表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

紙ヒコーキ、遠く(短編)

紙ヒコーキを投げた話。

「ねえ、世界で一番よく飛ぶ紙ヒコーキって知ってる?」


 小学校の放課後。教室。

 楽しく喋っていたはずのクラスメイトたちはいつの間にかひとり、またひとりと減って。

 あるいはまとまって帰ってしまって。

 今ではあまり喋った事もない女の子とふたりになってしまった。


「紙ヒコーキ?」

「うん。世界一。知ってる?」

「ううん」

「知りたい?」

「ううん」

「教えてあげる」

「えっ」


 なんかかってに話が進んでる。

 どうやら岡部さんという女の子はひとの話を聞かない女の子らしい。

 

「椎名くんは折り紙ある? ないならあげる」

「あるから平気」


 やっぱり、かってに話が進んでる。

 まあいいけど。


 ぼくは言われるままに道具箱から折り紙を取り出す。

 金色はもう使ってしまったので、銀色がキラキラとした折り紙。

 もったいなくて使えなかったけど、どうせなら今使おう。

 その銀色は、窓から入る光に反射して鈍いながらも本当にキラキラと光っていた。


 岡部さんのは桜色の折り紙。

 それをぼくにみせるように、教えてくれながら丁寧に折った。


 もともと知ってる普通の紙ヒコーキとは違う。

 イカヒコーキとも全然違う。

 三角よりも四角に近い、持つところが小さくて横に大きい紙ヒコーキ。


「できた」


 少し難しかったけど、丁寧に教えてくれたからなんとか折れた。

 それに折り方を覚える事も出来た。


「椎名くんも帰り道あっちでしょ? あの川の橋のとこから投げよ」

「うん」


 今度は素直にうなずく。

 女の子の口から名前を呼ばれると少しくすぐったい、けど。

 むずがゆい感触を残して、今のぼくは気持ちが高鳴っていた。


 これは、多分、余韻ってやつだ。

 めずらしく男子も女子も関係なく集まって話した。

 みんなで話すのが楽しかったから、それと世界一の紙ヒコーキが楽しみだから。


 そうしてぼくは岡部さんと一緒に下校することになった。


 下校の途中、橋に向かうまでの間。

 岡部さんはよくしゃべる人だった。

 そういえば、さっきの教室でもよくしゃべっていたような気がする。

 だから最後まで残ってしまったのかもしれない。


 そんな女の子にぼくはうなずくばかりだ。あいずちをうつ。


「空、あかくなってきたね。知ってる? 夕暮れどきって言うんだよ」


 岡部さんの言うとおりに、空はあかね色に近づいていた。

 夕日といっても差し支えのない色と時間。

 放課後にたくさんの話をしていたから。



 川のうえの橋に着いて、紙ヒコーキを準備する。


「こっちだとちょっと眩しいけど車が多くてあっちにいけないね」

「危ないね」


 今いる場所から投げると、夕日の方に向かっていってしまうけど、橋の反対側に行くには道路を渡らないといけない。

 それに今の時間は車がいっぱい通っているので、渡るのは危ない。


「いい?」

「ちょっとまって」


 ただいざ投げる段階になると、手に持った紙ヒコーキがくしゃくしゃになってしまっている事に気づく。

 持ってくる間に強く握ってしまったんだ。


 橋の手すりの上で丁寧に伸ばしたけどシワはどうにもならなかった。

 自分のいい加減さが嫌になる。


 ふと、盗み見た岡部さんの持った桜色の紙ヒコーキは綺麗だった。

 折り目以外に曲がったところはなく、シワもほとんどない。

 でも、ぼくの銀色の世界一も捨てたもんじゃないはずだ。


 だって、夕日が反射して綺麗だったから。

 


