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千年世界録  作者: 氷室冬彦
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0 暗闇の雨、二人の少年

 ロドリアゼル、南大陸最西端に位置するロワリア国。国土はごく小さく、地図上での存在感はほとんどない小国だが、歴史上での存在感は南大陸でも一、二を争うほど強烈であると言っていいだろう。ロワリア国を形成するのはロワリア、ラウ、リワンの三つの領地で、中心地域にあたるロワリアにはとあるギルドがある。


 一般的にいう「ギルド」の定義とはまた違った毛色の少しばかり変わった様相の新参組織だが、国民たちからの信頼は厚い。特別な名称があるわけでもないこのギルドだが、今ではロワリア国といえばあの変わったギルドがある国、という印象が人々の間にもすっかり浸透しているだろうと言えるほどには知名度を得てきつつある。


 ロワリアギルドが本部として使用する建物は、もともとはロワリア国が所有する国際会議場、兼、ロワリア国の化身ロア・ヴェスヘリーの住居であった。各大陸の代表国、あるいは南大陸の主要な国家など、あらゆる国の化身が一同に会する際に使用される会議場。南大陸で会議がおこなわれる際に使用されるのは、大陸一の大国であるウィラント国か、そうでなければロワリア国の会議場だ。そしてその会議場がある建物とは別の棟にロアの住まいがある。


 会議場と化身の住居を兼ねたその建物が、さらにギルドを兼ねるものとなってから、実に十年の年月が流れた。


 十年前のあの日。


 ロア・ヴェスヘリーが、現在のロワリアギルドのギルド長を務める青年――來坂礼らいさかれいと出会ったのは、十年前のある夜のことだった。



 +



 空腹ではなかったが、疲れは溜まっていた。


 すっかり暗くなってしまった町には大粒の雨が降り注ぎ、地面を打って跳ね返った水がズボンの裾を濡らし続けても、既に全身が水浸しになってしまった今となっては、これ以上身体が濡れたところで不快感が増すこともない。さらに、一日歩き続けたことによる疲労が睡魔に姿を変えた今となっては、雨に濡れたシャツの感触自体が既に気にならなくなっていた。


 湿った空気には濡れたアスファルトの匂いがして、絶えず聞こえる雑音はいったいどこから聞こえているものなのかもわからない。すっかり耳に慣れたノイズが二人の少年の脳をじわじわと浸食していく。


 頭がぼんやりする。しょぼつく目をこすぎながら、ちらりと隣を見た。出会ったときから物静かな少年はややうつむき気味で、虚ろな目をしたまま黙って自分についてくる。雨を避けられる、なおかつこの夜を超せる場所を求めて歩き続け、既に数時間が経っていた。雨は一向に止む気配を見せない。


「眠いね」


 眠気でかすれた声でそう話しかける。少年はちらりとこちらを見てからまたうつむくと、自分自身を抱きしめるように腕を組んだ。


「……寒い」


 大通りを外れた細い道は街灯がなく真っ暗だ。路地裏は真っ暗で、二人はお互いの姿を目視するにも少し難儀していた。雨が地面を打ちつける音にまじって、二人分の足音が鳴る。水分を含んだ服や靴が重く、それらは二人に余計な疲労を与えていた。


 並んで歩いていた二人の少年のうち、ややうしろを歩いていた少年がため息をつき、先導して歩いていたほうの少年があくびをした。


「少し休むか?」


 まだ声変わりの来ていない高い声が尋ねる。


「足が痛い。どこかに座りたいけど……じっとしていたら余計に寒い」


 少し低い声が答えた。そうだね――と高い声が同意し、なにかを気にするようにあたりを見まわす。


「……もう追ってきてないみたい」


 高い声がぼそりと呟く。


「さっきのは人だったのか」


 低いほうの声が少し声量を抑えた。首を横に振って返してから、動作で答えても見えていないのではないかと気付いた。


「知らない。でも幽霊とかじゃない」


「大人か」


「俺たちよりは大きかったけど……大人って感じじゃなかったかも」


「そう」


 はあ、と息を吐く音がした。ため息ではなく、指先を温めようとしたのだろう。路地裏を出て歩き続けると、大きな建物の敷地を囲っている高い柵があった。そこにもたれかかって座り込み、しばし足を休める。


「今からでも家に戻ったほうが……」


「それはやめておこうよ」


 低い声の少年の提案を、さえぎるように高い声が返す。


「暗いから道もわからないし、前が見えないと危ないし」


 少し間があいた。


「……この建物はなに?」


 高い声の問いに、低い声はわからない、と答えた。


「暗いからよく見えない。大きいな」


「お金持ちの家かな」


「お前はこのあたりに住んでたんじゃないのか」


「そうだけど、もっと向こうのほうだから、ここのことはよく知らないよ」


 向こう、と言いながら北の方角を指さすが、相手の少年に見えていたかどうかはわからない。


「お前の家ってどこにあるんだ」


 低い声が高い声に聞いた。高い声は答えた。


「もうないよ」

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