匂いにつられて(短編)
一番最初に書いた短編。
2014/11/30
この世界は楽しい。
5年前の2025年のある日、五芒星エレクトロニクスという少し変な名前の会社が新しい技術を発表した。
その技術は聴覚から嗅覚を刺激し音で匂いを感じるという技術だった。
五芒星エレクトロニクスの五芒星は五体や五感を表しており『人と機械の架橋を』を社訓にしている企業で、その企業が発表した新しい技術は世界を盛り上げた。
その発表から2年後、その技術は名前をSSシステム(Sound、Smell)と呼ぶようになり実用化普及され、音楽業界はアイドルの匂いがするCDというちょっと変なものや、草原や海の匂いがするクラシックなどで売上を伸ばした。
しかし、そのシステムは11.2ch以上の専用のサラウンド再生機でなくてはならなく、さらに密閉型のヘッドホン、もしくは挿入型のイヤホンを必要とした。
そしてそのどれもが値段で10万円以上するのが当たり前であったが、それでも売れに売れた。
CDショップにはサンプルが置かれ、飲食店の隣にCDショップが立つという光景も珍しくなくなった。
そのシステムの恩恵を受けたのは音楽業界だけでなくゲーム業界もだった。
ファンタジーもののジャンルにはほぼ全てにモンスターを狩り、調理し、そしてそれを食べる事が出来るという機能がついた。
自分で狩ったモンスターの肉をその場で焼いた時に漂う、香ばしい匂いの没入感はゲーム業界を盛り上げるのに一役買ったのだ。
それから3年後、高校生になった太一は決意していた。何度親にねだっても断られ続けたSS再生機を、没入感を上げる為のHMDを買う為にバイトをしようと。
狙いはその年の11月に発売する初のSSシステムを採用したMMO『グラスワールドオンライン』。草原の匂いがする世界をみんなで駆け回ろうがコンセプトの一人称視点型MMORPGが発売するまでに出来るだけグレードの高い機器を買うこと。
太一は本気だった。初めて長期に渡る本気を出した。
シフトを自由に決めれるアルバイトを探し出し、バイト先に休めと言われない限りほぼ毎日午後4時半から10時半までのシフトを入れ、土日も朝から出来るだけ長くバイトを入れた。
家に帰るとクタクタで倒れるように眠りにつくため勉強は学校でした。中学の時には注意力が散慢だと言われ授業中にノートに絵を書いて時間を潰すような生徒だったが、高校に入ってからは家での時間を確保する為にかじりついて勉強した。
そして11月になる頃には60万円という大金が太一の手の中にあった。家族も太一自身も太一がここまで頑張れる人間だとは思っていなかった。
その甲斐もあり60万円もの大金をゲームに使う太一を家族は怒る事ができなかった。それどころかゲームをするのに必要な少し性能の良いパソコンを用意してくれた。
手に入れたゲーム一式に太一は眩暈がした。30万のSS再生機と10万のヘッドホン、さらに10万のHMDにその他のゲーミングキーボードやゲーミングマウス、それにボイスチャット用のマイク。手元には5万円も残らなかった。
それでも太一は満足していた。
いざ始めたグラスワールドは現実からとうとうゲームの世界に入れた気がした。風の音が、人のざわめきが、葉の擦れる音が。そして緑と埃の匂いが現実の衣を脱ぎ去ったのだ。
映像技術も太一がCGという言葉を覚える頃には透過テクスチャの重ね張りや毛髪立体テクスチャのおかげでCGと実物の見分けがつく人間はほとんど居なくなっていた。
太一はハマった。ここが自分の居場所だと錯覚した。親に怒られないように学校での勉強は続け、学校以外の時間を全てゲームに注ぎ込んだ。
結果怒られた。