 いよいよをもって投げると、僕の銀色の紙ヒコーキはすぐに落ちてしまった。

 やっぱりしわしわだったのが悪かったのかも。

 実は期待していただけに悲しい。

 これじゃあただのポイ捨てだ。


 それに比べて、岡部さんの桜色の紙ヒコーキはすごくよく飛んだ。

 あっちにふらふら、こっちにふらふら危なっかしかったけど。


 でも、普通の紙ヒコーキとも、イカヒコーキとも違う。

 勢い任せではなく、風に乗ってふわふわと飛んだ。

 本当に飛んでるみたいだった。


 しばらく見ていると、急に風が吹いた。

 落ちる。と思った桜色の紙ヒコーキは風に乗って舞い上がった。

 上昇気流に乗るみたいにふわっと。


 すごい。本当に風に乗ってる。


 そうして紙ヒコーキは夕日に重なる。

 桜色は赤い光に溶け込むように混ざって消えた。


 ぼくは紙ヒコーキを目で追いかけていたから、夕日を直接見てしまった。


 眩しくて視線を横にそらす。

 すると岡部さんもちょうどこっちを向いて、目があった。

 岡部さんも夕日を見てしまったのかもしれない。

 目があった岡部さんは鈴みたいにからから笑った。


 ぼくはすぐ紙ヒコーキに視線を戻す。

 だけど、夕日に重なって見失ってしまった紙ヒコーキは10秒たっても、20秒たっても見つからなかった。


 川の方を見ても落ちてなかった。


「どっかいっちゃった」

「……うん」

「帰ろっか」

「……うん」


 結局、紙ヒコーキは見つからなくって、そのまま岡部さんとはバイバイした。

 甘酸っぱいには思い出にはほど遠いけど、忘れられない思い出が出来た。



 それから岡部さんとは少しだけ仲良くなった。

 友達ってわけじゃないけど、話はする。

 いつもしゃべるのは岡部さんで、ぼくは聞くばかりだけど。


 岡部さんと話をしているとあの紙ヒコーキを思い出す。

 どこまでも飛んでいった紙ヒコーキ。


 そんなことがあってからぼくは、いつか遠いところへ行きたい。

 なんとなく、そう考えることが増えた。

 そしてそれは悪い形で叶った。





「おっす、椎名。あれか? 今帰り?」


 中学校から帰る途中、友人のひとりに声を掛けられた。


「そんな感じ」

「そんな感じって、どんな感じだ」


 どんな感じと言われても。

 そんな感じはそんな感じだよ。

 帰る感じ。


「俺、家すぐあれだけどチャリの後ろに乗っけてやろうか?」


 どうやら送ってくれるらしい。

 気持ちは嬉しいんだけど、自転車の後ろに乗るのは怖いしどうしようかな。


「うーん……」

「椎名が唸るってことは嫌なんだな」


 そうなのかな。

 そうなのかも。 

 うん、そうかも。


 自転車は怖いから嫌だ。


「うーん。今日はやめとく」

「椎名は相変わらず、すぐ唸るな」

「うーん……そんなことはないと思うけど」

「唸ってるし」


 ほんとだ。

 ぼくが驚いた顔を見せると、友人がカエルみたいにケラケラ笑った。

 今の流れは面白かったのでぼくも笑う。


「椎名はあれだな。いつかあれだな」

「あれじゃわからないよ」

「ほらあれ。詐欺とか押し売りに負けそうだな」


