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2.失った日常

 その日、真延まのべ つかさはうんざりしていた。


 彼女は健全かつ健康な高校二年生。花も恥じらう……という台詞とは無縁で、髪は肩を過ぎるとばっさりと切り(本当はもっと短くしたいのだが、母親に嫌がられる)、おしゃれという言葉からも無縁、肌の手入れなども若さという言葉で乗り切っている、とりあえず勉強を頑張っている高校生だ。将来への夢というものもまだないが、とりあえず良い成績をとっていればどんな職業を選んでも困らないと、現実的なのか打算的なのかよくわからない流れに乗りながら学年でも上位の成績を収めている。

 そんな彼女には双子の妹がいる。

 妹の名前は真延まのべ 咲菜さきな。司とは正反対の、おしゃれで社交性もあり、友人も多く人気者。学校でも一、二を争う美少女と評判で毎日腰まで伸ばした長い髪の手入れを怠らない、大和撫子のような妹だ。双子とはいえ顔は全く似ていないため、初対面の人は同じ苗字に必ず一度は首を傾げる。そこで双子の姉妹という言葉より、従姉妹と聞いてくるあたりで二人の顔立ちがいかに違うかわかるだろう。そんな二人だったが、姉妹中はそれほど悪くない。家にいれば、いろいろな趣味や話題で盛り上がるのだが、学校や外に行けば男女問わずの咲菜の取り巻きがいるので、司はいつも彼女に近づかないようにしていた。それを咲菜も理解しているものだと思っていた。


「ねぇ、司も一緒に行かない?」

「は?」


 それは学校が終わった登下校のときに起った。司はクラスメイトと軽く別れの言葉を交わし、教室を出たとき偶然、同じように帰ろうとする咲菜たちに出会ったのだ。彼女らはどこかによる話をしていたらしく、楽しそうに笑い合っていた。それを横目で見ながら、先に玄関へと向かっていた司を咲菜が呼び止め、とんでもない誘いの言葉をかけてきたのだ。


「これからみんなでカラオケでも行こうって話をしていたの! 司も一緒にいこうよ!」


 無邪気な彼女は、するりと司の腕をつかんで引っ張っていこうとする。珍しくも強引な彼女にあっけにとられていたのは司だけでなく、彼女と一緒にいた友人たちも同じだった。


「い、いや、私はいいよ。カラオケって苦手だし、家に帰って読みたい本もあるし……」

「えーーー、司ってばいつも本ばっかり読んでるじゃない。たまには遊びに行かなきゃだめよ」


 ねぇ、と咲菜は友人たちに同意を求めるが、友人たちは顔を見合わせた。何しろ彼女らと司には接点がない。クラスが違うから当然だが、話したこともないしお互い見知った顔程度。しかも、咲菜たちの友人はおしゃれに余念がなく、おそらく行く先はカラオケだけでなく、あちらこちらの服をみたりお店を覗いたりすること間違いなした。おしゃれには全く興味のない司がいっても、楽しめそうなところが見つからない。


「いいって、それに今日中に本を読んでしまわないと間に合わない。明日図書館の返却期限だし」

「えーーー」


 するりと咲菜から腕を取り返し、彼女の友人たちに目配せをする。彼女らもそれに気づいたのだろう、両側から咲菜の腕をつかみ軽く引っ張った。


「ほら、行こうよ。カラオケの前にこないだの店、もう一度行くっていってたじゃない。ゆっくり見るなら早くいかなきゃ」

「そうそう、今日は私のカラオケの腕前見てもらうんだからね! 負けないから!」


 きゃあきゃあと話題を振り、咲菜の言葉を封じた友人たちはあっという間に彼女を学校の門の外へを連れ出していった。去り際に一度こちらを振り返った咲菜の顔は、ごめんねと謝っているように見えた。司はそれをほっと見ながら、靴を履き外に出ようとしたときだ。


「本当に似てない姉妹だよねー」

「片や美少女、方や地味女、すごい差だよな」

「あれが姉妹ってありえなくね?」


 全校生が通る玄関での出来事に注目を集めてしまったようだった。

 高校入学当時から、いやずっとずっと前から言われている聞きなれた言葉。今更、傷つくほど柔な心臓を持ってはいないが、人のことをひそひそと影でいわれるのは気分が悪い。司はさっさと足を進め、門を出る。先ほどの言葉から逃げているようでもあったが、ああいった言葉はもう聞き飽きているだ。しかし、今日は厄日だ。なぜか家の帰り道までに次々と知り合いに出会う。そして……


