1-2 獣耳少女
2015年 4月6日(月) 午後8時30分
東京都 足立区千住曙町 学生マンション4階 一室
俺はとりあえず静かに息を吐いた。
現在、俺の目の前にあるベッドの上には、さっきの少女が目を閉じて横たわっている。
一応擦り傷の処置などを施して、とりあえず服も着させておいた。
服を着させておいたとはいったものの、もちろん俺は男物の服しか持っていないため、彼女にとっては大きめのサイズであることだろう。
ブカブカの服に包まれた少女は、スヤスヤと寝息を立てていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さて、これから俺はどうしたらいいのでしょうか?
10歳にしか見えないの少女(獣耳・尻尾付き)を家に連れてきたのはいいのだが、ふと思い直してみる。
これって完全に女児誘拐じゃねぇ?
もし、警察に通報されたら、完全に逮捕だな … 俺。
俺が複雑な気持ちで少女を眺めていると、ふと携帯が鳴なった。
相手は妹の茉那からである。
俺の妹である黒壁茉那は現在、高校2年生であり、父さんや母さんと一緒に故郷である滋賀に住んでいるのだ。
電話に出てみると、妹からの第一声が耳に響いてきた。
『お兄ちゃん!! 大丈夫!?』
耳の鼓膜が破れそうな勢いの音量が耳に入ってきた。
「うるさい! 鼓膜が破れるかと思ったぞ!」
『あはは、ごめんごめん。でも、よかった~! その様子だと、お兄ちゃんは大丈夫みたいだね』
「はぁ~? 心配しなくてもキチンと1人暮らし出来てるよ!」
『えっ? その意味で言ったんじゃないけどさぁ … 。もしかしてお兄ちゃん、知らないの?』
「何が?」
『ニュースみたら分かると思うけど』
何だろうと思いながらもテレビをつけてみると、ニュース番組をやっていた。
画面には、『東京都足立区に隕石落下!?』 というテロップが流れている。
ああ、さっきの隕石落下のことか。
しかもどのチャンネルを回しても、隕石落下のことしか報道していない。
「ああ、もうそんなに大ニュースになってたのか。ちなみに俺、現場に居合わせたんだけどな」
『ええっ!? お兄ちゃん、現場にいたの~!? どんな感じだった?』
「凄かったな。まぁ、面倒くさいからマンションに帰ったけど」
『ねぇねぇねぇ! もっと詳しく聞かせ … 』
プツリ!
そこで俺は通話を切り、ついでに電源を切ってからスマホをポケットにしまった。
まぁ … いちいち説明するのも面倒くさいので切りました。本当に俺って面倒くさがり屋だな。
『この隕石と思わしき物体は、東京都足立区を通っている荒川に落下したとの情報が・・・』
『今入ってきている情報によりますと、近くの民家の窓ガラスが割れ、女性2名が負傷したとの・・・』
『現場一帯は混乱を極めております。多数の野次馬達が荒川河川敷に集まってきており・・・』
はぁ … たぶん今夜は楽しみにしていたドラマが見られないだろうな。
ガッカリしながらテレビを消した直後、
「ふぁ・・・・・・・・・あぅ・・・・」
「!?」
突然声が聞こえたのでベッドがある方向に振り返ってみると、さっきまでベッドに寝ていた少女が起き上がってこちらを見つめていた。
「お、おい! もう起き上がって大丈夫なのか?」
「あっ … あうあ♪」
少女は可愛らしく両手を上げた。
俺は彼女に顔を近づけて、優しく問いかけることにする。
「君、名前は?」
「にゃ・・ま・・え・・?」
彼女は、まるで赤ちゃんが言葉を覚えたての頃と同じような口調でそう首を傾げた。
もしかして言葉が分からないのか?
