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1-4  大学生活

同日 午前9時16分

東京都 足立区千住旭町  東京電子工業大学 2号館 203教室内



 1時限目開始時間は、9時20分から。

 なんとか時間ギリギリで教室に滑り込みセーフを果たした俺は、現在机に突っ伏していた。



 「はぁ … はぁ … もうダメ」


 「なーにへばってんだ?」



 そう声をかけてきたのは、俺と同じ1回生である竹生ちくぶ隼平じゅんぺいだ。

 大学に入学して最初にできた友人である。



 「お前、確か下宿しているんだったよな? 大学から近いところに住んでいるのに、遅刻しそうになるっておかしいだろ! オレなんか、神奈川から毎日通ってるんだぜ?」


 「まぁ … こっちにもいろいろあるんだよ。1人暮らしも楽ではないってこと」


 「でも羨ましいと思うぜ? なんせうるさい親から離れて生活できるんだろ? つーことは、夜何時に帰っても怒られないってことじゃん」


 「でも最初のうちは、やっぱりホームシックになるよ?」


 「いや、オレは絶対ならない自信があるぜ。早くあのうるさい母ちゃんから離れて生活したいってもんよ」



 俺の前の席に座っている竹生は、何か嫌なことを思い出しているのだろうか。物凄い表情を浮かべていた。



 「そんなに1人暮らしがしたいんなら、下宿でもすればいいだろ?」


 「チッチッチ、オレは1人暮らしをしたいのは山々だけど、母ちゃんが許してくんねぇんだよ。金がないってさ。しかも電車で通える範囲に住んでいるから、我慢しなさいだと」


 「そうなのか。まぁ … 俺は滋賀から毎日通えるはずもないから、下宿してるワケだけど … 」


 「つーかさ、お前出身滋賀なんだろ? なんでわざわざ東京まで来たんだ?」


 「それは … 」



 そう俺が答えようとした時だった。



 「あのう、ちょっと隣いいかしら?」


 「はい?」



 突然、声をかけられた。

 しかも、この声は女子の声である。


 顔を上げてみると、そこには2人の女子が立っていた。

 1人目はポニーテールの髪をした女子だった。身長は思ったよりも低く、色白で、清楚な感じがする。

 2人目はツインテールの髪をした女子。こちらもやはり大学生にしては身長は低いようで、色白である。

 どちらもパッと見た感じ大学生には見えなく、下手すれば中学生じゃないんじゃないかと思うくらいに小柄で可愛らしい女子だった。


 急に女子に話しかけられたので、俺はドキドキしていた。

 しかし慌てずに、彼女たちが言った言葉を理解しようと試みる。

 隣いいかしら?とは、俺の隣に座ってもいいか? ということだよな。



 「あっ … はい、いいですよ」


 「ありがとね」



 すると、2人の女子は笑顔を浮かべながら席へと座った。

 そこで授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 1時限目は、必修科目の機械力学という授業である。

 大きな黒板の前に立った教授が、広い教室を見渡しながら授業を始める。


 俺もノートにメモを取ろうとしたときだった。



 「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」



 先ほど隣に座ってきた女子2人の内、ツインテールの女子の方が話しかけてきた。

 女子に話しかけられて、思わずドキッとしてしまう俺。



 「えっ!? な … 何?」


 「あなたの名前、教えてくれる?」


 「お … 俺の名前は、黒壁蓮」


 「へぇ~、蓮君かぁ~。かっこいい名前だね。ちなみにあたしの名前は伊吹いぶき音呂ねろ。よろしくね♪」



 うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 俺は嬉しさのあまり、心の中で発狂してしまう。



 「そして、こっちは国友くにとも亜里抄ありさちゃん」


 「国友です。よろしく~」



 そして伊吹音呂の隣にいたポニーテールの女子が頭を下げてくる。

 俺も頭を下げ返すと、伊吹音呂はニコリと笑いながら携帯を取り出した。



 「蓮君、メアド交換しよ? あたし、蓮君のこともっと知りたいな~♪」



 うひょぉおおおおおお!!

 遂に、遂に、俺にもモテ期到来かぁっ!?



