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千年世界録  作者: 氷室冬彦
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6 談話と一部の友好関係

 ダウナ国とロワリア国は昔から同盟関係にある協力相手だ。セレイア国という共通の敵に対抗するために手を組んだことがはじまりだったが、今ではセレイアのことを抜きにしても友好的な関係を築いている。


 ダウナ・リーリアはもとより穏健派だ。無駄な争いは好まず、東大陸随一の大国となった経緯に関しても、武力をもって制圧した土地を自らの新たな領地として国土を広げてきた過激派のセレイアとは違い、周辺の弱小国の化身や国未満の領地などの領主と話し合いの席を設け、それらの領土を自らの庇護下に置くことで国土を拡大してきたのだ。


 建国が叶わず立場が不安定なままの小さな領地に住む者たちにとっては、建国から一貫して穏健派と知られている強国ダウナに下ることで得られる恩恵は非常に大きい。とくに代表的なものとして、まず警備隊が配置されることで継続的な治安維持の手段が得られることがそのひとつだ。


 警備隊という組織には国境がない。中央大陸に総本部があり、試験に合格した新入隊員が世界各地から集められ、出身や人種に関係なく各大陸の各部隊に配属される。細かい規則などは各国の部隊ごとに異なる場合があり、罪人への処罰に関しても各国の法に基づいて活動しているが、基本的に警備隊は世界規模の治安維持部隊なのだ。


 だからこそ、というべきか、警備隊は常に人手不足である。ゆえに、世界中のすべての領地にまではその手が届かない。警備隊が配属されている――安定した治安維持手段が得られる――のは、国の化身が存在し、正式な国家として成立している地域のみである。国というものは、ロアやダウナのような国の化身が世に顕現したことではじめて「国」として認められるのだ。その土地に化身があらわれることを建国と呼び、絶対的な力を持った化身を祀り、そこからようやく国としての領地の運営がはじまる。


 反対に言えば、その土地がどれだけ栄えていようとも化身が顕れなければ国ではない。ただの町村や集落である。警備隊の協力を得られない彼らは、代わりとなる自警団を民間で発足して治安維持に努めているのだが、素人同士で鍛え合っただけの集団ではどうにもできない危機的な状況に追い込まれることもある。自警団の存在があるに越したことはないが、やはり警備隊に比べると大なり小なり質が劣ってしまう。


 軍事に余裕のない弱小国に関しても似たことが言える。武力に恵まれず、戦うことではなく農業や漁業、商業などによりいっそう力を入れ、貿易を通して他国と友好的な関係を築き、波風を立てないことで国の自立を成り立たせている国は多い。ダウナはそういった、治安維持や国の防衛面に不安のある領地を守っているのだ。合衆国ダウナのすべてがすべて、というわけではないが、その国土のうち四割ほどが彼の庇護を求めて集った弱き領地たちで、あとの六割は、彼から直接吸収合併の話を持ち掛けられた国と、自ら志願して彼の下についた国とが半々。


 多くの領土や国を束ねて強大な合衆国へと成長したダウナだが、ではいったいどれほどの手腕を持つカリスマなのか。角の立たない話し合いや取り引きのみで国土を拡大してきた、その巧みな話術と頭脳を持つダウナ・リーリアの実際の人となりは、その頭の中はどのように働き、いかほどの思考力と決断力を持っているのか。


 実際のところ、ダウナ・リーリアはただの愛想のいい温厚な青年だ。あれこれと策を講じて手をまわし、知恵と機転で状況を掌握することができるような人物ではない。むしろ思考力は薄く、浅い。なにもせずぼんやりと空を眺めていたら一日が終わっていたと笑って話すような、虚ろで単純な能天気だ。


 国土を広げるために支配セレイアとは真逆の穏便な手段を取り、過激派のセレイアと穏健派のダウナという対比を見せつけることで、両国が真逆の性質を有していることを周囲に知らしめながら味方を募り、慈悲と恩恵を振りまくことで自らに下った者たちからの忠誠心を育てる。セレイアとの間に正義と悪の構図を作ることで大陸外の国にも好かれやすく印象操作をおこない、さまざまな国との交易にも有利な状況を作り上げる。


