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1.終わりとはじまりの日

 至るところから、人の恐怖の声、断末魔、悲鳴が響き渡る。

 自分たちが守り、守られていたはずの炎が牙を剥き、今まで暮らしていた家を、地を、友をそして志を同じくする同士を焼き尽くしていった。血のにおいが遠くの森にいる野獣たちにも嗅ぎ取れるほど、その光景は凄惨で、救いようがないものだった。それらを感じながらも、炎に襲われる神殿の奥底でその場を一歩も動かず、険しい目で宙を睨んでいた男は、ただ冷静さを失わないよう自分に言い聞かせていた。

 彼は赤と金の刺繍に彩られた、豪華な白い衣を身に着けている。誰もが見てもわかる、この神殿の責任者だった。本来ならば、この神殿を襲ってきた者たちを撃退するために、先頭に立ち指示を出さねばならないはずの彼が何故このような神殿の奥底で一人この場に立ち続けるのか。


 それは、彼の目の前にある赤い宝玉のためだ。


 これは世界の炎を安定させるために、ここになくてはならないもの。この赤の神殿に勤める神官たちは、この宝玉を守るために神殿に仕え、命をかける。その赤の神殿長が彼、ラザウクスだった。齢五十に手が届く彼は、いつも穏やかで優しい笑みを絶やさない、神官たちにも慕われる人物だ。だが、今ここにいる彼が浮かべている顔は険しく、どこか切羽詰まったものでもあった。それは、いつかこの時が来てしまうことを予想していたからなのか、それとも……


「やはりお前か、バフィクス」


 血まみれの衣をまとい現れた男を、殺しておかなかった後悔からか。


「どけ、ラザウクス」


 忠告でもない一瞬の宣告をした男は、ラザウクスの返答を待たずに一気に彼へと躍り掛かる。バフィクスと呼ばれた男の手にまとわりつくのは、炎。それが爆発した。煙のような熱量が広がる中、バフィクスの眉が動く。彼の放った炎は、その場を一歩も動かないラザウクスによって防がれていた。赤い揺らめくような炎の結界。赤の宝玉の力を使うことが許された、赤の神殿長だけが使える強固な結界は、バフィクスが放った炎の力をすべて防ぐ。だが、それは想定したことだ。赤の神殿長が赤の宝玉の力を使えることは、バフィクスも知っていた。だから……


 ドゥン!!

 二人が戦っていた部屋の天井の穴が開き、どさどさと何かが落ちてくる。ラザウクスが何事かと目を向けて見たものは、赤い衣をまとった少女たち。その年頃から、見習い神官たちだと思われる彼女らは、ラザウクスが築いている炎の結界に触れ、悲鳴を上げた。


「っ……!!!」


 炎の結界は、外からの攻撃をすべて焼き尽くす。

 触れれば炎が噴き出し、背にいるものを守り敵を攻撃する最高の防御壁は、味方を焼き尽くす業火と姿を変えようとしていた。赤の宝玉を守ることを最大使命とはわかっていても、幼い少女たちの悲鳴と赤の宝玉を守る同士を自らが焼き尽くすことができず、ラザウクスは炎の結界を解いてしまう。


 それがバフィクスの狙いであり、しかしそれで十分だった。

 バフィクスの腕にまとった炎は、赤いつるぎと姿を替え、ラザウクスの胸を貫いていた。彼の胸や口から溢れた血がラザウクスの口から言葉を奪い、最後のあがきのように己を命を奪おうとしている男を睨みつけたが、その男の目にはすでにラザウクスは写っておらず、ラザウクスの体はまるで人形のように地面に放り投げられた。もう指一本も動かぬ、己の完全なる負けを認めようとしたラザウクスが見たのは、いつのまにか赤い宝玉を手にし、それを高々と掲げるバフィクスの姿だった。


 自分の甘さが招いた世界の危機だった。

 彼は死にゆく中で、それでも最後まで赤の神殿長であろうと、赤の宝玉を守ろうと最後の力を込める。


(赤の宝玉よ………私にあなたを守る最後の力をっ………!!)


 その気配に気付いたバフィクスが振り返り、彼も炎を放つ。互いに両者の炎がぶつかり合うと考えていた二人だったが、ラザウクスの放った炎は、バフィクスの放った炎どころか彼の横をすり抜けた。そして………




 パリィン………




「うがぁぁぁぁぁ!!!」


 ラザウクスはバフィクスの炎に包まれ、断末魔の悲鳴を上げる。彼は己が炎に包まれ死にゆくことよりも、大罪を犯してしまったことに絶望して悲鳴を上げていた。赤の宝玉を守るべき赤の神殿長が、よりにもよって宝玉を破壊したのだ、世界の炎を奪う大罪を犯してしまったこと、そしてその罪を償うことさえできずに死にゆく己に絶望した。



 クゥン………



 炎に焼かれ、血の涙を流していたラザウクスは、動物のような鳴き声を聞いた。

 彼は見た、すでに奪われた目の中で彼を優しく包む手があったことを。彼を抱きしめるぬくもりがあったことを、そして………その瞳が炎の色だったことを。

 その瞳は決してラザウクスを責めるものでもなく、労りを、悲しみを、優しさを、そして強さを持っていた。



 ありがとう。



 その言葉を聞いてラザウクスは微笑み、そして炎は彼をすべて焼き尽くしていった。

 残されたのは………



「おのれ、おのれ、おのれーーーーーーー!!! ラザウクスっ!!!」



 割れた宝玉を手にし、絶叫したバフィクスの炎がすべてを焼き尽くす。

 その日、世界の炎を司る赤の宝玉は消え、赤の神殿のすべてが失われてしまったのだった。




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