第九話・管理者
「さあ、さっさと白状しておしまいなさいな」
「俺は何も悪いことなんて……」
「ネタは上がってますのよ」
俺は今、即席で作られた取調室の中にいます。
俺の取り調べをしているのは「管理者」という立場の人のようだ。多分魔王よりずっと上の階級なんだろう。だが、相手の階級が上だからと言って、身に覚えの無いことで疑いをかけられる道理は……
「暫くまともなもの、食べてなかったんだって?」
「こ、これは……!?」
彼女がそっと差し出したのは、ワイルドボアの肉を揚げ卵でとじ、米の上に乗せた料理。それがほかほかと白い湯気をあげ、俺を誘惑してくる。
食べ物の誘惑には勝てない。
口の中に駆け込むと、ふっくらと仕上がった卵と肉汁の絶妙なハーモニーに満たされ、目から涙があふれ出す。
「だって、だって……仕方なかったんだよぉぉぉ!」
「ホシはオチましたわね」
なぜこんなことになっているのかというと。
「魔王入門」のシステムから「酷いセクハラ被害を受けている」との報告があったそうだ。
そして「セクハラに関する問題を送信しました」とは、先日の尻神様の言である。
……。
マ、マジで被害報告してやがった……!
いつも笑顔で対応してくれているからと言って油断した。彼女は俺の配下でもなんでもないんだ! 俺の彼女に対するリスペクトも信仰心も、一切関係なかった。
男女の間に友情が芽生えないように、魔王と尻神の間にも友情は成立しないのか……!
「で、結局あなたは何をやらかしたんですの?」
「オシリスの尻を神と崇めました」
誤魔化すことなど何もない。俺はありのままを正直に伝える。
……。
彼女はすっく立ち上がり、俺を見る。
やはり宗教間の対立とは相容れないものなのか!? 俺はこのまま邪教徒として異端審問にかけられてしまうのかー!?
「……すばらしい」
俺の耳が腐っていなければ、管理者はそうつぶやいた。
そして俺に体の背面を向けて問う。
「どう、思いますの……」
「どうって……」
俺にとって尻神様は絶対だ。そんな風に体を見せつけられても……!?
だが俺は、そのフォルムを見て驚愕した。
「まさか……同じ!? そんな……」
そこにあるのは、我々の御神と全く同じラインを持った、神の創造物だった。
「流石ですわ」
俺の反応を聞いて彼女は嬉しそうに微笑む。
「オシリスのホログラム、実は体のデータはわたくしのものがベースですの。相当、こだわって造形したんですのよ」
俺の目からは、また涙がこぼれた。
「生き神様でしたか……」
数十分の取り調べの後、俺が尻神様のところへ無罪放免だったことを報告すると、彼女はいままでで一番イヤそうな顔で迎えてくれた。もう少し喜んでくれてもいいのに。
「申し遅れました。わたくし管理者のヴィーナスと申しますわ」
「管理者っていうと、あなたがこの世界を作った、とか?」
名前からそんな風に想像しただけだったが、どうやらそうではないらしい。
「私たちはいわば、「世界を守るボランティア」みたいなものですわ。過去様々な功績を上げた賢者や英雄、神や魔王が集まって、世界を凶悪なトラブルから守ってますの。「魔王入門」も私たちが作ったんですのよ」
そ、そんなにすごい人だったのかぁ。言葉遣いの割に態度がフレンドリーだから、正直そんなにすごい人だとは思わなかった。ごめんなさい。
「じゃあ、ヴィーナスさんも英雄なんですね!」
俺がちょっと熱っぽく聞くと、彼女は恥ずかしそうに笑う。
「そんな大したものではありませんわ。わたくしは【星】の女神。ちょっと強化を使って星の軌道をずらして、この世界の滅亡を防いだだけですわ」
いやいやいやそれ十分偉業ですから! 「ちょっと料理作りすぎちゃったから持ってきちゃった」みたいなノリで言わないでください!? ていうか【星】で【強化】って、「キラキラさせるくらいしか使い道ないよね」ってバカにしてました、生意気言ってすいませんでした!!
