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千年世界録  作者: 氷室冬彦
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2 瓜が二つに明かされない関係

 まるで保護したての野良猫のようだな、と少年たちを見たリンは思った。緊張した様子のままジオに捕まっている少年二人をシャワー室に連行し、汚れを落として身体を温めている間にジオやロアが持っている服から着替えを選び、二人がそれまで着ていた服は洗濯室へ。


 着替えの済んだ二人を談話室のソファに座らせて、腹を空かせているだろうから話を聞くのはなにか食べさせてからにしようと考えたのだが、軽食を用意する間に二人とも眠ってしまったようだ。結局、話を聞くのは夜が明けてからという結論に落ち着き、二人を客室のベッドに寝かせたあとで各々自室に戻って休むことになった。


 そして翌朝。起きた二人がまた逃げ出さないように備えたのか、ジオはまだ日の昇りきっていない早朝のうちから少年たちが眠っている客室で待機していたらしい。リンが朝食の用意をして談話室に運んだところに、彼が少年たちを連れてやってきた。


 リンの義理の姉であるロアと瓜二つの容姿を持つ少年、礼と、茶髪の少年、郁夜いくよ。二人は空腹に腹を鳴らしながらも差し出された朝食になかなか手をつけようとしなかった。郁夜のほうは明らかにリンたちを警戒している様子で居心地が悪そうだったが、礼のほうは昨夜ほど警戒心が表に出てはおらず、ただなにを考えているのかわからないような目でリンたちを見ていた。


 そうこうしているうちにロアがやってくる。ジオが淹れたコーヒーを飲みながら、少年たちのためにグラスを用意しオレンジジュースを注ぐ。ロアもジオもジュースは飲まないが、リンがそれを好んで飲むために常備されているのだ。


「冷めないうちに食べるといい。お腹がすいているだろう? リンが焼いたタマゴはおいしいよ」


 ロアがそう言って少年たちに食事をすすめた。町で買ってきたパンと、ベーコンエッグにソーセージとサラダを添えただけの簡単な朝食だ。先に手をつけたのは礼だった。茶髪の少年、郁夜のほうはしばらくテーブルに用意された朝食と礼とロアとの間で視線を行ったり来たりさせていたが、やがて観念したようにパンを手にとった。


 よほど腹が減っていたらしい二人は、出された朝食をキレイに平らげると、ほっと安堵したようにため息をつく。リンは料理人ではなく、ただ生活のために料理の仕方くらいは知っているという程度で、特別腕に自信があるわけではなく、誇りも矜持もない。ただそれでも、この見知らぬ子どもたちが、空腹というスパイスがあったとはいえ自分が作った食事を夢中になって食べている光景を見るのは、なんとなく気分がよかった。


「君たちは友達同士かい?」


 ジュースの入ったグラスを手にとった二人にロアが尋ねる。礼が頷いた。


「昨日会ったばっかだけど」


「そうか、歳も近いようだしね。ところで、どうして君たちはあんな遅い時間に外にいたんだい?」


 郁夜は礼のほうをちらりと見て、少しうつむいた。無表情だが、どことなく悲しそうな様子だ。礼は手に持ったグラスの中で揺れているオレンジ色の液体を見つめて、うーん、と長くうなった。


