小雨の日の自動人形(短編)
雨の降る日、一人の自動人形が店番をしていました。
「やあイルダ」
カランカランとベルが鳴り、イルダがドアの方へと顔を向けると、トレンチコートにボギーハットの男が立っていた。
傘も持たないその様子から、イルダは外の雨が思ったより小雨だったことを知る。
「いらっしゃいませ」
その見慣れた男にイルダは会釈をした。
「今日は、店主は居ないのかい?」
店内は商品が日に焼けるのを嫌がって、遮光をしている。
今日は雨だが、晴れた日にも木製窓は閉ざされていて少しだけ薄暗い。
そしてその店内に、普段なら居るはずの店主の姿はない。
「はい、本日は隣町まで買い出しに行くとおっしゃっておられました」
イルダは店内の掃除をやめ、カウンターへと戻る。
踵を返す際に、ジャガード織のエプロンがふわりと舞った。
「あらら、じゃあ頼んでおいた物はわからないかな?」
男は軽くおどけたような、困ったような顔をした。
男が注文をしたのは店主にだ。
もしかしたらイルダが知らないという場合もある。
「大丈夫です。伺っております」
イルダは店主から商品のことを聞いていた。
もちろん客の事も知っている。
「では頼めるかな」
「はい、かしこまりました」
そう言うと、イルダは店の奥へと引っ込んだ。
ここは『エストレリータ』。
小さな星を意味する魔法具店。
町のはずれの小さな丘にあるこの店は、機械式の魔法具を専門とした店だ。
すぐ裏には住居を構えており、渡り廊下で繋がっている。
今でこそイルダと店主の二人で切り盛りをしているが、イルダは少し前まで家事のみに専念していた。
エプロンはその名残と言えるだろう。
「こちらでよろしいですか?」
イルダはすぐに戻ってきた。
商品をふたつ抱えて。
ひとつは『反響音叉』。
叩くと、音が反響してコウモリのように物の位置と形がわかる魔法具。
少しの訓練は必要だが、慣れると色や壁の厚さまでわかるようになる優れもの。
ひとつは『位置記録式方位磁石』。
位置を指定すると、ブレることなくその方向を示し続ける魔法具。
三箇所まで指定することができ、その使い方は様々だ。
どちらも地下で役に立つものだが――。
しかし、イルダにはそれの用途までは関心がなかった。
「ああ、ありがとう」
男は代金を支払うと商品を受け取った。
袋に入っている為、濡れる心配はないのだが、それでも濡れないようにと抱えるように持った。
「それにしても雨にも困ったものだね」
男は、荷物を軽くなでるようにして言う。
「そうですね」
イルダが頷く。
イルダ自身は外に出るわけでもないので困らないが、他の人にとっては困ったものだと理解していた。
「雨の中、隣町まで買い物とは店主も大変だろうに」
「いいえ。屋根付きの三輪駆動で出かけたのでそちらは大丈夫かと思われます」
もちろん大雨で風も強ければ別だが、小雨なら大変ということは無いと思われる。
三輪の駆動なのでぬかるみで転んだりすることもないだろう。
それに店主も慎重な性格をしているので、危ない事はしないはずだ。
「そうなのかい?」
「はい」
よってイルダは心配ないといった様子で頷いた。
「そうか、では私もこれで失礼させてもらうよ。荷物もあるし、雨が強くなりでもしたら困るからね」
雨が嫌なら別に今日に限って受け取りに来る必要もないのだが。
今日必要になったか、もしくは今日以外に都合の良い日がなかったか。
仮にどのような理由でも、無事に受け取り、無事に持って帰れるのだから関係はないか。
「はい、またのご来店を」
カランカランと、音を鳴らし男が外に出る。
その退店の様子を見届けたのち、イルダは掃除を再開した。
◇
「ただいま」
「おかえりなさいませ。荷物をこちらへ」
店主が帰宅するとイルダは作業の手を止め、店主の元へ寄る。
「ああ、ありがとう」
店主は荷物を渡すと、慣れた様子で言い淀むことなく礼を伝える。
それに対してイルダは軽くお辞儀をした。
「今日はどうだった?」
ここで言うどうだった。とは、もちろん店番のことだ。
「本日は自動人形が三名のみでした」
思ったよりも多かった客に店主は驚いた。
「第四世代?」
「はい、第三世代と第四世代でした」
およそ三十年ほど前に誕生し、その世代を重ねるごとにまるで人そのものだと言われ続けた自動人形も、今では四世代目になる。
このまま行くと人と見分けが付かなくなる日も遠くないだろう。
「最近のは雨の中でも出歩けるからすごいよね」
防水処理のされた第四世代、もしくは別途撥水加工をしたものでないと自動人形は水に弱いので、雨の中を出歩くようなことはしない。
イルダは第二世代なので雨の中を出歩く場合、撥水加工が必要となる。
「ええ。ですが、このままでも不都合はありませんので」
イルダのそれは強がりではない様子だ。
元々出歩くことの少ないイルダには、雨であろうと晴れであろうと大差はないのかもしれない。
それに、雨の情緒というものがイルダにはわからない。
「そっか。じゃあ、お店の方を閉めようか」
もう客も来ないだろうと店主は閉店を提案した。
ほんの少しの間を置いてイルダは恭しく答える。
「イエス、マイアドミニストレータ」
普段の口調からは明らかに外れた言葉。
第一世代を意識させる硬い言葉。
「そこはマスターって言って欲しいかな。店主でもあるんだし」
店主は少しだけ照れくさそうに頬をかく。
自分をマスターと呼ばせることに期待と気恥ずかしさがあるのだ。
そして、それは二人にとって幾度と行われたやり取り。
その言葉を聞いてイルダは柔らかく微笑んだ。
「イエス、マイマスター」
ここは『エストレリータ』。
小さな星を意味する二人の魔法具店。
雰囲気重視で書きました。
自動人形は人ではないですが、一体二体と数えると一人と一体という形になってしっくり来なかったので一人二人と数えることにしました。