あとは、早く大人になりたくて、星の回転数を上げて一年を短くしたり、「後日幻の大陸って呼ばせたい」っていう理由で、新発見の大陸を海に沈めたり、気に食わないと思った相手に向かって衛星を一つぶつけちゃったりと、若かりし頃の赤裸々なエピソードを教えてくれました。でもちょっと規格外すぎて笑えなかったかな。
「たとえば、本当にたとえばの話ですけど、人間の街を一つ滅ぼしたりすれば、やっぱり管理者から目をつけられるモノなんですか?」
突然出てきた”管理者”と言うワードがあまりにも分からなかったため、俺は気になっていることを突っ込んで聞いてみることにした。さすがに大陸を沈めて「てへぺろ」で済ませているような相手に睨まれて生きていける自信はないし。
すると彼女は、俺の危惧などお見通しだというようにあっさりきっぱりと
「それはありませんわ」
と断言した。
「先ほども言いましたように、わたくしたちは、世界の危機に備えて動いてますわ。魔王が本気で動いたって、国の一つか二つ滅ぼすのが関の山ですもの、心配なさらなくて大丈夫。最悪でも、魔王や人類が絶滅する程度のことですわ」
心配しないでヤッちゃいなよ! って感じでヴィーナスさんはウインクしてるけど、それ本当に「その程度」で済ませていい事態なんですか……? 管理者と言う人たちはあんまりにスケールがでかすぎてよく分からない。まあ、この人が特別なのかもしれないけど。
「い、いやだなぁ、喩えですよ。俺は歯牙ないゴミの魔王ですから、そんな物騒な話は……」
「え?」
あれ? なにかマズいこと言ったか? ヴィーナスさんが目を見開いて固まってしまった。
あ、目に魔力が集まってる、これ多分鑑定とか分析とかその手のことされてるヤツだ。
「あなた……スクールの教官からは何も言われませんでしたの?」
「え? いや、特に何も……。ていうか俺、退学になりましたし」
「退学……!?」
雲行きが怪しい。俺は何か地雷ワードを言ってしまったんだろうか。
「自分の総合評価を見ても、何も思わなかったんですの?」
「総合ったって、あの時は俺、弱すぎてErrだったし……」
「いくら弱くても、評価はJを下回りませんわ」
冷たい口調で彼女が言い切る。
「だ、だったら……あり得ないですけど、その、Aより上だった、なんてことは……」
俺は半笑いで答えるが、ヴィーナスは首を振る。
「Aを超えても、Sと表示されるだけですわ。もっともそれすら、普段はお目にかかれない隠し評価みたいなものですけれど」
「へ、へぇ。じゃあ、なんでErrなんて出たんでしょうねぇ……?」
「普通じゃありませんわ。スクールは退学勧告なんてしない。エラーが出る事だってふつうあり得ませんわ」
そんなこと言われても、退学させられたのは事実だ。
だが弁明する暇もなく、彼女は続ける。
「そう、普通はErrなんて出ない……Sランクを超えない限り」
「はぃ???」
自分の耳がおかしくなったのかと思ったが、多分彼女はそう言ったんだと思う。でも俺に考えている余裕はなかった。なぜなら、さっきから昂ぶっていた彼女の雰囲気が、一気に敵意に変わるのを感じたから。
そして彼女は笑う。
「うん、ちょっと殺してみましょうか」
ヤバイヤバイヤバイ!
ヴィーナスの威圧感だけで、冗談ではなく周りの木々が折れて飛んでゆく。俺自身も爆風に飲まれて後ずさる。
なぜだろう、彼女との距離は10m以上も離れているのに、本能がヤバイヤバイと告げている。
「来るっ!?」
俺が咄嗟に身をそらすと、俺の体の合った場所をヴィーナスの残像が通り過ぎる。彼女の体は進路上にあった岩山をブチ抜き、すでに30mも向うで、もう一度こちらを振り向いた。
「よく躱しましたわね?」
もし避けていなければ、俺の体は今頃岩山と同じ運命にあったろう。これが伝説レベルの英雄の力……!
だが彼女にとってそれはほんの挨拶代りだったのだろう。彼女の体から、とんでもない量の魔力があふれ始める!
「尻神様、もしかしてこれ勝てないやつじゃね……?」
「もしかしなくても勝てないですね」
ですよねー!
せめてもの落ち着きを取り戻そうと冗談を飛ばす俺の耳に、異音が入ってくる。空の向うから響き渡るような、異音。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
俺は最悪の予感をよぎらせたまま、空を見上げる。悪い予感ほど当たるものだ。
そらの向うから飛来する、いくつかの巨大な物体。
あ、これやばいやつ-
それはまさに-
「食らいますの。隕石」
降り注ぐ轟音の中、俺の意識は掻き飛んだ。
出来上がったのは直径数十メートルはあろうかという巨大なクレーター。その中心にはいくつかの隕石が、ヴィーナスの強化の影響だろうか、完全な状態で存在していた。
その下にあろうものなど木端微塵、この一撃で勝負は決まりとみるのが普通だろう。
だがヴィーナスは警戒を解かぬまま叫んだ。
「あなたが同化持ちであることは分かってますわ。わざわざ木々をなぎ倒し山を砕いて、瓦礫を用意したんですから。早く出ていらっしゃいな」
すると爆心地に落ちた隕石たちは、一斉に浮き上がり、空中で赤黒い光を放ち始める。表面には、大昔に描かれたであろう魔法陣が魔力に反応して点滅していた。
周囲の木々の破片が集まり、それはやがて人の形を成してゆく。
「……旧文明以降も人類は宇宙に憧れつづけ、魔術師たちは様々な実験を行った。そうして地上からも、いくつもの魔法を備えた岩たちが、衛星軌道上に放出された。それらはやがて魔力を失い、無重力空間を漂うだけの存在となった。
それを俺たちは、宇宙ゴミと呼んだ」
そうして形成された体は、先ほどまでとは違う自信に満ち溢れた目でヴィーナスを見つめる。
そう。飛んでいったのは俺の意識。それは即ち、もう一つの意識の目覚めでもある……!
「選んで落としてくれたのか? 随分とお優しいんだな、管理者様」
「初心者とベテランの戦いですもの。ハンディキャップが無ければつまらないでしょう?」