 この年で詐欺かー。


「中学生で詐欺とか押し売り心配する人もなかなか居ないと思う」

「わかんないぞ。「セグウェイとかどうですか?」って言われたらあれだろ? 買うだろ?」

「なんでセグウェイ?」

「あれ楽そうじゃん。椎名向き」

「そんなお金ないから買えないよ」


 そう言われるとセグウェイはちょっと欲しいけど。

 でも、きっとセグウェイって100万位するだろうし、絶対買えない。

 お年玉を何年分も溜め込まないと買えない。

 10年以上かかるよ。


 それにセグウェイってなんか免許とか必要そう。


「じゃあ今日もあれか? バスか?」

「障害者手帳を使えばタダだからね」

「羨ましい、って言ったらまたあれだからやめておくわ」


 確かに。

 バスのタダ乗り程度で羨ましいって言われたらぼくも、「じゃあ交換してよ」って嫌なことを言ってしまいそうだ。

 そうすると相手も困ってしまうし、ぼくも嫌な気持ちになる。


 この友人は軽く接してくれるから多分大丈夫だけど。


「じゃあな松葉杖」

「じゃね」


 友人と別れると、ぼくはバス停に向かってひょこひょこと歩き出す。


 あれからぼくは事故で足に大きな怪我をした。

 片方の足はほとんど機能しなくなった。

 車椅子が必要なほどではない。

 しかし松葉杖を手放すことはできなかった。


 そういった経緯でこの町に引っ越してから3年が経った。

 いまでは、中学の2年生だ。


 あの町からは父さんの職場を挟んでだいたい反対側に位置するので、父さんの出勤時間はあまり変わらないけど遠いこの町。

 前の町からは電車で2時間以上もかかる。


 この町はバリアフリーに理解のある町で、多くはないけどぼくのような人がそれなりに居る。

 障害者手帳を使ってバスに乗るのはちょっと後ろめたいけど、親に迷惑をかけるよりはいい。

 それにそういう制度があるんだから使えるところは使っておこう。

 幸い、この町はそういうのに理解がある町だ。

 だからこの町に引っ越したんだけど。





「お友達来てるわよ」


 家に帰ると、ぼくの帰宅よりも先に誰かが来ていた。


「だれ?」

「部屋に待たせておいたから」

「だからだれ?」

「知らない子」


 友達? 誰だろ。

 玄関の靴をよく見てなかったから誰か全然わからない。


 というか、知らない人なら部屋にあげないで欲しい。


 とりあえず待ってるなら部屋にいかないと。

 ちょっと面倒だけど手すりを使って階段をのぼる。

 変な見栄を出さずに一階に自分の部屋を用意してもらえばよかった。


 来年か、高校生になったら部屋の場所、変えてもらおう。



「や」

「え?」


 扉を開けると女の人がいた。

 岡部さんだった。

 生の岡部さんがいた。

 あ、いや、ちがくて。

 生とか茹でとか、そうじゃなくて。

 ちがくて。


 え? なんで?


 ぼくは気が動転していた。

 ぼくの部屋に女の子がいるのがありえなくて。

 それも岡部さんなのがありえなくて。


 そもそもなんで岡部さんがいるの?

 なんでこの町にいるの?


 学校は? え? どうして?