「行く場所がなかったから」


「家出かい?」


 礼が首を横に振る。郁夜が隣で訂正した。


「帰る場所がない」


「うん。俺の家は焼けちゃった」


 礼があっけらかんとした様子でそう付け足すと、ロアとジオが顔を見合わせて頷き合った。リンのあずかり知らないところで、二人だけなにかに納得したらしい。


「ということは……やっぱり君が、行方不明になっていた來坂家の子か」


「報告にあった名前とも合致している」


「火事があった家の子ってこと? ジオ、あんた調べてたんならなんで昨日のうちに警備隊に連絡しなかったのよ」


「子どもを二人保護したという連絡ならした」


「行方不明の子ってことは?」


「ほとんど間違いないだろうとは思っていたが、本人から話を聞くまで確実なことは言えない」


「なによそれ、もう……」


「どうあれ、向こうにはこちらで対処すると伝えてある。また改めて連絡すればいい」


 リンとジオがぶつくさと小声で言い合いをしていると、ロアが改まった様子で口を開いた。


「礼、君の母親なんだが――」


「母さんじゃないよ」


 礼がきっぱりと言う。紫色の大きな瞳がまっすぐとロアを見た。


「母さんは俺がもっと小さいころに死んだよ。父さんは俺が六歳のときに死んだ」


「つまり、昨日の火事で亡くなった女性は、君の父親の再婚相手で、二番目の母親ということかい?」


 礼は頷いたが、どこか不服そうだ。


「でも母さんじゃないよ。父さんは口元が似てるって言ってたけど、俺はそう思わなかった」


 あの人は母さんじゃない――もう一度そう繰り返した彼の目はひどく冷めている。ロアは顎に手を当て、ふむ、と少し考え込んだ。


「血のつながりもなけりゃ、母親だと思ってもいない赤の他人と何年も暮らしていたのか、複雑だね。君はきっと、君のお父さんがそれで幸せになれるならと再婚を受け入れたんだろう。まさかこんなことになるとは思わなかっただろうね」


 礼はむくれた様子で顔を逸らし、自分の話はもういいとでも言うように郁夜を見た。


「郁はリワンに住んでて、家はあるんだけど、帰ってももう誰もいないよ」


 郁というのは郁夜の愛称だろう。昨日出会ったばかりだと言っていたが、既に仲がいいようだ。昨夜にロアが二人に名前を聞いたときも礼がそう紹介していた。郁夜本人が訂正しなければそちらが本名だと誤解するところだった。


「もう誰もいない、というと……」


 ロアがリンのほうを見る。


「わ、私はなにも知らないわよ」


「だろうと思ったよ。ジオ、警備隊から火事の件以外でなにか報告は?」


「リワンの村で子どもが一人行方不明になったという話は聞いている」


「それじゃあ――」


「違うよ」


 礼を見る。ロアとジオも彼を見ていて、三人分の視線が一度に集まったにも関わらず、礼は平然としている。やはりなにを考えているのか読めない目をした少年だ。


「いなくなったのは郁の友達だよ。その子を探しに行った人の中に郁の父さんがいたんだ。お母さんは郁が生まれてすぐに病気になったんだって」


 礼と郁夜によって打ち明けられた出来事は、リンの想像を超えた壮絶なものだった。


 郁夜が住んでいた村と、隣国のレスペルとの間にある国境代わりの森。そこにはある廃屋が取り壊されずに残っており、そこに村の子どもが四人ほど肝試しに向かったらしい。他の子どもたちは何事もなく帰宅できたのだが、帰り道の途中で落とし物に気付いた一人の少年が廃屋に引き返し、それきり帰ってこなくなった。その行方不明になった少年は郁夜の唯一の友人だったという。


 そして、その子どもの両親と郁夜の父が、行方不明になった少年を捜しに廃屋へ向かった。しかし少年を見つけて帰ってくるどころか、その少年を捜しに行った三人までもが音信不通となり、村人たちはようやく自分たちの手に負えない状況であることを察して警備隊を呼んだ。村では外出禁止令が出て、警備隊は村人たちから詳しい話を聞く傍らで廃屋の調査に向かった。


 一方で、郁夜は一人で家を抜け出して廃屋に向かい、そこで友人とその両親、そして自分自身の父親の変わり果てた姿を発見したそうだ。礼と郁夜が出会ったのもその廃屋でのことらしい。そこにはカルセットが棲みついており、二人もそれに遭遇してしまったのだが、どうにか討伐を果たして逃げ出してきたらしい。


「礼、郁夜はともかく、君はどうしてその廃屋にいたんだい?」


「えー、だって……家が燃えてるから」


「いや……それはそうだろうが、君が一緒に住んでいた女性がどうなったか気にならなかったのかい? 火事に気付いた近くの住民たちが消火活動をしていたようだが、参加しようという意思はなかったのかい? 家がなくなると君も困るだろう?」