「今日は咲菜ちゃんはいないの? ああ、生徒会の一員なんだっけ? いろいろと忙しいのよね」

「さっき、咲菜ちゃんをみたわよ、相変わらず綺麗ねー」


 司の顔を見ながら咲菜の話をする、近所のおばさんたち。

 その横をすり抜けながら、去り際に聞こえたのがやはりあの言葉。


 似てない姉妹よねぇ。


 道をふさいでないで、さっさと家に帰りなよ、おばさんたちと、司は心の中で毒づいた。



◇◇◇



「あーあ、これで本も読まずに返却かなぁ」


 近所にある小さな公園のベンチに腰掛け、司は大きなため息をはいた。今すぐ家に帰れば、本を読むのも遅い司でも十分読み切れる時間があるのだが、まったくその気がなくなってしまっている。

 彼女の目には、小さな砂場で遊んでいる五歳ぐらいのよく似た顔立ちの姉妹がいた。双子だろうか。近くのベンチには母親だろう女性が、司と同じようにベンチに座りながら彼女らを見守っている。その光景をぼんやりと見ながら、あのころはよかったなと思う。

 小さなころから顔立ちが似ていないと言われることはあった。

 けれど、そんな周りのことを一切気にせず、二人で遊び、時には喧嘩をしながら一緒に眠った。

 なのに、いつからだろう、家以外の場所で二人の距離があくようになってしまったのは。


 自分の隣に咲菜がいないことに、慣れ始めてしまったのは。


「おかぁさーん」

「もうそろそろ帰る時間よ、二人とも」


 彼女らの家族の声に導かれるように、司も身を起こす。

 いつまでもここで一人でいても仕方がない、先ほどあきらめた本を読めるところまで読んでみようか、そんな考えを持ちながら歩き始めたとき、かつりと足元に何かがぶつかった。


「………?」


 それは手の平に乗るぐらいの赤い玉の欠片。

 ビー玉よりも一回りぐらい大きぐらいだが、一体何に使われているのだろうと司は首を傾げる。しかも残念ながら真っ二つに割れてしまっていた。


「きれいなのに、もったいない」


 赤と銀色の光が混じったような色をしている。暮れかけている夕日に透かせば、ゆらりと金色の光が揺らめいたように見えた。そのせいか、割れた部分がとても痛々しく見えてしまう。こんなものを小さな子供が手に取ったら怪我をするかもしれない。司はいらないんなら、ちゃんとゴミ箱に捨てなよと文句を言いながら、ベンチから少し離れたところにあるゴミ箱へと向かった時だった。



 くぅ………ん。


 

 今にも消え入りそうな、動物の鳴き声が聞こえた。

 何、と呟いた司は突然目の前が真っ暗になり、無理やりどこかに引きずられていく感覚を全身にあびる。

 それは悲鳴も、驚愕も、なにもかもが感じる前に起きたことだった。

 自分のあらゆるものが強制的に引っ張られ、それに上がらうことは不可能だった。

 手足はぴくりとも動かず、目に見えるのは暗闇だけ。


 ……その闇に浮かび上がったのは細い、一本の糸のような光。

 いや、それは手だった。闇夜に浮かび上がる手は司の腕をつかむ。だが、その掴まれた腕に恐怖心は抱かなかった。なぜならば、


 その手から感じたのは、深い悲しみだったから。


 今まで司が知ったことにない、絶望の深い深い底、もう涙も枯れ果ててそれでも助けを求めていた手。司の腕を掴んではいたが、その力は弱弱しく、彼女が振り払えばいとも簡単に離れて消えてしまいそうだった。司は恐怖を抱くどころか、その手をしっかりと掴んであげたいと思う自分に戸惑う。そして戸惑いながら、掴まれている腕の反対の手でそっとその手を握った。


 ぴくりと震えた手は、ゆっくりと彼女を包み込む。 

 誰かにいだかれている。

 司はそう感じながら、深い深い闇の中へと意識を沈めていった。




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