 まとめるとぼくは気が動転していた。


「椎名くんて」

「は、はい」

「部屋、ばっちいね」

「ば、ばっちくはないと思いますが」


 ちょっと服とか散らかってるけど、ゴミが落ちてるわけじゃないし。

 それに汚れるわけじゃないからばっちくはないと思うのですが。


 少し居心地が悪くてぼくは床に散らばった服をどかす。



 岡部さんは前よりも女の人っぽくなっていた。

 髪が少し伸びたと思う。

 思い出の中の岡部さんと見比べても、やっぱり女の人だ。


「椎名くんってえっちな本とか持ってないの?」

「も、持ってません」

「男の子ってみんな持ってるって聞いたんだけど」

「そんなことはないと思います」

「たしかに椎名くんってそういうの持ってなさそう」


 いえ、すみません。本は無いけどデータはあります。パソコンのなかに。


 というか、なんだろ。この距離感。

 岡部さんとは少しだけ仲よくなったけど友達になったわけじゃないし。

 なんだかこの距離感に付いていけない。


 どうしちゃったの? 岡部さん。


「椎名くん、帰ってくるの遅かったからうずうずしちゃった」

「うずうずって何がですか?」

「知りたい?」

「あ、いえ……」


 あ、失敗した。

 そんな気がした。


「あ、あの。そういえば、なんで岡部さんが?」

「ん? うん。椎名くんが黙って引っ越しちゃうから、ムって思ってね」


 変な流れになりそうだったから、話題を変えたら岡部さんに怒られた。

 どっちみちぼくは失敗していたのだ。


「それはちょっと、人に言えない事情でして」

「怪我したのは噂で知ったんだけど、じゃあ黙って居なくなっちゃうのはなんでだろうってなってね」


 事故の日。ぼくは怪我をした。

 別になんの変哲もない事故だ。

 一台の車が運転をミスして縁石に乗り上げつつ僕にぶつかった。

 その時ぼくの足がちょっと下敷きになってしまった。


 ただ、それが友達のお父さんの車だったってだけ。

 何も言わなかったのは、事情を説明するとどっかから知られてしまいそうだったから。

 友達が非難されそうだったから。


「でも、言えないならしょうがないね」

「うん。そうしてくれると嬉しい」


 ぐいぐい来られたらきっと喋っちゃうから。


「気になるけどね」

「ですよね」


 ぼくの中での岡部さんのイメージが崩れてく。

 前から明るい人だったけど、ちょっと変な人になったみたい。

 別に、崩れるほど知ってるわけじゃないんだけど。



 それから少しだけ話をした。

 主にぼくと岡部さんの話。

 雑談とはちょっと違う、報告のようなもの。

 どうやら岡部さんは前に住んでいたぼくの家の近所の人に聞いて、そのあと小学校の先生とかに聞いたらしい。

 そうでもしないと守秘義務とかなんとかで聞き出せなかったらしい。


 それと、言葉の端々から岡部さんはぼくをずっと友達だと思ってくれていたらしいことが伝わってきた。

 でも、ぼくは岡部さんを友達とまでは思っていなかった。

 さっきも距離感が、とか失礼なことを考えたし。

 それが後ろめたくなってつい謝る。

 違う、ちゃんと謝る。


「椎名くんがそう思ってたなんて、ちょっとショック」

「ごめんなさい」


 素直に謝ると岡部さんがふくろうみたいにくすくす笑った。

 なんだか前より言動が子供っぽくなったのに、笑い方が少し大人っぽくなっていてぼくはどきっとした。


 ひとしきり笑ったあと、岡部さんは静かに立ち上がる。


「じゃあ帰るね」

「もう?」


 まだ一時間程度しか話をしていない。

 引き止めはしないけど、せっかくここまで来たのに。

 もしかして友達じゃないと思っていたのをすごく怒ってるのかもしれない。


「別にそういうのじゃないよ。明日も学校あるし」

「そういえばなんで今日だったの? 休みの日じゃないのに」

「だっておやすみの日だと、椎名くんお出かけしちゃうかもだし」


 なるほど。


「階段、大変そうだから見送りはいいからね」

「うん」

「じゃあね」


 そう言って岡部さんは帰っていった。

 家を出る前に少しだけ母さんと何かを話していたようだ。


 ふと、ぼくはルーズリーフを取り出し、それを切って正方形をつくった。

 紙ヒコーキを折るために。


 岡部さんと会って、ぼくは久しぶりにあの紙ヒコーキのことを思い出した。

 折り方はまだ覚えてる。

 世界一の折り方。

 銀色と桜色の紙ヒコーキ。

 ぼくと岡部さんの夕日。


 紙ヒコーキが折り終わり、窓の外を見ると岡部さんがいた。

 道路の向こう。

 駅に向かう道。

 もう陽は高くないけど、夕日にはまだ少し遠い。


 ぼくは岡部さんに向かって紙ヒコーキを投げる。

 別に何かが書かれているわけじゃない。手紙でもなんでもない。

 ただ、なんとなく。

 そう、なんとなく。思い出したから。


 そうして窓から投げた紙ヒコーキは、ゆらゆらと家の敷地を越えて、道路を越えて。

 そして落ちた。

 やっぱりぼくのつくった紙ヒコーキはあまり飛ばなかった。

 ルーズリーフを切ってつくったからダメだったのかな。


 岡部さんは一度振り返り、俺と目が合った。

 紙ヒコーキには気付かなかったようだ。


 それから、ぼくに向かって小さく手を振った。

 ばいばい。


 いうまでもなく岡部さんは中学生だ。

 サボったみたいだったけど、話によれば今日だって学校があったらしい。


 ここは前住んでいた場所からすると中学生にはすごく遠いと思う。

 足を怪我したぼくからしたらさらに届かない場所に感じる。

 なのにぼくに会いに来てくれた。


 たったそれだけだったとしても、ぼくは勇気をもらった気がした。

 なんとなく岡部さんの連絡先が登録された携帯電話を握りしめる。


 今度は、ぼくから会いに行こう。

 岡部さんを驚かせてあげるんだ。





紙ヒコーキのポイ捨てはいけません。



ちょっとした習作のつもりのお話。

キャラクターに個性を用意するのは当然として、

”セリフに個性を乗せるべき”とのことなのでそれを少し意識してみました。

後半はやっぱりセリフに用意した個性が乗ってない感じになってしまいました。

意外と難しいかも。


椎名。押しに弱くて流されやすい性格。

岡部。教えたがり。勝手に話を進める。

友人。あれの人。あえて気遣わないフリをする気遣いさん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