 ――ダウナ・リーリアが、そして彼が率いる合衆国ダウナが現在の立場に収まることができたのは、彼にそう進言した参謀役がいたからだ。ダウナはその提案の表面部分、つまり「支配とは真逆の手段を選ぶことがセレイアへの当てつけになる」という単純な理由だけで話に乗り、実行に移したのだ。化身や領主たちとの実際の話し合いがうまくいったのはダウナ自身の人の好さから得た結果だが、彼の大きな行動の半分は、とくによく練られた策を講じているなと感じた場合は確実に、その作戦の原案は他の誰かが彼にすすめたものなのだ。


「いやあ、昨日話していたとおり、リーズくんは来たのかなあと思ってさ。ダウナくんともしばらく会えていなかったから、久しぶりに挨拶でもしたかったんだけど」


「そんな話をしていたんですか? でも惜しかったですね、ダウナさんはついさっき帰られましたよ」


「仕事の邪魔になるといけないと思って午後に来たんだけど、ひと足遅かったみたいだね」


 特別談話室にて、セルとリーズは挨拶も早々にソファに腰かけた。ロアは新しく淹れたコーヒーをテーブルに置くと、並んで座っている二人の正面に腰をおろす。


「二人とも礼を見てびっくりしていたよ。ところで、ダウナは最近忙しいのかい? いつもなら仕事が終わったあともしばらくはここに留まるのに、今日はやけにさっさと帰っていったよ」


「そうだよね、ダウナくんはロアさんの熱心なファンだもの。だから僕もダウナくんはまだいるだろうなと思ってゆっくり来たんだけど……」


 リーズが一瞬きょとんとした顔で二人を見てから、少し遅れて、ああ、と納得した声をもらした。


「お二人ともいえが遠いからご存知ないんですね。セルーシャさんは普段あまり他国との接点もありませんし……実は、今夜スーリガさんが帰ってくるそうなんです」


 スーリガというのはダウナの隣国だ。もともとはダウナ国内の領土だったのが独立してひとつの国家となった、簡単に言えばダウナの弟のような存在である。優秀な参謀でもあり、ダウナ国が国土を広げることになったキッカケはスーリガからの進言があったからだと聞いている。彼は国の化身だがジオと同じく守護神の契約者でもあり、炎の権能を宿す炎神の現身だ。少々特殊な存在ではあるが基本的な部分はロアたちと変わらない。


 そして、これはロワリア建国前のことなのでロアは当時のことを知らないが、いつかセレイアとの戦いに敗れた際にダウナはスーリガを奪われてしまったらしい。領土が――というより、化身であるスーリガ本人をそのまま直接拉致したのだ。その以前からダウナとセレイアは反りが合わずいがみ合っていたのだが、スーリガが捕らわれてからはその対立関係が一気に悪化し、ダウナはセレイアに対してより強い敵意と怒りを抱くようになった。


 ダウナとセレイア、ロアとセレイア。その敵対関係が激化したのは比較的最近のことだ。世界各地で国同士の戦争が激発していた、歴史学上で「大戦時代」と呼ばれているひとつの時代がある。約百五十年程度に渡って続き、今から二百年ほど前に「ロドリアゼル終戦宣言」と呼ばれる節目を迎えて収束した激戦の時代。それ以前から戦争自体は珍しくはなかったのだが、その百五十年間がとにかくひどかった。その時代に生まれてしまった人間たちには悪いことをしたと思う。


「へえ。そうだったのか、スーリガが……そんな事情があるんなら、うちに来るのはまた後日にしてくれてよかったのに。どうせ今年の戦勝記念祭の式典についての打ち合わせばかりで、さほど重要でもないんだから」


「えっ、いえ、記念祭は非常に重要かと……」


「ロアさんは昔から、記念日とかはあまり執着しないほうだよね。建国記念日すらお祝いしないし。ダウナくんやリーズくんみたいに国を挙げての記念式典パーティーでも開いたらいいのに」


「建国記念のパーティーなら各家庭でやっているだろう」


「にぎやかで楽しいことはお好きだったのでは?」


「私が好きなパーティーは式典ではなく宴会だ。かしこまった場は肩が凝るばかりで楽しくないから嫌なんだよ。それに国を挙げて祝うことはしなくても、リンとジオと三人で普段より少しいいものを食べるくらいはしているからいいだろう」


