第一章 第六話 はじまりの地
行商人に同行し、さらに北へと登る。
山道は険しさを増し、木々もとげとげしさを纏い来るものを拒んでいるようだ。
行商人の乗る荷車にはぎっしりと食糧や燃料が積まれている、帰りには山で取れる動物の毛皮や貴重な薬草の原料などを持ちかえることになるだろう。
「もうすぐ、ダイクスの村だなぁ」
行商人は俺の肩を叩き、指をさす。山の木々が邪魔で見えなかったが、たしかにチラチラと民家らしいものが見えている。
「行商何ぞやっとるといろんな街や村にいくんじゃが、あそこがほんとの島のどん詰まり、それより奥には人は住めんし、人が踏み入れていい土地でもない」
氷竜の縄張りだから?
「んーそうでもあるが、別にここの竜に限った事でもないんじゃが、竜がいるから精霊の力が強いのか、精霊が住む地を竜が選んだのかはわからんからの・・・ただ、この山脈を見ると人の限界を感じさせる何かがあるような気がすると思うのじゃ」
卵が先か鶏が先かの話なのかな
「感覚の問題じゃろう、ワシら行商人はあくまで商人にすぎん、人がおり商売になるのなら北の果てにもいくが、人が住まぬ土地には商機はないからの、たとえ貴重な財宝があったとしても氷漬けになっておったら取り出せんじゃろ?ワシらの手にはツルハシはなく、あるのは商品だけじゃ、人との取引でしかわれらは生きていくすべを持たんからの、竜殺しの英雄でもなければこの先に住むという竜を討ち取りその死骸を売る何ぞできようはずもない」
竜を倒したら英雄なのか?
「まあ、そういう英雄もおるという話じゃ、たしかこのダイクスの村出身の英雄も竜を殺しておったはずじゃ」
炎竜を倒したはなし?
「そうそう、たしかバーナム王国の建国王と共に炎竜を倒した仲間のひとりとして竜殺しの称号を得ておったはずじゃ、なつかしいのう・・その話をきいて子供心に胸がときめいたもんじゃ」
どれくらい前の話?
「そうじゃのー50年ほど前になるんじゃないかの?バーナム王国が出来て直ぐに大戦があってからの動乱期にバーナム王国もやはり難民が押し寄せて来て、しかたなく炎竜の領域まで入植をすすめねばならんかった・・・ただ、当時炎竜の活動期でもあったため、火の精霊力が強まっておったから。殺すしかなかったのじゃろう」
竜をどうやって倒したの?
「最初は大軍をもって攻城兵器なんぞを持ちだしておったようじゃが・・・結局失敗に終わったらしい、それで少数精鋭による戦により見事勝利したとあるな」
それだけ?
「まぁワシらのようなもんにはそれぐらいしか伝わってこんし、事実入植できるほどには暑さも和らいだらしいからの、それでいいんじゃよ・・・そろそろ村じゃな、ワシは取引のために村長に会わねばならん、お主はどうする?」
行ってみたい場所がある。
「わかった、お主のことはわしの護衛ということで話しておこう」
ダイクスの村でも北のはずれにその廃屋はあった。
周りに民家はなく、人の気配も感じられない。
表札もとくになく英雄の生まれた家というにはあまりにみずぼらしいものであった。
だが、この島を救い平和へと導いたのは間違いなくここが出発点だった。
入ってみるか・・・作りはしっかりしており、床が抜けたりはするかもしれないが、屋根が落ちてくるようには見えなかった。さすがに北国の建造物である。雪が積もればその重みで潰されるようでは意味がない。
ふむ、目につくものは小さな家具とベッドぐらいか・・・さすがに金目のものは置いてないか。
この家で幼少期から青年期まで過ごした彼は何を思ってここで暮らしていたのだろうか。
ふと、窓の外を見ると薪小屋のそばに小さな扉がなかば地面から突き出したように埋もれているのを見つけた。
家を出てその扉をみると地下への入口らしいものとわかった。この村では冬が寒いため、食料を外に置くと凍ってしまうので地下をつくり、そこに食料を保存することで食品・食材の味と風味を守る働きがあるのだ。
扉を開き、地下へと降りるとやはり、食料庫があり、ワインなどを保存する棚などが並べてあった。
ふむ、たしかに山ぶどうからでもワインは作れるからありえないこともないか・・・
村の中を通る時にヤギなどの家畜もみかけたことから乳酒も作っているかもしれない。
食料庫はそれほど広くなくとくに何も見つからなかった為、そうそうに引きげることにした。
やはり村人に話を聞かなければ。
村の広場には数人の子供と井戸のそばに母親達が集まって話をしていた。
行商人が来たばかりだからな、珍しいものがあれば話の種になる。荷馬車は村の倉庫前に停められ、男たちが荷をおろしている最中だった。
ちょうど村長との話し合いが終わったのだろう。行商人と村長が家から出てきて村長は男達に毛皮の積み込みを指示し、行商人は俺のところに来た。
「どうじゃ?目的は遂げられましたかな」
半分は済んだ、あとは村長から話がしたい。
「わしの方はいい商売をさせてもらえたので、十分満足しておるよ、今日はここの宿に一晩泊まってから明日、南の村に戻るつもりじゃ」
村長との話し合いしだいだが、この冬はここで過ごすかもしれない。
「本気か?まぁそれもまた人生、わしにはわからん魅力があるのかもしれんな」
村長は俺たちの話が聞こえたのか、家に入るように勧めてくれた。
「旅人さんは行商人の護衛としてこの村にこられたそうですな?」
そうだ、と答える。しかし、この村までの契約だからと付け加える
「それで、この村になにかまだ御用がございますか?これから冬に入るとこの村は閉鎖され、下の村とも行き来ができなくなりますし、なるべく早くお帰りになった方がよろしいかと」
ここで見たこと、感じたことそれが私の今後の道を指し示すと思っている。
「ハッハッハ・・・いやそこまでこの村をいっていただけるとは嬉しいことですが、特に何もない村ですよ。秋の収穫も終わりすることといえば山ぶどうからワインを作ったり、家畜の乳からチーズなどをつくって保存食に変える等の作業はありますが、ほとんど建物に閉じこもった作業ですからな」
そういう仕事も興味深いものだが、英雄の話を聞きたい。
「ああ、その話ですか・・・たしかに一躍有名になった当時はそういう話を聞きにこの村に来た吟遊詩人もいたかもしれませんが、あまりこの村での活躍はなかったために石碑もなければ過去に残すべき英雄譚もないのですよ」
生家は残っているようだが?