 「あ … ああ、別に構わないけど」



 俺も慌てながらもスマホを取り出し、伊吹音呂の携帯のメールアドレスを交換する。続けて国友亜里抄ともメアドを交換した。

 こうして電話帳に、新たに2つの名が刻まれたのであった。



 「オッス! オレは竹生隼平。メアド交換ヨロシクっす!」



 そこへいきなりこちらを振り返って、携帯を差し出してくる竹生。まったく。



 「おいおい、授業中に振り返んな」


 「黒壁だけ女子とメアド交換するなんてズルいからな! しかもここに女子はめったにいないし、貴重だからな!」



 そう。僕が通っている大学は、東京電子工業大学である。

 その名の通り、工学部しかない。

 工学部というからには、その大半の学生が男子で占めている。

 そのため女子の人数が少なく、貴重な存在なのである。



 「いやぁ~、まさかこんなところで女子にお目見えできるとは、何とも幸運っす! しかも童顔で可愛いと来たもんだ!」



 俺と同じく、伊吹音呂・国友亜里抄のメアドをゲットした竹生は、手をガッツポーズにして大喜びする。

 だが、そこへ、



 「おい、そこ! 何 授業中に後ろを振り返っとるんだ! 授業に集中しないのなら、出てけ!」



 教授の怒号が飛んできたのであった。







同日 午後6時30分

東京都 足立区千住曙町 学生マンション4階 一室



 「ただいま … って うわぁっ!」



 俺が学生マンションの部屋の扉を開けた瞬間、いきなりニアが飛びついてきた。



 「れんが帰ってきた~♪ ムギュウー♪」


 「俺がいなくてそんなに寂しかったか?」


 「うん!」



 純粋な笑顔を浮かべながら大きく頷くニア。

 そして彼女は俺のお腹に顔を埋めてきながら、こう言った。



 「れん、おにゃかすいた」


 「そっか。お腹空いたか。今日はニアが無事にお留守番できたようだから、ご褒美に手作りカレーを作っちゃうぞ~」


 「にゃ? か・・れ・・え・・・?」


 「そう。とーてもおいしい食べ物なんだぞ。今から作るから待っててな」


 「カレー♪ カレー♪」



 俺は台所へ向かい、激安スーパーで購入した食材の下ごしらえを始めることにした。

 野菜の皮を剥き、玉ねぎを細く切り、人参は小さなサイコロ状、ジャガイモは食べやすいように親指サイズに切って、肉は適当な大きさに切る。

 次に鍋にサラダ油を入れて、切った野菜たちを炒めはじめる。

 野菜がある程度炒まったら、今度は肉を投入。

 肉がある程度半生状態になったところで、ルーの箱に書いてある分量の水を入れた。

 するとおいしそうな匂いにつられたのか、ニアが僕の隣へとやってきた。



 「れん、カレーつくってるの?」


 「そうだよ。あとちょっと時間がかかるけど、それまで我慢してな」


 「うん! ニア、がまんする!」



 それから鍋をひと煮立ちさせ、竹串でジャガイモの硬さを確認する。

 うん、これならニアでも大丈夫だ。

 次にルーを投入してゆっくり混ぜ合わせると、ほのかにスパイシーな香りが漂ってきた。



 「おいしそうなニオイ♪」



 ニアは、今か今かと待ちきれない様子でカレーを眺めている。



 「ニア、できたよ。お皿とスプーン、テーブルまで運んでくれるかな?」


 「はーい♪」



 元気よく手を上げると、ニアはお皿とスプーンをテーブルまで運んでいってくれる。

 本当に素直で可愛い奴だな。


 俺がカレー入りの鍋をテーブルまで運ぶと、既に待機していたニアがスプーンを片手に目を輝かせた。



 「にゃ! おいしそう~。はやく食べたーい!」


 「はいはい、急がない急がない。カレーはどこにも逃げないよ」



 俺がカレーとご飯を皿に装ってあげ、彼女の前に差し出すと、ニアは無我夢中でカレーを食べ始めた。



 「こらこら、ご飯の前には、いただきますだろ」


 「にゃ? いただぁきまぁーす!!」



 そう指摘してあげながら、俺はテレビをつける。

 番組はニュースをやっていた。



 『続いてのニュースです。今朝、東京目黒区で動物虐待を行ったとして、18歳の少年が器物破損で逮捕されました』



 すると、ニアの獣耳がピクピクと反応した。



 『少年は、先月、目黒区内で相次いで猫の惨殺死体が発見された事件に関与しているとのことで、目黒警察署の取り調べによりますと、少年はおおむね犯行を認めているとのことです。犯行動機についてですが、仲間達数人で猫狩りゲームを楽しんでいた、遊び感覚でやっていた と供述しているようです。警察はさらに複数の人間が関与しているとのことで捜査を進め … 』



 その時、「ううぅ!!」 という声が聞こえてきた。

 見れば、ニアが両手で耳を押さえながら、目から涙を流していた。



 「ニア? だ、大丈夫か?」


 「うぅ … ネコさん、かわいそう」



 ニアはそう呟くと、全身を震わせ始めた。

 そんな彼女を、俺はそっと優しく抱きしめる。



 「れん・・・どうして、ネコさんがころされなきゃいけなかったの? ひどいよぉ」


 「 … ニア、世の中にはそんな酷いことする人間だっているんだよ」



そこへ、次のニュースが流れ込んでくる。



 『武装勢力の活性化を受け、米軍がアフガニスタン軍と合同で行っている掃討作戦ですが、昨日までに大規模空襲で犠牲となった人数は、既に200人を超えているとのことです。犠牲者の大半が一般人であり … 』



 ニアがまた悲しそうな表情を浮かべたので、慌ててテレビを切った。

 あんなに嬉しそうにカレーを口にしていたニアは、今やその手は止まっている。



 「ニア、さぁ、もっといっぱいカレー食べてもいいんだぞ? おかわりいくらでもOKだからな!」


 「れん、どうしてみんな … いきものをころすの? どうしてみんなあらそったりするの?」


 「・・・・・・・・・・・・・・」



 思わず押し黙ってしまった。

 俺が一番ショックだったことは、昨日まで何も言葉を話せなかった彼女が、『殺す』 『争う』 という単語の意味を理解してしまったことだった。

 できればそんな汚い言葉は、覚えて欲しくはなかった。



 「れん、どうして? どうしてなの?」


 「 … にあ」



 俺はその質問に答えてやることはできなかった。


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