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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不倫衝動

作者: 桐生彩音

 自分の店を持つことが夢の少女がいた。

 しかし、店を持ちたいと思ったのは、やりたいことがあったからじゃなかった。単純にプライドが高く、先入観がひどいために既存の職場に就くことに、忌避感を抱いていたからだ。おまけに努力を怠り、倫理観も麻痺していた。

 だから学生時代は教師相手に身体を開き、成績を確保してもらうことに躊躇いもなかった。元々は当時の彼氏の方が駄目だったので、そのために経験したての身体で誘惑していたのだが、今度は自分の成績も落としていた。卒業まで家や学校にばれることこそなかったが、噂自体は流れていた。丁度その年に祖父もなくなったので、遺産であるまとまったお金と小さな書店の権利書だけを押し付けられ、少女は20歳になる前に夢を叶えてしまった。

 それでも経営に関しては素人なので、専門学校に通いながらの経営ではあったが、常連の方々からアドバイスという名の要求をこなすことで経営を傾けずに済んでいた。

 しかし、祖父の遺産ということもあり、周囲の常連も徐々にこの世を去り、何年か経った今となっては、当時の常連の顔を見ることすらなかった。

 だから経営者であるヤコは、自らの店を守るために、再び身体を開く羽目になった。

 赤字とは言っても、そこまでひどいものでもないので、捻出できない生活費を代わりに支払ってもらっているというのが正しい。だから年の離れた男に身体を弄られながらも、彼女は人並みの生活を送ることができていた。

 目の前の男との関係を例えるなら、ヤコはこう答えるだろう。

「内縁の第二夫人が、都合のいい愛人」

 だと。しかし、都合がいいのは彼女も一緒で、不倫相手である男、通称『おじさん』からお金ももらえる。性欲も衰えているので身体を触らせるだけでいい。後は下手くそな愛撫でわざとらしく啼けば生きていける。

 店を守るための枕営業とでも言えばいいのか、昼は店番をし、夜はたまにおじさんの相手をするのが、現在のヤコの日常である。




「眠い……」

「徹夜でもしたんですか?」

 そんなところ、と手を振って質問してきた少年に応える。

 土曜日の午後、にもかかわらず、ヤコの経営する『三澤書店』は一人の常連を除いて閑古鳥が鳴いていた。

 ヤコの視界にいる少年の名前はタクマ、この店の常連である。元々本が好きというわけではなかったのだが、通学中の暇潰しに読み始めて以来、新刊以外の珍しい本を求めて通うようになってきたのだ。

 近所に住んでいるらしいが、元々祖父とは疎遠になっていた関係か、子供の頃この辺りで遊ぶことはなかったので、顔見知りになったのはつい最近だ。

 本に興味がなかったのはスポーツに取り組んでいたからとか。現在も進学校とはいえ運動部に在籍しているとか。彼女もなく近くに住んでいる友人とも疎遠になっているとか。

 意外なことにタクマと話す機会が多かった。というのも、

「この前タクマ君が勧めてくれた本が面白くってね、昨日丁度いいところに入ったから一気に読みきったのよ」

「……前から思ってたんですけど、ヤコさん、本当に本屋さんですか?」

 と、ヤコ自身も本を読まないため、まともに勧められるはずもなく、なんだかんだで雑談が中心になってきたのだ。

「本なんて読まなくても生きていけると思ってたんだけど、まさか飯のタネになるとはね……」

「だったらもっとおすすめ紹介してくださいよ」

 呆れたように腰に手を当てるタクマに、ヤコは乾いた笑みを浮かべる。

「一応昔のブームってことでいくつか仕入れているけど、読んでみる?」

「ジャンルは?」

 タクマの問いにヤコは答えず、そのまま仕入れた本の一冊を取り出した。応えられなかったとも言えるかもしれない。

「ホラーっぽいんだけどね……若干エロいよ?」

「うっ!?」

 一瞬うぶな反応を見せるタクマに、若いな、とヤコは内心思った。ざっと流し読んだ感想を述べながら、他の本もカウンターに載せていく。

「まあエロいと言ってもピンキリだね。軽い性描写もあれば、ガチでヤバい事後が載ってるのもあるし」

「……そんなもの、健全な男子高校生に紹介しないでください」

「あれ、あわよくば年上のお姉さんといい関係になりたいと思って、ここに通っているんじゃないの?」

 ノーコメント、とばかりに首を振るタクマ。

 普通ならこれで店に来なくなるものだが、そこそこ付き合いが長いので、それくらいで疎遠になるようなことにはならなかった。それでも顔が赤くなっているのが丸わかりなので、ヤコは面白くてたまらないのだが。

「なんならヌイてあげよっか? 常連サービスってことで」

「からかわないで下さいよ。下ネタ苦手なんですから……」

 割と本気なんだけどな、とヤコは内心で言葉を噛み殺しながら、長閑な午後を過ごしていた。

ヤコ(三澤弥子)

 『三澤書店』の若き経営者。しかし店はいつも赤字で、畳むか頑張るかの瀬戸際を行き来していた。そのため、友人の会社の上司と不倫し、足りない分を補填してもらっている。

成績目当てに教師と関係を持った過去があるため、抵抗はない。


おじさん

 ヤコと不倫している某会社の重役。既に歳だからか性欲は半減しているので、女体を弄んで満足している。妻子持ちだが家庭環境は既に冷め切っており、生活費を入れるだけで後は自由にしている。


タクマ(加藤琢磨)

 近所に住む常連の高校生。遠出の学校に通っているため、通学中の暇潰しに本を読み始めた。当初ヤコの書店に通うのは、新刊よりも珍しい本を探すためだった。進学校だが運動部所属のため、引き締まった身体をしている。

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