1-5 恋のキューピット
2015年 4月8日(水) 午後12時47分
東京都 足立区千住旭町 東京電子工業大学 3号館 学生食堂
翌日 広くて清潔感溢れる学生食堂内で、俺は考え事をしていた。
考え事とは、もちろんニアのことである。
ニアは昨日のテレビのニュースを見てからというもの、元気がないのである。
一夜たったら元気になっているかなと思ったものの、やはり今朝も元気がなかった。
昨日は、「行ってきます!」 と挨拶をしたら、「いってらっしゃーい! むぎゅう!」 という風に抱きついてきたんだけどな。
ニアにとって昨日のニュースは、相当ショックだったのだろう。
毎日、地球のどこかでは誰かが死んでいる。争っている。殺し合いが起きている。
ニアにとってはそれが耐えられないことなのだろう。
つまりニアは、それほど心が繊細で優しいということなのだ。
「はぁ … 」
1人留守番しているニア、大丈夫かな?
ちゃんとうまくやってるかな?
そう考えていると、
「あっ、黒壁君、だっけ?」
「はい?」
俺が顔を上げると、そこにはポニーテールの髪をした女子が立っていた。
昨日、授業で隣に座ってきた女子である。確か・・・名前は・・・
「国友亜里抄さん?」
「うん、そうだよ。よかった。覚えていてくれたんだ」
そう言ってなぜかモジモジし出す国友。
俺が首を傾げていると、そこへ同じく昨日出会ったツインテールの髪をした伊吹音呂も姿を現した。
「亜里抄は、蓮君と一緒に昼食を食べたいんだって」
「ちょっ!? 音呂!」
「別にいいでしょ? だって亜里抄、蓮君ともっとお話ししてみたーい! って言ってたじゃん」
「うっ … 」
顔を真っ赤にして下を向いてしまう国友。
恥ずかしがり屋さんなのだろう。
「ってことで、一緒に昼ご飯食べてもいいよね?」
「あ、ああ」
「やったっー! ほら、亜里抄も早く座って座って」
そう言って国友と伊吹は、俺の前の席に座ってきた。
何か・・・緊張するな。
「ほらっ、亜里抄、蓮君とお話ししたいんでしょ?」
「あっ … う、うん」
伊吹に後押しされると、国友は少し緊張しながら口を開いた。
「れ … 蓮君って、出身はドコ … なの?」
「日本一大きな湖がある、滋賀県だよ」
「へぇ~! 滋賀なの? 滋賀ならあたしも行ったことがある~。お爺ちゃんとお婆ちゃんが住んでるから」
さっきまでオドオドしていた彼女が急に明るくなった。
「ちなみにあたしの出身は愛知県だよ。滋賀とは近い方かな?」
「愛知かぁ。ひつまぶしが有名だよな。アレ、一度でもいいから食べてみたいと思うよ」
「蓮君、食べたことないの? だったら、今度あたしが作ってあげる!」
嬉しそうに身を乗り出してくる国友。
そこへさっきから黙って俺と国友とのやりとりを見ていた伊吹は、フォークでパスタをクルクルと巻きつけながら、口を挟んできた。
「ひつまぶしってさぁ、ぶっちゃけ鰻があれば、どこでも食べれるんじゃないの?」
その発言に、すこしムッと頬を膨らます国友。
「そう言われちゃったら … 確かにそうなんだけど … 、でもやっぱり名古屋名物だから、本場で食べるのが一番なんだよ?」
「まぁ、国友さんの言うとおりだな。ご当地グルメって言うのは、その現地で食べるとさらに美味しく感じるよな。高校の修学旅行で、北海道に行ったときにつくづく感じたよ」
「蓮君の言うとおりだよね」
「何よ。2人そろって意気投合しちゃって。まさしくお似合いのカップルだね」
「ちょっ … !?」
またもや顔を真っ赤に染めてしまう国友。
顔を真っ赤にして押し黙る国友を見て、おもしろそうに笑う伊吹は続けざまにこう言った。
「ねぇ、蓮君って、彼女のいるの?」
「ええっ!?」
いきなり何を聞いてくるんだ!?
「い、いや … いないけど」
「おおっ! ホント!? 亜理紗、チャンスじゃん!」
「ふぇ!? な … 何言ってるのよ音呂ちゃん!」
ニヤニヤ笑みを浮かべている伊吹は、またもやこの現状を面白がっているかのように口を開く。
「蓮君、ちなみに亜里抄も彼氏いないんだって」
「は … はぁ … 」
俺はどういうリアクションをすればいいのか困る。非常に困る。
なぜ、俺にわざわざその情報を伝えるのだろうか?
「だ・か・ら、2人とも、このまま付き合っちゃえば?」
「ひゃっ!?」
「えっ!?」
ああ、この人、何言っちゃってるんだろう。
国友さんは結構可愛い子だし、付き合うことには抵抗はない。ていうかむしろ付き合いたい。
でも相手がどう思っているかなんて、俺には分からないのであって。
国友さんはというと、もう真っ赤な茹蛸状態となっている。
「亜理紗って、蓮君に一目惚れしちゃったんでしょ? ほら、早く告白しないと、誰かさんに取られちゃうよ~?」
「あの … 今、何て … ?」
衝撃的発言に対し、俺は恐る恐る尋ねていた。
「ん? つまり亜里抄は、蓮君と付き合いたいんだって」
俺と … 付き合いたい!? その話マジですか!?
