小雨の日の自動人形(修正2)
イルダに喋らせない方がいいのでは?
と思いちょっと書き直してみました。
それに加えてちょっと設定的なものも変更。
個人的にはよくなったと思います。
雨の日。窓の無い部屋に佇むイルダ。
屋根を打つ雨の音はない。しかし屋根から滴る雫の音は聞こえてくる。
そのことから今日の雨が小雨であることはわかっていた。
さらさらと音がする。
「やあイルダ」
カランカランとベルが鳴り、イルダがドアの方へと顔を向ける。
そこにはトレンチコートにボギーハットの男が立っていた。
色が変わる程度に濡れた肩と帽子。
背筋のよさが目に留まる紳士のような出で立ち。
見知った男だ。
傘を差した様子はなく、それでいてほとんど濡れていない様子から、やはり外の雨は囁かであった事を察する。
その見知った男にイルダは会釈をした。
「雨に降られてしまったよ」
男はどこか照れくさそうに笑う。
だが照れくさそうに笑う理由がイルダにはわからない。
傘を忘れてしまい、その失敗に照れているのだろうか。
イルダにはそうした機微がよくわからない。
古い自動人形だからなのだろうか。
それとも人との関わりが薄く、経験が足りないからだろうか。
「今日は店主は居ないのかい?」
この男がこのお店に今日、来たということはお客様だ。
だがいま店主は居ない。今日は隣町へと買い物へ出かけている。
だからここに居るのはイルダ一人になる。
イルダは店内の掃除をやめ、カウンターへと戻る。
踵を返す際に、丈の長いスカートとジャガード織のエプロンが微かに舞った。
丈の長いスカートは関節を隠すのに役立つ。
それを恥じる気持ちはわからないが、人形然とした隙間のあるこの関節を隠せるのは有難い。
ホコリなどがつまりにくく、メンテナンスの頻度も下がる。
手首などに使っている薄いゴムのような人口皮膚を巻くと少し動かしにくい。
「あらら、じゃあ頼んでおいた物はわからないかな?」
男は軽くおどけたような、困ったような顔をする。
男が注文をしたのは店主になので、もしかしたらイルダが知らないかもしれないと思っているようだ。
しかしイルダは店主から商品のことを聞いていたので問題はない。
もちろん客の事も知っている。
なのでこの客が何の商品を受け取りに来たのかもわかる。
それにしてもころころと表情の変わる男だ。
紳士らしい外見とはどこかズレを感じる。
「なら頼めるかな」
男の言葉に返事をすると、商品を取りにイルダは店の奥へと引っ込んだ。
ここは『エストレリータ』。
小さな星を意味する魔法具店。
町の外れには星見の丘という丘がある。
人口3000人程度の小さな町ではあるが、その中でもこの丘には建物がほとんどなく、従って夜の灯りも”ほとんど”なく星がよく見える。
そんな小さな丘に建っている一軒の魔法具店がこの店だ。
主に機械式の魔法具を扱っている。
すぐ裏には住居を構えており、渡り廊下で繋がっている。
住居の一部は工房になっており、店内にある商品のほとんどはここで作られる。
おおよそ注文されてから作られる為、店内に陳列されているものはあまり多くない。
今でこそイルダと店主の二人で切り盛りをしているが、イルダは少し前まで家事のみに専念していた。
エプロンはその名残と言えるだろう。
イルダはすぐに戻ってきた。
商品をふたつ抱えて。
ひとつは『反響音叉』。
叩くと、音が反響してコウモリのように物の位置と形がわかる魔法具。
少しの訓練は必要だが、慣れると色や壁の厚さまでわかるようになる優れもの。
ひとつは『位置記録式方位磁石』。
位置を指定すると、ブレることなくその方向を示し続ける魔法具。
三箇所まで指定することができ、その使い方は様々だ。
どちらも地下で役に立つものだが――
しかしイルダにはそれらの用途までの関心はなかった。
「ああ、ありがとう。それにしても雨にも困ったものだね」
男は代金を支払い商品を受け取ると、また雨へと話を戻す。
袋に入っているので濡れる心配はないのだが、それでも濡れないようにと抱えるように持つ男を見てイルダは頷いた。
イルダ自身は外に出ないので困らないが、他の人にとっては困ったものだとわかっている。
「雨の中、隣町までの買い物とは店主も大変だろうに」
もちろん大雨で風も強ければ別だが、小雨なら大変ということは無いと思われる。
屋根の付いた三輪の駆動での買い出しだ。
なのでぬかるみで転んだりすることもないだろう。
それに店主も慎重な性格をしているので、危ない事はしないはずだ。
それらの理由から、イルダは心配ないといった様子で頷いた。
「では私もこれで失礼させてもらうよ。荷物もあるし、雨が強くなりでもしたら困るからね」
雨が嫌なら別に今日に限って受け取りに来る必要もないのだが。
明日に必要になったのか。もしくは今日以外に都合の良い日がなかったか。
仮にどのような理由でも、無事に持って帰れるのだから関係はないか。
カランカランと、音を鳴らし男が外に出る。
その退店の様子を見届けたのち、イルダは掃除を再開した。
丈の長いスカートとジャガード織のエプロンを翻す。
◇
「ただいま」
夜も近い時間になると店主が帰宅した。
買い物から戻ったのだ。両手で荷物を抱えている。
イルダは作業の手を止め、店主の元へ寄り荷物を受け取る。
するといつものように礼を言われ、いつものように返事をする。
当たり前のやり取り。
「今日はどうだった?」
どうだった、とはあらためて問うまでもなくもちろん店番のこと。
今日は3人の客が来た。
最初に来たトレンチコートにボギーハットの男。それから二人。
「3客も来たのは驚いたし、全員自動人形とは驚いた」
思ったよりも多かった客に店主は驚いた。
それにそれらが自動人形であったことにも驚いた。
今日は小雨ながらも雨だったので、一人の客も来ないと考慮していたからだ。
「ってことは第四世代か。最近のは雨の中でも出歩けるからすごいよね」
およそ三十年ほど前に誕生した自動人形も、今では四世代目になる。
その世代を重ねるごとにまるで人そのものだと言われ続け、このまま行くと人と見分けが付かなくなる日も遠くないだろう。
現行の第四世代ですら、少し離れると人と見分けが付かないこともある位だ。
そして雨の中を歩けるのは防水処理のされた第四世代のみとなる。
もしくは別途撥水加工を処理した第二世代と第三世代。
第一世代は撥水加工処理が出来ない為、雨の日は外を歩けない。
イルダは第二世代なので雨の日に外出する場合、撥水加工が必要だ。
しかし元々出歩くことの少ないイルダには、雨であろうと晴れであろうと大差はない。
「そっか。じゃあ、お店の方を閉めようか」
時計を見れば、まだ日も暮れる前の時間。
しかしもう客も来ないだろう、とのことで店主は閉店を提案した。
つまりこの閉店作業が終わればイルダにとっては家事の時間になる。
それならイルダはこう答えよう。
――イエス、マイアドミニストレータ。
だが店主はどうにもマスターと呼ばれたいらしい。
イルダがこう言うと、店主はマスターと呼んで欲しいなと照れながらに返す。
巷では自動人形にマスターと呼ばせるのが普通で、店主自体もマスターと呼ばれるのが一般的なようだ。
そしてそれは二人にとって幾度と行われたやり取り。
そのやり取りを予測してイルダは薄く微笑んだ。
「イエス、マイアドミニストレータ」
ここは『エストレリータ』。
小さな星を意味する二人の魔法具店。