毎日午前0時過ぎまでしていたゲームは制限させられ午後10時には終わりにするように厳命され、バイトも再開させられた。なんとか土日抜きの平日週3日にすることはできたが。
ゲームを続けること1年、ゲーム内での友人は3D酔いや飽きにより何人も止めたが太一は飽きもせずに続けていた。
止める理由など見つからなかった。対人要素があったのも大きかったかもしれないが目の前に現れる大きなモンスターはアップデートにより新鮮さを失わず、迫力は増し仲間との共闘はこの為に生まれてきたと錯覚させるほどのスリルと満足感に包まれていた。
太一は今日も、いや今日はソロで狩りを楽しんでいた。自分のキャラは魔術師でソロでの狩りはあまり向かないのだが剣や拳、弓などの攻撃でエフェクトが出るのがどうしても許せなかったのだ。
その点魔法なら何も問題はなく、違和感を覚えることなくゲームに没入出来た。
太一はソロでの狩りも一段落し、モンスターの肉を焼いている時にそれは起こった。突如、自分のアーマーにダメージを受けたのだ。
プレイヤーキル。モンスターなどのNPCではなくプレイヤーによる攻撃だと判断した太一は、咄嗟に対人用のスキルスロットに切り替えターゲットを外しつつ後方30mにジャンプするスキル、その際移動阻害系のバッドステータスを全て解除するタイムスペースバックジャンプで逃げる。
(音もなかったことからハイド持ちの忍者か弓職の狩人だ。多分魔術師からじゃ相性の悪い弓だろうな。それでいてハイドからの奇襲一発でこのダメージ、かなりの上級者と見た)
ハイドスキルは自分の姿を他人から見えなくすることが出来る代わりに解除から5秒間は攻撃力が30%ダウンする。
それでも一方的に先手の取れるこのスキルは対人戦で絶大の効果を発揮する。
タイムスペースバックジャンプが成功し相手を見るとやはり弓職だ。と、太一は気を引き締めさらにスキルスロットを切り替え上位状態異常を使わない敵用スロットに変える。
相手の外見から装備を判断する事はこのゲームでは出来ない。アバター機能があり外見を変更することができるためだ。
しかし先ほども述べたようにハイドからのあの一撃の重さは上級者と見て間違いない。タイムスペースバックジャンプでのタゲ切りからの振り返りの速度から見ても対人慣れしている。
太一は相性の悪い弓職でさらに上級者から襲撃のスリルにテンションが上がる。
素早くリジェネタイプのポーションを飲む。アーマーがまだ剥がれてないのでノーダメージの状態だがこれから30秒間は少しずつ回復するため多少のダメージを軽減出来る。クールタイムも45秒のため使い終わってから15秒稼げばまたポーションが飲める。
敵はアーマー貫通のスパイラルアローを使ってこなかったから、こちらの物理攻撃二回回避スキルのエアカーテンに合わせてくるはずだ。そう判断する。
鈍足のスネアアローも、2秒間完全行動不能のスタンアローも、食らうと詠唱をキャンセルされさらに40秒間そのキャンセルされたスキルを使えなくするサイレンスアローも残っている。
鈍足のスネアアローは完全に捨ててポイズンアローが来たら状態異常回復のポーションを使おう。戦闘が長引けばクールタイムが終わり再び使える。
頭の中ではそんな考えが高速でぐるぐる回る間も太一と襲撃者は付加効果の無い攻撃で打ち合っていた。
魔法職のみが使えるアーマーは状態異常を防げるため襲撃者にしてみれば必然ではあるが。ただしそのアーマーは効果が切れてから10分経たないと次に使えないのでこの戦闘が終わるまでは使えないと考えていい。
太一が状態異常付加を使わなかったのは相手を一気に落とすために残しておきたかったからだ。
太一のアーマーがはがれた時、襲撃者は2割程しかダメージを受けていなかった。
(レベルカンストだとしてこちらがHP4000であちらがHP6000程度・・・いけるか?)