「別にないよ。あの人はあの人で逃げると思ったし、家が燃えてなくなるなら、もう帰らなくていいって思ったよ。なくなったんでしょ? なら俺はそのほうがいいよ」


 なんでもないように答える礼に、リンはなんだかやるせない気持ちになる。血のつながりはなく、家族と認めたわけではなかったとはいえ、最低でも四年は一緒に暮らしてきた仲だろうに。義理の母の無事を心配するだけの情すらも芽生えず、礼はこのまま家がなくなればいいとまで思っていたのだ。二人とつなぎとめている唯一の場所である自宅がなくなれば、帰る場所がなくなれば、もうその女性と暮らさなくていいのだと。こんな幼い子どもが、衣食住を捨てて根無し草になることを選ぶほど、義母との生活を苦痛に感じていたのだ。


 郁夜を見る。彼も彼で哀れな道を辿った子だ。唯一の友、唯一の肉親を喪い、自宅に帰ったところで誰も出迎えてはくれないのだ。外出禁止令を破って外に出ているのを見つかりたくないという気持ちもあるだろうが、そもそも、自分以外に誰もいなくなってしまった自宅に帰りたくないという気持ちのほうが大きいだろう。それに、なによりも親しい者が殺害された無惨な姿をも見てしまっているのだ。遺体がどれだけ凄惨な状態だったのか、リンには想像することしかできないが、こんな子どもが見ていいものではない。トラウマにならなければいいのだが。


 隣に立っているジオを横目で見る。いつもどおりのポーカーフェイスだが、すぐにこの二人の身許を警備隊に引き渡す判断をしなかったあたり、二人の事情を聞く前から既に思うところがあったのだろうか。ロアは礼の右手のほうを指さした。そこでようやく気付いたのだが、礼は右手の小指と薬指に包帯を巻いている。


「それで、包帯を巻いているということは……君が着ていた服の袖についていた血は、君のものかい?」


 礼は左手で右手をさっと覆い隠す。明らかに動揺した様子だ。


「あ……これは、さっき言ったカルセットと戦ったときに……」


「怪我をしたんだね。切り傷かい? 手当ては?」


「いいよ、たいしたことないし……」


 礼が口ごもった隣で郁夜が答えた。


「指を切られた。二本とも」


「えっ」


 ロアとリンが同時に声をもらす。礼が両手を振って弁明する。


「いや、でももう治ったから平気だよ」


「治ったって言うけどあんた、切られたって、切断されたってことじゃないの?」


「そうだけど……郁、なんで言うんだよ」


「え、だって……」


「どういうことだい?」


 ロアが問い詰める。礼はもごもごと言いよどんでいたが、やがて頭の中の整理したのか事情を打ち明けた。


「えっと……実は、昨日の夕方くらいに……どのあたりかな、歩いてたら女の子がいて。いろいろあったあとだったからすごい疲れてたし、手もだけどあちこち痛かったし、ちょっと気持ち悪くなってきたから休んでたんだよ。そしたら、どうしたのって聞かれて。怪我のこと話したら、治してあげるって」


「女の子? 年齢は? 治すと言ってもどうやって……」


「歳はわからないけど、俺たちより小さかったよ。よくわからないけど、その子の能力でなんとかできるかもって。でも包帯は今日の昼くらいまでは外しちゃダメだって言われて」


「妙だな。魔術系の能力者ならたしかに治癒術を使える子もいるだろうけれど……魔術の中でももっとも会得が難しいと言われている治癒を、そんな小さな女の子が使えるなんて。それも、数時間前に切断された肉体の一部を再び繋ぎなおすなんて芸当は聞いたことがない。その子はどこに?」


「わからない。このあたりの子じゃないんだってさ。あと、あんまり他の人に言わないでって言われた。どんな見た目とか、話し方とか……」


 リンは話についていけなくなる。いつの間にか口が薄く開いたままになっていた。


「……わかった。とにかく、火事のこともリワンのことも、私たちが警備隊に話をつけておくよ。君たちはゆっくり休むといい。報道への対処もしないとな……」


 ロアはため息まじりにそう告げて立ち上がった。

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