第二十六話「生きる喜び」
俺は幼い頃貧しい家庭に生まれた。
小さい頃から盗みは当たり前にやってきた。
貧乏だから盗む。それもあるかもしれないが、親を喜ばせたいというのもあった。
だが、盗みを働く俺にいい未来がやってくるはずもなく、俺は働くことすら困難なほど社会から嫌われるようになった。
だから俺は、人を脅して金を奪うようになった。
悪いことだ? 言いたいことは分かる。だが、俺にはもうこれしか生きる術がない。
だから人を脅した。警察から逃げた。そんな人生だ。
だけどある日、俺はいつもどおり人を脅して金を取るという行為を続けてたわけだが、安奈の前ではそうはいかなかった。さすが空手六段なだけはある。俺は安奈の護身術には適わなかった。
「クソッ!」
「貴方。何でそんなことするの?」
「決まってるだろ。生きるためだ」
「そう。それなら私が生かしてあげる」
「何だと?」
「私が生かしてあげる。その代わり全うに生きると約束してね」
その言葉を機に俺は全うに生きると誓った。
誓ったはずだった。
「警察だ! お前の居場所はバレている素直に投降しろ!」
全うに生きるならここで素直に捕まって刑務所に入るべきだったのかもしれない。
だが、俺は。
安奈を人質にした。
分かってる。ここまでしてもらって恩知らずなのは知っている。
でも俺はどうしても全うに生きる勇気が出てこなかったのだ。
そして、事件は起きた。
俺は安奈を人質にして逃げようとした時、一人の警察官が銃の引き金を引いたのだ。
意地でも俺を捕まえたかったんだな。
俺と安奈はその銃に撃ち抜かれて……。
「ハッ!」
「お目覚めかな。海斗」
「お前は魔王か。俺は」
「さあ、安奈。真実を知った。どうする」
「それは……」
「お前がこいつを殺せばお前は生き残れる。こいつの人生のためにお前が死ぬ必要はない」
「私が海斗を殺せば私は……」
「違う。あれは俺のせいじゃ」
「お前は黙っておれ」
上手く喋ることが出来ない。
「海斗のせいで……私は死んだ」
俺のせいじゃない! あの警察官が撃ってきたんだ! 俺は!
「海斗は自分の罪をあの警察官に押し付けている。そんな男をお前は助けたいのか?」
「私は……」
「銃を授けよう。これで海斗を撃て」
魔王は銃を安奈に渡す。
「私が海斗を殺せば私は」
「さあ、海斗を殺せ」
「私は」
「さあ」
やめろ! 安奈! よせ! 俺は!
「私は」
安奈!
「私は」
銃声が聞こえた。終わったな。俺の人生。
「あれ?」
傷が付いてない。確かに俺は撃たれたはずじゃ。
安奈が撃ち抜いたのは魔王の心臓だった。
「安奈。どういうつもりだ」
「私は殺さない。悪党じゃないもの」
「お前がこいつを殺さなければ。お前は死ぬんだぞ。それでも」
「それでも私は殺さない!」
「考え直せ安奈! お前がこいつを殺せば」
「もう私の前から消えて!」
「安奈! 考え直せ! 安奈!」
「消えて!」
「うぐわあああああああ!」
魔王は雄叫びを上げると消えていった。
「安奈。俺は……俺は」
「勘違いしないで、私は貴方を許したわけじゃない」
「…………」
「だから罪を償って。生きてね」
「でもそれだとお前は」
「私は海斗が全うに生きれば幸せだから」
俺と安奈がいた世界が崩壊する音が聞こえる。
「海斗。生きてね」
安奈の姿が消える。
俺は今更気づいた。安奈が俺にとって大事な人だということ。
嫌だ! 安奈がいない世界で生きるなんて!
嫌だ! 神様! いるならどうか俺たちを助けて!
俺の人生から大事なものを奪わないで!
全うに生きるから! 安奈がいればちゃんと生きられるから!
お願い! お願いだ! 俺から安奈を……奪わないで……。
――
「ハッ!」
目が覚めた。
病院のベッドの上だ。
「お目覚めですか」
目の前には看護師がいる。
それより。
「安奈は……安奈はどうした。生きてるのか」
「それが……その……」
「そんな、安奈は……安奈は……」
俺のせいで安奈は死んだ。
あの時、俺は安奈に俺を殺せとお願いすれば良かったのかもしれない。
そうすれば安奈は生き残れた。
俺は……どうしようもない馬鹿野郎だ。
最後の最後まで自分の身が惜しかったのだ。
「海斗」
もう取り返しが……。
「海斗!」
「え?」
目の前には安奈の姿が。
遂に俺は幻覚まで見るように。
「寝ぼけんな」
「イテッ」
安奈のデコピンが妙に痛い。
ってことはあれ? 安奈?
「私は生きてるよ」
「あんなああああ!」
良かった。
安奈は生きていたのだ。
神様ありがとう。奇跡を。
俺は今度こそちゃんと生きてみせるよ。
――
ようやく俺は全うに生きる決心がついた。
時折、あの世界の住人のことが頭をよぎる。
あの世界での経験がなければ今の俺はいないだろう。
「安奈。やったよ! 内定取ったよ!」
「おめでとう海斗。これで海斗も立派な社会人だね!」
「うっそぴょーん。内定何か取るわけないだろ」
「か、いとおおおおおおお!!」
俺は生きている。