先手を取られたのも痛かったが予想以上に襲撃者がうまかったのもの問題だ。
アーマーがはがれた瞬間相手はスネアアロー、バインドアロー、ポイズンアローの順番で素早く攻撃してきた。
しまったと思うが例え分かっていてもどうすることもできなかったであろうスキルツリー。鈍足、停止、毒の順番で撃たれた為たとえ中級や上級の状態異常回復ポーションを使っても回復するのは前の二つまでになる。つまり毒は回復出来ない。
さらに今の間に800のダメージを受けたのでリジェネ分を合わせて残りHP3500。
こちらが1200以下になるまでに襲撃者に残り2500までダメージを与えればチャンスはある。
そこからもダメージの応酬は続く。
ツインアロー。フレイムウィップ。ピアッシングスナイプ。アイスニードルからのエアカーテン。を追うようにイーグルアローが飛んできたがエアカーテンに吸い込まれる。
(よし!イーグルを消せた。かなりのアドバンテージだ。上級スキルを消せたのは旨い)
気を良くした太一は追い打ちを掛けるようにしかし丁寧にスキルを打ち込んでいく。太一は棒立ちで固定砲台に徹するが襲撃者は間合いの境界線を出たり入ったりしながらスキルを重ねていく。そして襲撃者は焦らずスパイラルアローでエアカーテンを消しつつダメージを追加する。
サンダーボール。アローレイン。ウィンドカッター。ラプターアロー。フォーカスエクスプロージョンの詠唱を始めた瞬間襲撃者のスタンアローが突き刺さる。
(やられた。1秒詠唱だからなんとかなると思ったがけどさっきのアドバンテージがチャラになった)
1秒と2秒の詠唱スキルの間には大きな差がある。
それは2秒詠唱はほぼ確実に妨害出来るが1秒詠唱のスキルの妨害をするのはとても難しい。別のスキルを選ぼうとしていた場合ではまず間違いなく間に合わず。妨害に気を張っていると他が厳かになりミスが出やすくなるからだ。
しかし襲撃者はそれを成功させていた。
ダメージが積み重なりタイムスペースバックジャンプのクールタイムが回復した頃にはこちらのHPは1000を切っていた。そしてそれを追うように襲撃者のHPが2500を下回った。
先の計算だと負けるが諦めずに最後まで戦う。
そこからはタイムスペースバックジャンプで移動阻害を解除しポーションをのみ毒を治し、スロウエリアで相手の足止めをし、ブラインドで目くらましを入れ、さらにストップで移動不可を付与したところで運良く。
いや、必然ではあったのかも知れないがタイミング良くポーションのクールタイムが解除され速攻タイプの上級ポーションを飲むとHPが1400まで回復する。
そしてここからが本当の駆け引き。詠唱が4秒という馬鹿げた長さだが威力も全スキル中最強のクリムゾンヘルフレアの詠唱を始める。と見せかけて詠唱をキャンセルし、無詠唱の攻撃スキルを使う。
そこで待っていたかのように飛び込んでくるサイレンスアロー。
なんとか賭けに買った太一は相手の攻撃を無防備に受けながらクリムゾンヘルフレアを使う。
ここでダメージを受けながらも詠唱を完成させるためにHPを1200ラインで保っておきたかった。
勝ちを確信した瞬間、太一はふっと鉄の匂いを嗅ぐ。
新敵か?っと振り向いた先には近くで狩りを始めた馬鹿が居た。
そして気づいた時にはもう遅かった。視線切り。ターゲットが視界の外に出た場合、ターゲットが外れる。
そんな当たり前のことが一瞬頭から消えていた太一は詠唱がキャンセルされたクリムゾンヘルフレアのスキルアイコンを見て変な笑いが漏れた。
当然慈悲などなく太一のキャラは襲撃者に殺されリスポーンポイントに飛ばされた所でログアウトした。
ふーっとHMDを外した所で微かに部屋まで夕食の匂いが届いていることに気づいた。
あっと思い時計を確認した太一は7時半という時間に「やってしまった」と落ち込む。
太一の家庭では夕食は7時と決まっており、おそらくは呼ばれたのにゲームに夢中で気づかなかったという事実が太一を襲う。
マウスをパソコンから引き抜くと、一日だけ親に預けることに決めた。自ら反省を形にすることで恩情をもらおうと思ったのだ。
この世界は楽しい。草原を走り抜け、鉄と草と海と人とさまざまな匂いを感じモンスターや人とも戦いを繰り広げる。
ゲームでありながらゲームであることを忘れられる、そんな素晴らしい技術を開発してくれた誰かに太一はそっと感謝した。
そして、太一は食堂へ向かう。謝る言葉をどうしようか考えながら。