「俺の名前は、黒壁連。連って呼んでくれ」
俺は指を自分の方に向けて、優しく大きな声でそう言う。
すると、
「れ … ん … ?」
「そう。連だ」
「レン♪」
彼女は俺の名前を元気よく口に出した。
俺の自己紹介は終わったけど、目の前の少女の名前が分からないんじゃ、何て呼べばいいのか困る。
でも少女の様子を見るに、彼女には名前なんかついていないのだろう。
だったら、俺が付けてあげればいいんだ。
とは言いつつも、どんな名前を付けていいやら。
そう俺が頭を悩ませていると、ふと少女が俺の袖を掴んできた。
「にゃぁ … ?」
「なっ!!」
少女が可愛らしく微笑んできたため、俺は思わず声を漏らしてしまった。
彼女の笑顔に胸を撃ち抜かれてしまった。
いやいやいや、俺はロリコンには目覚めてないぞ!?
小さな子供を可愛いと思うことは、小動物を可愛いと思うことと同じわけであって、決して恋愛対象として見ているわけではない。
幼女を可愛いと思うだけなら何の問題はないのだ! つまりロリコンではない!
幼女を異性の対象として見始めたら、もう危ない人間になってしまうけど。
「にゃぁ … 」と彼女はもう一度、子猫みたいにそう鳴いた。
もう名前は『にあ』でいいか。
俺は指を少女の方に向けて、優しく、ゆっくりと、大きな声で語りかけた。
「今日から君の名前は、ニアだ。ニアだよ?」
「ニア・・ニア♪」
嬉しそうな表情でそう繰り返してきた。
よし、今日からこの子の名前はニアに決定だ。
「れん・・・れん!」
するとニアは何かをすがるような目で、俺の目を見つめてきた。
しかも俺の名前を覚えててくれたようだ。
「どうしたの? ニア」
「にゃぁ・・・あうぅ・・・」
ニアは右手で自分のお腹をさする。
そうか、お腹が減っているのか。
「よし、分かった。ちょっと待っててな?」
俺はコンビニ袋からコンビニで買った弁当を取り出し、唐揚げ弁当の蓋を開け、早速一口サイズの唐揚げ1つをニアの口へと運んでやることにした。
「ほら、口を開けて」
「♪」
ニアの口の中に唐揚げ1つを入れてやると、彼女はそれを頬張った。
「どう? おいしい?」
「にゃっ!」
ニアは尻尾を揺らしながら笑顔を浮かべた。
その反応だと、美味しいのであろう。
「これは唐揚げって言うんだ。」
「かう・・・あ・・け・・?」
「か・ら・あ・げ」
「か・・・ら・・あ・・げ・・? からあげ♪からあげ♪」
ニアは嬉しそうにそう呟くと、今度は自分の手で唐揚げを掴みとり、頬張り始めた。
「あっ、ニア! 素手で食べると手が汚れるって!」
それからお箸の使い方を教えてあげたり、弁当に入っていた食材のことを教えてあげること早々2時間。
ニアが弁当を食べ終えた時には、時計の針は深夜0時を指していた。
「うおっ … コンビニ弁当食べ終えるだけで、2時間も消費してしまうとは … 」
「れん・・・?」
ニアが両手で目を擦りながら、俺の服の裾をグイグイと引っ張ってきた。
そりゃそうだよな。こんな時間だし、眠いに決まってるよな。
「よし。じゃぁ、もう寝ようか」
ニアをベッドの上へと寝かすと、ニアはニコリと笑った。
「おやすみ、ニア」
「おにゃすみ!」
そう言って、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。
「寝つくの早っ!」
彼女は怪我もしていたし、きっと疲れていたのだろう。
さて、これから先、この少女をどうすればいいのか?
獣耳・尻尾が生えているからには、人間ではないのは確かだろう。とは言っても、獣耳・尻尾以外は普通の人間と変わりない。
精神年齢が低いのか、言葉もあまり話せない様子。
さて、困ったものだ。
まぁ … とりあえず今日は寝ることにしよう。