「ああ、もう見てこられたのですね。確かに残ってはおりますし管理もある程度はしていますが、それも村人が増えた時のために念の為に残していたという程度ですな。結局南の村ができたおかげでその必要がなくなったのです」
南の村では尊ばれていたようだが?
「英雄殿は難民や救いを求める民にとってはそうだったでしょうが、私たち地元の者にとっては厄介者だったようです。もう先々代は同世代だったので話を聞くことはありましたが、あまりいいものではありませんでしたね」
なぜそんなことに?
「色々な逸話はありますが、中傷に近いものもありますのでね・・・あまり話したくないのですが・・・」
ぜひお願いしたい、それこそが私の道を定めることになるかもしれない。
「道といわれますか・・・たしかにここまで来られた熱意に応えなければなりませんね・・・ただ、村長として知っておかなければならない部分の話だけにさせてください。つまりは確証の取れていた部分だけです。私のような立場で不名誉な流言を伝えるわけにはいかないことをご理解ください」
そのほかの話は他の人に聞けということですね?
「まぁ、宿屋の主人あたりが詳しいと思いますよ。いわゆる情報通なのですが悪い評判を立てることにかけては一級品ですからな・・・さて、英雄に関する書物は・・」
奥の部屋に引っ込んだ村長は古い記録簿を持ってきた。
「村長は戸籍を作ることも仕事でしてな、上納する税金にかかってきますし、色々と管理しなければならないこともあるのです・・・英雄殿の戸籍はこれになりますな、ふむ伝承通り母親と幼い息子がこの地まで落ち延び当時の村長が受け入れております」
どこからきたのかは書いてありますか?
「添付された調書によるとラインフォール王国出身とありますな・・・まぁ逸話のいくつかもそれを裏付けるようなものがありますから」
理由は書いてありますか?
「それはないようですな、当時の村長であった祖父は必要なことしか聞かないし、自分が決めたことに対しても異議を挟ませない性格でしたから」
彼らの暮らしぶりはどうでしたか?
「はっきり申し上げれば、よそ者が暮らせるような甘い土地ではないということです。最初の冬が乗り越えられるかどうかが難関だったでしょう、この家族は頑張った方でしょうが母親は数年後になくなっているようです」
それでもまだ英雄は少年だったでしょう?
「そうですね・・・ですから剣を取れるようになってからすぐに少年剣士として傭兵の真似事をしていたようです。冬のあいだはバーナム王国へ出稼ぎに出ていたと記述があります」
それでもこの村に戻ってきていた?
「母親と暮らした家を捨てられなかったのかどうかは分かりませんが、青年期を迎えるまで村にいたようですね。出るきっかけとなった事件については記述があります」
それはどのようなものですか?
「この村の近くまでゴブリンの浸透があったようです。祖父は実質的な被害がないようならば手を出さずに防衛する方針だったのですが、それに英雄殿は異議を唱え、こちらから打って出るべきだと主張し、村人を扇動しようとしたらしいです」
それで、どうなりました?
「村の若者数人とともにゴブリンの巣となっていた洞窟を奇襲し、ゴブリンは全滅したとのことです。しかし、英雄殿はそれから村を出てしまいました」
なぜなんでしょう?
「記録には残していませんが、祖父の話を総合するとこのような田舎にいるような人物ではなかったと言うことなんでしょう、同時期に3名の村人が彼と共に村を出ているようです。英雄殿と同じく両親を亡くした友人でファーマ神殿に仕える神官見習いの青年と村の薬師であり相談役の男、鍛冶屋のドワーフ族とあります。いずれも今後の村の維持に欠かせない人物たちでありましたから村にとっては相当な痛手だったはずです」
よく許しがでましたね。
「村長である私が言うのもなんですが、やはり余所者は長くは居つけない土地ということになるのでしょう、出て行った3人も派遣されてきたり、俗世を離れて暮らしたいと思ったりとそれぞれに事情を抱えていたようです。だからこそ祖父も止めなかったんだと思います」
数年後に里帰りしているようですね。
「その頃には村長は父に代替わりしています、難民がここまで来るようになっていたそうです。大戦中以上に内乱がひどくなり英雄殿も各地で活躍されていた頃ですな、地元民と難民とのあいだで不和が起き、村長であった父と村に戻ってきていた相談役が自治組織を作って自警団まで組織していました。田畑を広げ、山に入り獲物を乱獲しなければとてもやっていけなかったそうです」
苦しい時代だったようですね。
「それはもう大変だったようです、なにせ内乱状態なのに税の取立てにくる貴族たちからも身をまもらねばなりません。なるべく多くの難民を救うために奔走していました、そんなときですね英雄殿がこの村に現れたのは・・・」