即刻退避なのです。
だんだんファンタジーに近づいてきました。
間近で見ると、課長の姿は雑誌に載ってるモデルさんのようだった。首にはネクタイでなくストールが巻かれ、スーツでなく長袖のロング丈のワンピース。ローヒールのパンプスを履いて大きな紙袋を持っていた。これ、話さなければ女性にしか思われないんじゃ?違和感がない。普段の課長は全然女性っぽいところなんかないのに。
「あ、ああ、この格好か、ちょっと理由があってな・・」
課長!しゃべらないでください。しゃべらなければ違和感がないんですから。さっきまで普通に歩いていた通行人たちがこちらを怪訝な目で見ている。う、あっちの女性たちはひそひそとこっちを指さして話をしてる。
大変だ。課長の女装がばれてしまう。いくらモテ放題の課長といえど、女装の噂が広まったら人気が落ちるし、仕事にも影響が出ちゃうんじゃないだろうか。この辺りは会社も近いし、住んでる人も多いだろう。取引先の人だってどこにいるかわからない。
「課長、ちょっとこっちへ。ついて来てください。」
まだ何かしゃべっている課長の手を取って、薄暗い細い路地に入る。どこか誰の目もないところで話をした方がいい。うん、うちに行こう。
「田中君?こんな暗い方に男を連れていくのは・・」
申し訳ないけれど、課長の話はとりあえず無視をさせていただく。時は一刻を争うのだ。
路地は行き止まりになっていて、工事中の立札と家とかを建ててるんだろうと予測される白い大きな仕切りがあった。その工事現場に入るための『関係者以外立ち入り禁止』と書かれてるドアに手をかける。
「課長、ちょっと中は暗いんですが、私に続いて中に入ったらすぐドアを閉めてもらえませんか?」
「いや、だから暗いところに男を連れていくんじゃない。」
「お話は後で聞きます。とりあえず、入りますよ。」
有無を言わさずドアを開けて中に入ると、課長も続いて入ってきてくれた。ちゃんとドアも閉めてくれてる。よし、これで家に入れる。
「ちょっと眩しいと思うので、いったん目を閉じてた方がいいかもしれません。開けますよ。」
暗い中、ドアノブっぽいものを掴みながら課長に話しかけ、勢いよく上にあげるとガラガラとシャッターが開くような音がして、うちの裏庭に出た。
「課長、ここ、私の家なんですが、内密な話をするいい場所があるんです。そこでお話ししましょう。」
色々とオカシイ道のりだったが、とりあえず課長はそこに突っ込まず頷いてくれた。