は、助……か……
「ようやく目が覚めましたの」
俺が目を覚ますと、再び森の中に居た。
あの戦いの後、ヴィーナスが森を再生させたとのことだった。改めて超人的な力だと思った。
「何を他人事のように……あなただって、その私と戦ってたんじゃありませんの」
呆れたようにヴィーナスが息を吐いた。
「あんなの、右も左も分からない新人に持たせていい力じゃありませんわ」
「そんなにですか……?」
「強化込でオールAに近い能力ですわ」
「いっ!?」
「あなた元々Aの能力が一つありますもの……原理的にはあり得ないことではないですわ」
何となく強力だとは思っていたが、そこまでの強度があったなんて。ヴィーナスとの戦いで実感していなければ、とても信じられなかったろう。
「強化時のステート、三つは持っている支配的スキル、そして属性。ちょっと普通じゃありませんわね」
「それが、総合力Errの理由……?」
だが、ヴィーナスは首を振る。
「確かにSが表示される可能性までありますわね。でも、どれだけ強くても、単純な強さでSを超えてErrになることは非常に稀ですわ。システム的にありうるとは言われていますけれど、前例はないかもしれませんわ」
「じゃあ、どうして……」
「そのほかでErrが出る可能性があるのは、システムが認知できない能力を持っている場合ですわ。一つは属性ですわね」
「でも、誰でも一つは属性を持っているって……」
そう、俺の属性はたった一つ。しかもそれは【ゴミ】なのだ。
だがヴィーナス曰く、それがまずおかしいらしい。
「たとえばこの剣。今はわたくしの持ち物ですわ。これを支配することはできて?」
「無理だ、支配が反応しない」
念のため、実際に支配してみようとするが、やはり反応はなかった。
「では次。ここからが問題ですわ。わたくし、手からは離しませんが、この剣を捨てますわ。もういりませんから。……さ、どうです?」
「? どうって、何も変わるわけ……え!?」
ダメもとで力を込めてみると、今度はその件に、支配対象としての適性が生まれているようだった。
「これはどういう……?」
「これがあなたの【ゴミ】の属性の一番の危険性ですわ。どんなものでもゴミになりえますの。
たとえ【火】であれば、わたくしがこの剣をいくら火だと思っても、そんなことはあり得ませんの。でも、【ゴミ】ならばそれができてしまう。どんなものでも支配できてしまう可能性をはらんでいますわ」
「そんな無茶な」
「そう、無茶。不自然ですわ。わたくしたち管理者も長いこと属性の関する研究をやっていますけれど、こんなに曖昧で協力な属性は見たことがありませんわ」
「もしかして、あり得ない属性……? これがErrの原因……」
ヴィーナスは首を振る。
「とも限りませんわ。私たちが知らなかっただけかも知れない。でも、あなたのErrに関わるさらに重大で、はっきりとした問題がありましたわよね」
「それが」
「『侵略者』ですわ」
ヴィーナスの説明によると、侵略者とはシステムそのものに攻撃を仕掛けてくる連中の総称らしい。普通は英雄のように力を持ちながら、何らかの理由で管理者になれなかった者たちや、管理者のやり方に反抗心を持っている者たちが、システムの破壊をはじめ、そう呼ばれるらしい。
だから俺のように、生まれたばかりで「侵略者」となるケースは皆無と言っていい。
「生まれてきた段階で侵略者なんて、Errそのものですわ」
「でも、それなら流石にスクール側でも気づくんじゃあ……」
ヴィーナスはゆっくりと、そして静かにうなずいた。
「そのスクールについて、調べを入れなきゃならないですわね」
俺は捜査協力のため、記憶のコピーをとられた。特にやましいことが無くてよかったと思う。
それから、自己支配についても注意された。
「あれは支配後の人格がどんどん影響力を持ってしまいますの。できれば、もう使わないで欲しいですわ」
つまり、人格が自己支配後のものに、俺の場合は無敵モード = 侵略者のものに、完全に支配されて、今の人格が消えてしまうということだ。
ぞっとする。
元からあまり使いたいものではなかったが、どうやら俺が思っていた以上にヤバイもののようだ。
「もしあなたが完全に自己支配の人格になってしまったら、誰が止めようと私はあなたを滅ぼしますわ」
この人に滅ぼされないためにも、自重するようにしよう。と言っても、そうなったら俺の意識なんか消えているはずだけど。
帰っていくヴィーナスを見送って、俺は考える。
いったい俺は何物なんだ?
俺はいつか、この世界そのものをぶっ壊すんだろうか。俺は生きていていいのか?
そもそも、ただ生き延びるっていったって、それすら難しいっていうのに。「生き延びてもいいのか?」なんて要らない命題がくっついてきてしまった。
不安。不安。不安。
彼女を読んでしまったのは、そのせいだろう。
「オシリス、オシリス!」
俺が声をかけると、その半透明な体が現れる。
が、なんだか彼女は俺から距離をとり、戸惑っているように見えた。
そうだ。意識がなかったとはいえ、俺は彼女の精神? システム? に、侵入したんだ。
もし、俺が他人に勝手に、心の中を覗かれそうになったら? 多分、そいつと二度と会おうと思わないだろう。オシリスにとって、今俺はそんな存在なんだ。
「尻神様……ごめん!」
あっ! と、自分で叫びそうになった。こんな時まで、名前ではなく尻神様と言ってしまった自分に。
「尻……神……!! 行動一致率99.67%。本人確認完了」
小さく、無機質な声が挟まる。そして。
「ラスティ様。……よかった」
彼女はそう言って、笑ってくれた。
よかった。本当によかった。
だから俺は、今日も尻神様に祈りを捧げた。
次の日からオシリスの警戒心がさらに高まっていたのは、多分俺の気のせいだ。
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