ついに、ついに … 俺にも運が回ってきたということか!
ということは、ここでチャンスを逃してしまうと、一生の後悔をしなくてはならなくなる。
なので俺は、正面にいる国友さんの手を握り締めて叫んだ。
「俺も国友さんと付き合いたいです!!」
「えっ!? 本当!?」
驚きの目で顔を上げる国友さん。
驚いている表情も大変可愛らしい。
「ああ、本当だ。俺は国友さんのことが好きだ」
「やったっ! じゃあ、今日からあたしのこと、普通に 亜里抄 って呼んでくれると嬉しいなぁ」
「亜里抄、よかったね。念願の彼氏ゲットじゃん」
気が付けば、食堂内では拍手喝采が沸き起こっていた。
◇
同日 午後6時12分
東京都 足立区千住旭町 墨堤通り 京成関屋駅前付近
空がオレンジに包まれ、星が1つ また1つと出現していく。
その光景を見ながら、俺は軽く鼻歌を歌いながらマンションへと向かっていた。
「うぉぉおおおおおおおお!! 神様、俺は今、とても幸せです!」
軽くスキップまでしている大学生の俺は、周りから見れば完全に変人だろう。
俺がなぜこんなに喜んでいるかというと、国友亜里抄と付き合うことになったからである。
「俺もこれで、リア充の仲間入りかぁ!!」
途中のスーパーで購入した食材をブラブラと揺らしながら、スキップをしていると、
「へぇ~、大学生がスキップなんかしてるよ」
「ぬわっ!?」
突然聞こえてきた言葉に、俺は思わず固まってしまった。
振り返ってみると、そこにはツインテールの女の子が立っていた。
中学生かと見間違うほど可愛らしい容姿。その人物は、俺と同じ大学に通う伊吹音呂だった。
「その様子だと、亜里抄と付き合うようになったこと、相当嬉しかったんだね」
「いやぁ … まぁ … そうなんだけどさ」
伊吹は可愛らしいニコニコ笑顔のまま、俺へと近づいてくる。
「感謝してね。あたしのおかげなんだから」
「ああ、それは本当にありがたいと思っているよ。んで、何で伊吹がここにいるんだ? 家がこっち方面だったのか?」
「まぁ、そんなとこ。近くのコンビニに寄ってたの。ほら」
そう言って手に持っていたコンビニ袋を見せてくる。
「そうだったんだ」
「ねぇ、ここで1つ聞いておきたいんだけど … いいかな?」
「聞いておきたいこと?」
伊吹はツインテールを揺らしながら、空を見上げてこう口にした。
「ねぇ、知ってる? 最近、この近くの荒川で隕石が落下したそうね」
「ああ、それなら俺も知ってるよ。まさに目の前で見たからな」
すると、スーと目を細める伊吹。
「へぇ~、目の前で見たの?」
「そう。それにしてもアレは凄かったな。だって隕石が落下してくる光景、生で見たのは初めてだったから」
「そうだったの」
「伊吹は見てないのか?」
「見てないわ」
すると伊吹は、なぜかクルリと1回転すると、顔を俺の方へと近づけてきた。
それも、今にも俺の頬にキスをしてきそうな距離まで。
「その後、変わったこととかなかった?」
「変わった … こと?」
「そう。普段の日常生活ではありえないこととか … どう?」
そう聞かれて俺が真っ先に思い浮かべたのが、ニアのことだった。
隕石が落下したあの日、俺は全裸状態の獣耳・尻尾が生えた少女を見つけ、助けたのである。
獣耳・尻尾が生えている少女なんて、地球上ではまず見かけないことだし、まさしくありえない出来事である。
だが、そんなことを目の前にいる伊吹に言えるだろうか?
実は、獣耳・尻尾が生えた少女を助けたんです … って言ったら、きっと笑われるだけだ。
だから俺は首を横に振った。
「い … いや、何もなかったよ。普通に学生マンションに帰ったし」
「そっか … 何も なかった のね」
伊吹は何か考え事をしている表情だった。
なぜそんな質問してくるんだろう? ていうか、さっきから伊吹の吐息が俺の頬に当たってくるんですけど!
不覚にもドキドキと胸が高鳴ってしまう。
いやいやいや、俺にはもう、国友亜里抄という可愛い彼女がいるのであって。
自分自身にそう言い聞かせていると、ふと伊吹が笑顔を浮かべた。
「そっか! 何もなかったんだね! 獣耳・尻尾が生えた小さな女の子を家に連れて帰ったというのにね!」
「なっ … なぜそのことを!?」
次の瞬間、腹に鈍い痛みを感じ、俺はその場に倒れ込んでしまった。