「記念日を大事にするダウナさんとは正反対ですよね」


「少なくとも、毎年やっている記念祭よりは、たまにしかないスーリガの帰省ほうが私にとっても大事なことだよ」


「ダウナくんはああ見えてまじめっていうか、律儀なところがあるから。仕事に私情を挟みたくなかったんだね」


 ちなみに国同士の戦争と言うのは主に化身同士の一騎打ちのことだ。人間が軍に徴兵されて参戦する場合ももちろん多くあるが、基本的に化身は人間とは戦わない。人間が戦うのは同じ人間相手のみ。力の差がありすぎるからだ。化身に対して人間の軍勢をぶつけたとしても、大抵の場合は人間が一方的に虐殺される結果になってしまう。殺し合いに規則もクソもないが、化身たちの間にはそういう暗黙の了解がある。


 ロワリア国に軍がないのはそのためだ。ただでさえ少ない民草の命を無駄に消費するわけにはいかない。そもそも、こういうときにこそ民草を守る盾となり、矢面に立つために存在するのが化身ロアなのである。軍隊を持たないロワリア国と戦う場合、多くの場合は相手国も軍隊を持ち出せない。なのでロワリア国が戦争を仕掛けられても、ロアが勝ちさえすればロワリア国民に被害はないのだ。


 先の大戦時代で、ダウナとロワリアはセレイアという共通の敵を打倒するために手を組み、かの暴虐の化身に打ち勝つことで長きに渡る因縁にひとまずの決着をつけた。その日を戦勝記念日と定めて毎年ダウナで式典を開くのだが、ロアは最初の一回以降は、面倒でこそないがとくに楽しみにしているわけでもない。


「スーリガくんもなかなかわからない人だよね。ロアさんたちが勝ったとき、本来なら彼も本国に帰れるはずだったんだろう?」


「今はセレイアさんの補佐官として働いていますね。たしか、ダウナさんがスーリガさんを返すように言ったとき、スーリガさん本人が帰還を拒んだんでしたよね」


「ダウナがこの世の終わりみたいな顔で絶望していたよ」


「目に浮かぶなあ」


「結局、スーリガ国がセレイア国領のままなのかどうかについても、なんだかうやむやなままですし……支配状態からは脱しているようですが」


「ああ。セレイアはスーリガ本国や民草からも手を引いたようだが、はっきり国土返還がおこなわれたとは宣言されていない。国務は本人がおこなっているようだけど……実質、今はダウナが管理しているようなものだね。国内で問題が起きても、スーリガはなかなか現地に向かえないし」


「仕事はちゃんとしていて定期的に帰郷もしてるってことは、自国を捨てたわけじゃないだろうし。うーん、セレイアくんの家ってそんなに居心地よかったかなあ?」


「悪いだろう」


「よ、よくはないと……思います」


「セレイアもセレイアだな。戦時中ならスーリガを手元に置いておくのもダウナへの戒めになるし、なにより戦力としても強力だから意味があったが、今はどうだい? 意味がないどころか……」


「あー。たぶん、セレイアさんは優秀な人手が減ると困るだけですね……」


「まったく情けないな。さっさとスーリガを帰して一人で過労死すればいいのに。……ところで、スーリガが帰省する予定で、ダウナが早く帰ったということは……」


「早めに帰って部屋の掃除を済ませないといけないって言っていましたよ」


「やっぱり、僕もそうじゃないかと思った」


「出迎えのためじゃないのがダウナらしいな」


「ダウナくんは相変わらずなんだね。東のほうはこれといって変わった話は聞かないけど、南は最近どうなの?」


 ロアは残り半分になったコーヒーに口をつけ、飲み込んだ液体が食道を通って胃に落ちるまでに近況をまとめた。


「そうだなあ……うちはとくに、礼たちが来たこと以外はなにもないな。隣のレスペルでもこれといって気になる話は聞かないし……リラの近くの領地で領主が新しい子に変わったとか、ウィラントの傭兵団が警備隊から表彰されたとか、そういう平和な話をいくつか聞いたくらいだね」


