第一章 第七話 はじまりの宿屋
「英雄殿がこの村に戻ってこられたのは里帰りというよりも相談役に話があったからというものでした。しかし、英雄殿はその・・・各地の支配階級に対して反抗的なレジスタンス組織のリーダー格として見られていたため、貴族達からは賞金をかけられておりましてどこに危険があるかわからない為、船をつかってこの山の北側から山越えのルートでこの村に至るという離れ技をやってのけました」
氷竜の縄張りを越えたのですか?
「そういうことになるんでしょうなぁ、地元の者なら絶対にやりませんな・・・」
それでどうなさったのですか?
「うーむそれが不思議なことに、その時はとくになにかしたというわけではなく、我々村の管理側にはとくに挨拶もなく相談役を連れてどこかへ行ってしまわれました」
謎な行動ですね。それからはもう来られてないのですか?
「それからしばらくしてファーマ神殿の神官どのとドワーフ族の戦士が派遣されて南の村の建設に尽力されたおかげで難民と地元民の住み分けができてからはそちらの方に家を建てられたそうですな」
なるほど、それで南の村では尊敬されているのに、ダイクス村ではそれほどでもないのですね。
「この村がなにか恩恵を受けたわけではないですからな、元々余所者として冷遇していたところに村の働き手まで奪って出ていき、難民支援をしていた我々を差し置いて英雄などと・・・ちと言いすぎましたな、彼には彼なりの努力や運もあったでしょうからな、ただ、すべてを見ていない我々にとっては彼が英雄などと祭り上げられても、いささか実感がないというのが正直なところでしょう」
お話ありがとうございます。失礼します。
聞ける話は全て聞いたようだ。村長の家を出て、宿屋に向かうことにする。
「お客さん行商人の護衛だって?ああ、もうクビになったのか、ん?違う?そっか、そりゃ悪いこと言っちまったなハッハッハ、でついでに言うと文無しのあんたに泊める部屋はねぇよ。ん?金はある?ハッハッハそりゃまた悪いこと言っちまったな、まぁ余所者に泊める部屋がないのは事実だがな」
面倒なので北はずれの廃屋を使わせてもらえるように村長から許可を得たことを話す。
「なんだ、それなら俺のところに用なんかねぇじゃねえか、商売の邪魔だからさっさと帰ってくれよ」
英雄の話が聞きたい。
「村長から聞いたんだろ、それが全部だよ今更、余所者に話したところでどうなるもんでも・・・」
財布袋からは何の反応もないため金ではないようだ。それならと道具袋へ手を突っ込む。
「な、なんだいきなり・・・お、おお!そりゃあ『銀関松』じゃねぇか・・・しかも完本だと・・・」
よく知ってるな
「そりゃあ、見た目は最果ての村の宿屋の主人だが、俺だって愛書家の端くれだ、大陸の四大奇書は全て網羅してるさ、『三国英雄物語』『木香伝』『東方漫遊記』に比べれば確かに知名度は低いかもしれんがまごうことなき最高傑作といえる!」
欲しいか?
「くぉぉぉぉ、わからん、ありえん、真書なのか、新書なのか?そもそもあの時代の出版物が現存できるはずが、しかしこの立ち昇る存在感、俺の感性がこれは本物だと言っている!」
そうか、それはよかったな・・・話してくれるか?
「英雄の話か・・・俺も親父や祖父から聞いた話に過ぎんが、真実なのか虚実なのかははっきりしないが、俺たちの一族は話を盛るのが好きだったからな。いろいろあるが・・・一番古い話はやはりこの村に落ち延びてきた理由ってところだろうな」
それはどういうものだ?
「ラインフォール王国は規律と正義の国だ、だから法律違反や不義、不正を行うとたちまち処罰の対象になるし、悪くすれば追放されることもある。英雄の父親もまたラインフォール王国の騎士であり、それを守る側の人間だったからな。そこらへんで失敗したんだろう」
父親が騎士であったと言うのは本当なのか?
「そりゃあ間違いないね、父親の形見の鎧一式とロングソードをいつも着ていたらしい。その胸には紋章を削り取った痕が残っていたらしい、それを親父たちはいつもからかっていたらしいぜ」
不名誉印というやつか
「元騎士だった者は違反や不正を行うと不名誉印をつけられて国外追放っていうのが常識だからな、しかも外敵守るべき領民を見捨てて逃げ出したって言うの尾ひれまでついていたからな」
それも真実なのか?
「いや、それは俺の祖父が勝手に広めた想像だな、みんな信じちまったから引っ込みがつかなくなったらしい。訂正してやるやつもいないしな、だが、じいちゃんからよく聞かされたよ、あいつは疫病神だってね」
なぜそのようなことを?
「なんでだろうなぁ、うわさってのはそういうもんだし、こんな閉ざされた村じゃ余所者を苛めるくらいしか娯楽がなかったのかもしれん、もともと妄想癖のある一族だし口も悪いからな」
ほかにはどんな話が?
「そうだな・・・えらく熱血漢で騎士の鑑みたいな性格だったらしい。村長から聞いたかもしれないが剣を握れるようになると傭兵ごっこのつもりかバーナム王国まで出かけていたらしいな」
バーナム王国にはなにがあった?
「あそこは砂漠の部族が小競り合いを続けていたんだが、傭兵を雇いだしてから戦が激化していた時代だったから経験を積むつもりだったんじゃないか?」
それでも弱かったのか?
「まぁしょせん子どもだからな、雑用ばっかりさせられていたんじゃねーの?毎年無事に生きて帰ってきてたから戦場には立ってないだろう」
一人でいってたのか?
「そんなわけないだろう・・・ほかの大人に混じってだよ、こういうところじゃ冬は内職しか仕事がないからな、女たちだけでもやっていける。男どもはみんな南の王都で仕事を探したりするのが普通だな、俺らは宿の仕事があるからいいんだが、最後の行商人が来たら男たちは一緒に王都までついていくな」
それでも傭兵はめずらしい?
「もともと農作業か狩りしかしてないからな。実入りもいいらしいが殺し、殺されなんて、慣れてないからな、王都で荷運びや土木作業を手伝っていたほうが安全だろ?王都までは村人が同行したがそこからは傭兵の斡旋所で雇ってくれるからバーナム王国まではいけるんだよ」
なぜ、村を出ていくことに?
「うーん、それがじいちゃんから疫病神って言われるようになった最大の原因みたいなんだがな、結局のところ俺たちの世界はこの村で完結しているんだ、そりゃあ行商人はたまにくるがそれでも島全体の危機やら内乱を納めて回らなきゃいけないと感じるような正義感は持ち合わせていないわけだな」
それが理由?
「英雄の言葉には力があったってことだろうな、それに共感するように数人の村人が一緒に立ち上がったっていうんだから、昔からの生活を守ってきたじいちゃんたちには理解しがたい行動だろう?」
そうですね
「俺たちには俺たちの世界があり、それを守ることが全てなのさ。英雄だって島の平和の次は大陸にも争いがあると知れば行ったかもしれん。しかし、それがどこまで範囲を広げるのかはわからないがそういうものは怖いのさ、だから悪く言うんだろうこれ以上惑わされる者がでないようにな」
英雄には光と影があるということですね。
「そういうことだ」