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千年世界録  作者: 氷室冬彦
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3 特別的な談話室に招かれざる客

「なんだなんだ、ここはこんなにガキの多い場所だったか? いや最初からガキしかいねえか」


 突然響いてきた苛立っているような男の声にロアは眉をひそめた。それまでの優しげで包容力のある雰囲気をまとった微笑が瞬時に消え、嫌悪と憎悪と怒気の隠しきれない鋭い目つきへと豹変する。あまりの変わりように礼と郁夜は戸惑いを隠しきれず、ただ扉の前に立っている青年のほうを見た。


 左右非対称の銀髪は蛍光灯の光を受けて真っ白に輝いている。髪の色とは正反対に、その吊り上がった目は黒い。十字架のピアスとチョーカーを着けているためか、右頬にある十字の傷だか刺青だかも十字架の形だと思える。それだけ宗教的なモチーフを身に着けているにも関わらず、神聖さや信仰心などがあるようには一切思えない粗暴な印象の立ち姿。背は高いが胴はやや細めで、見たところ二十代半ばほどだろう。


 明らかに不機嫌な顔をしているロアが、突き刺すような目で男を見、低く威圧的な声で返す。


「なんでお前がここにいるんだ、セレイア」


 セレイアと呼ばれた青年が実に嫌そうな顔で舌打ちをした。


「俺様が好き好んでこんなところに来るわけねえだろ。仕事があるから仕方なく来てやったんだ、感謝しやがれ」


「誰がお前なんかに感謝すると思うんだ」


「だから前々から言ってんだろうが、もっと従者を置けってよ。だから来客に対応できねえんだろ。なんで俺がてめえを捜して歩きまわらねえとなんねえんだよ」


「少なくともお前のために置く従者はいないね。そのおかげでお前が無駄な労力を割くことになるなら、これからもその提案は受け入れずにおこうか」


「年上のアドバイスは素直に聞いたほうがいいぜ。口の減らねえクソ生意気なガキが」


「頼んでもない助言をして感謝をせびる恩着せがましいジジイとどっちがマシかな?」


 今にも殴り合いの喧嘩がはじまってしまいそうな張り詰めた空気が流れる。しばらくは両者とも無言で、ただお互いに睨み合っていた。


「ロアの友達?」


 沈黙をやぶったのは礼の呑気な質問だった。その言葉にロアがぱっと勢いよく振り返って礼の肩を掴むと、先ほどまで礼たちに向けていたのと同じ優しい声と表情を見せた。


「礼、世の中には言ってもいいことと悪いことというものがあってね。私はそこにいる白髪の男が大嫌いなんだ。だから私とあいつが友達なのかなんて、そんなふざけたことは言ってはいけないよ」


「頼まれてもなってやんねえよ」


「は? どう考えてもこっちのセリフだろ」


 いつまでも終わる気配のないいがみ合いを見かねたジオが、喧嘩を止めるように二人の間に割って入る。ロアに詰め寄ろうとしていたセレイアを手で押しのけて礼と郁夜に言う。


「こいつはセレイア・キルギスだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう」


 ロアに威嚇されているこの青年は、西大陸随一の大国セレイアの化身だ。横柄な乱暴者として名高い暴虐の化身。犯罪国家と揶揄されることも今となっては日常的で、国内の治安の悪さは世界一と言っていいだろう。彼の強さを畏怖しつつ称えている国家もあるが、彼を忌み嫌う国家はそれ以上に存在する。ロアは後者だ。


「で、このガキどもはなんだ? ここはいつから託児所になったんだよ」


「わけあって帰る場所を失った子たちで、昨日保護したばかりだ」


 手短に事情を話すと、セレイアはどうでもよさそうに礼と郁夜を見た。


「事情はともかく、どうすんだこいつら。この国に孤児院なんて気の利いたモンあったか?」


「残念ながらないんだよね。そもそもこの国では孤児なんて出ないから、今のところは養護施設も必要がないのさ。どこかの誰かさんのうちとは違って治安がいいのでね」


「ほう? そいつは誰のことを言ってんだろうなあ?」


「さあ、誰のことだと思う? 少なくとも君のことだとは言っていないけど、もしかしてなにか心当たりでもあるのかい?」


 ロアは挑発的だ。確実にセレイアのことを言っている。事実セレイア国にはいくつもの孤児院があり、そのうえ国内に数多く現存する教会や修道院のほとんどに孤児院が併設されている。治安という点においても、ロワリア国とは天と地以上の差があるのだ。仕事で顔を合わせるたびにこうなのだから、まったく毎度のことながらよく飽きないものだとジオとリンも思わず失笑してしまう。


「施設は近くで空きがあるところを探すさ。だがそう急がなくてもいいだろう。いくらなんでも、二人だって住み慣れた土地から急に遠く離れた場所で暮らす選択をするのは勇気がいる。知らない土地には抵抗もあるだろうし」


「ならどうするのよ、まさか……」


「今すぐ決めなくちゃいけないことでもないさ。セレイアとの仕事が終わってからでも、昼食を済ませてからでも遅くはないし、今日中に決めなければならないなんてこともない」


 ロアはまっすぐに礼と郁夜を見た。


「これからどうするか。どうしたいか。あせらなくていい、じっくり考えてみなさい。私たちもできるだけの手助けはするから、答えが出るまではここにいなさい」



 *



 ロアの機嫌はどちらかというといいほうだった。機嫌がいいといっても、もちろんセレイアが来たからではない。セレイアがやってきて喜ぶことなど、ロアがロアである限り絶対にありえないことだ。その逆で、セレイアが帰ったあとだから機嫌がいいのだ。