「南大陸は他と比べてあんまり大きな事件は起きないよね」


 リラというのは南大陸の東南方面にある国だ。南大陸一の大国であるウィラントの隣国で、両国は昔から姉妹のように仲がいい。セルは相槌を打ちながらコーヒーに手を伸ばす。


「リラちゃんは元気? 僕は会議のときくらいしか会わないけど、ロアさんはよく彼女の様子を見に行くんだろう?」


「元気にやっているよ。リラには忠実な部下もいるんだし、私たちが心配しなくても、これからもうまくやっていくだろう」


「あの子もなんだかんだタフだよね。リーズくんもだけど、二人ほどの――」


「すみませんセルーシャさん、どうして僕の前で彼女の話をするんですか?」


 リーズが困ったような笑みを浮かべながらセルの言葉をさえぎる。表情も声も今までとなんら変わりないいつものリーズ・ベルグだが、目の奥に若干の怒りと嫌悪がにじんでいるのが、真横で彼の顔を見たセルにはしっかりと見えていただろう。はっきりとした拒絶の言葉にセルはにこりと微笑みを返す。


「あはは。ごめん、仲が悪いんだったね。セレイアくんとロアさんくらい普段からバチバチに喧嘩してくれていたらわかりやすいんだけど、リーズくんはいつも穏やかだからつい」


「ロアさんもひどいですよ。僕がその話を嫌がるのをわかっていて名前を出すんですから」


「まあ君たちの事情は本来、私とはなんの関係もないからね。それに君だって私やダウナの前でも平気でセレイアの名前を出すじゃないか。おあいこだよ」


 温厚で控えめな人柄のリーズは、その優しげな態度や謙虚で礼儀正しい姿勢も相まって非常に人好きのする青年だ。人間たちに対しても上から見ることはなく、自国の民草に対してまで腰の低い彼は多くの人々から慕われており、それは化身たちにしてもそうだ。人を選ぶような性格のセレイアとも友好的な関係を築いており、少し世間知らずなところがあるものの、ロアもセルも彼のことはよき友人として好いている。


 ただし一国ひとりだけ、そんな彼と相容れない国が存在する。それがリラだ。セレイアとロアたちが陸地で何度も派手にぶつかり合う傍らで、リラとリーズベルグは海の上で静かに睨み合い、冷静に冷酷に殺し合っていた。二人の仲と比べてしまうとロアとセレイアすらも仲のいい部類に入ってしまいそうなほど、二人の仲は壊滅的なのだ。


 大戦時代のある一戦で、リラとリーズはお互いに戦士として致命的とも言える傷をその身に受け、戦いは痛み分けのまま現代に至った。今でも両国は冷戦状態で睨み合っていると言われているが、既に二人とも昔のようには戦えない身となっているため、事実上の終戦である。


 セレイアとロアもたしかに不仲だが、互いを嫌っていても仕事は仕事と割り切れる。私情はいったん脇に置いて、仕方がないことだと自分に言い聞かせて顔を合わせている。会議でも軽口程度の暴言こそぶつけ合うが、こなすべき職務を置いて殺し合いをはじめたりはしない。仕事を間に挟めば普通の会話ができるのだ。


 しかしリーズとリラは違う。国際会議――とくに他大陸の化身も交えての会議が開かれる際は、同じ会議に二人を出席させようとしてはいけないという暗黙のルールが追加されているくらいには、二人はその不和に折り合いがつけられない。出席者一覧に互いの名前があると、二人ともなにかと理由をつけて欠席するのだ。名前を呼びたがらないのは序の口。国土に近付くことすらしない。仕事と割り切ることすらできないほど、同じ空間に身を置くことが苦痛なのだ。ロアの所感としては、リラよりもリーズのほうが相手を嫌う度合いが強い。


 なにがキッカケでそこまで関係がこじれてしまったのかは本人たちしか知り得ないことだが、ロアとセレイアの間にもセルやリーズには話していない事情があるのだから、彼らの不仲もそれとまた同じことだ。わざわざ深掘りすることではないし、尋ねたところでリーズははぐらかすだろう。


「セレイアくんとロアさんはいつも派手に殴り合っているから、いっそさっぱりした感じだけれど、君たちはお互いへの嫌い方がちょっと陰湿なんだね。少し怖いようなおもしろいような。もうしないよ、次は気を付けるから機嫌をなおして」


「おもしろがらないでくださいよ、もう。他国ひとのトラブルを……」


「わかったわかった、それじゃあ別の話をするとしよう」



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