 今日だけに限らず、セレイアがロワリア国を、あるいはロアがセレイア国を訪ねる日というのは、国家としての仕事の関係上どうしても定期的にやってくる。セレイアと別れたあとのロアは大抵機嫌がいい。セレイアと会う前日は憂鬱だ、なんなら前々日から憂鬱だ。当日その瞬間などは最悪だ。いざ仕事に取り掛かればさほど気にならないが、少なくとも気分がいいなんてことにはならない。そしてこなすべき事柄がすべて片付き、終わったあとの解放感。これでこれからしばらくはあの男の顔を見なくて済む――ロアにとってそれは最高に喜ばしい。


 ロア・ヴェスヘリーとセレイア・キルギスの関係性は、当人同士の間ではいろいろと複雑な部分があるのだが、大部分はやはり敵意と嫌悪から来る不仲が占めている。国の化身たちの中で二人の壊滅的な不仲を知らない者はいないほどだ。


「やあ、本当にそっくりなんだねえ。不思議だなあ」


 本日二国ふたり目の来訪者――北大陸にある雪国セルーシャの化身、セル・テルシャは礼とロアを見比べて楽しそうににこにこ笑った。やや黄味がかったような白髪に、緑と紫のオッドアイ。雪国セルーシャ特有の色白の肌。中性的な顔立ちで麗しい笑みを浮かべた青年は、いつもどおりのロングコートとマフラー姿で唐突にやってきた。


「ロアさんが髪を切ったら本当に見分けがつかないかもね」


「残念ながら今のところは髪を切る予定はないね」


「なら礼くんが髪を伸ばしてみるかい?」


 ロアが笑って便乗する。


「はは、それはいい。ぜひそうするといい」


「やだよ、女みたいじゃん」


「礼はまだ体が小さいから、もしかしたらそう見えてしまうかな」


「大人になったら違うの?」


「たしかにこのあたりだとあまり長髪を見かけないかもしれないが、髪の長い人間の男くらい今まで何人も見てきたよ。君くらいの少年からおじいさんまでね。私たちみたいな国の化身にだっているんだぜ」


「ほんとに?」


「そうだね、僕たちに性別の区分は無意味かもしれないけれど……化身でも人間でも、信条があったり美意識の問題で髪を伸ばす男性はたくさんいるね。もちろん理由なく伸ばす子もいる。おかしなことじゃないから髪型くらい好きにしていいんだよ」


「スヴィル国だとロングヘアの男性やベリーショートの女性は、男らしくない女らしくないと白い目で見られるが……逆に言えば、そんな見方をするのはスヴィル人くらいのものだ。世の中の人間のほとんどは髪型ごときでどうこう言ったりしない」


スヴィルあそこは本当に居心地が悪いね」


 スヴィルとはセルーシャと同じく北大陸にある国の名だ。男尊女卑の思想が強い国で、性差別の国と揶揄されるほど男女による格差が激しい地域だ。スヴィル人は男性らしさや女性らしさの規範にこだわる傾向にあるため、気弱な男性や男勝りな女性はもちろん、髪型ひとつでも批判の対象となり得てしまう。


「でもたしかに、礼くんはまだ幼くて体も小さいから、もう少し大人にならないと女の子っぽく見えてしまうかも」


「まあ本人が嫌ならそれでいいさ。ところでセル、今日はどうしたんだい? 君との仕事の予定はなかったはずだけど、なにか問題でも?」


「うん、とくにこれといった用事があったわけじゃないんだ。実はさっきたまたまセレイアくんと会ってね。ロアさんのところに、ロアさんそっくりの男の子がいるって話を聞いたから、気になって見に来たんだ」


「ああ、あいつが」


「結構みんなに言いふらしてるみたいだったから、たぶん他のみんなも来るんじゃないかな?」


「見世物じゃないんだけどな」


 自国じたくが別の大陸にある化身たちと会うにはいい機会かもしれないし、セルのように仲のいい化身たちが来てくれるのは大歓迎だ。ただその情報の発信源がセレイア・キルギスであることが気に入らない。もしロワリア国とセレイア国の関係を噂程度にしか知らないような他国の化身やその民草に、両国は実は仲がいいのではないか、などという誤解でもされてしまったらどうしてくれようか。


「みんなロアさんと会うための口実がほしいんだよ。僕も礼くんをひと目見たくて来たのはたしかだけど、一番はやっぱり久しぶりにロアさんに会いたくて来たんだし。そういえばリーズくんもね、最近はロアさんと顔を合わせる機会がなくてさびしがっていたよ。たまには顔を見に行きたいけど用事がない、機会がないって」


「用がなくても歓迎するといつも言っているのにな。明日はダウナとの仕事があるから、もしかしたら一緒に来るかもしれないね。あの二国ふたりは仲がいいし、いえも近いから」


 ダウナは東大陸にある大国で、リーズというのは東大陸の北の海に浮かぶ島国リーズベルグのことだ。


「ところでセレイアくんの話だと、ロアさんが保護した子どもは二人いるって聞いていたんだけど……」


「ああ、郁夜は熱を出してね。今は薬を飲んで寝ているんだ。保護したときは二人とも雨に濡れて体が冷えきっていたから」


「大丈夫なのかい?」


「リンが看病しているよ。熱があると言っても微熱だし、今日一日しっかり休めばすぐに治るさ。子どもは回復が早いからね」

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