11 紫色に見透かされる同色
夜空には小さな雲がいくらか浮かんでおり、その隙間から月と星たちがその控えめな輝きを見せていた。
「一昨日ぶりだね――という言葉は、一昨日にも言ったかな」
いつもどおり、丘の上の墓前に座り込み、丸くなった墓石に触れる。よく手になじむ硬い石は、当たり前にひんやりと冷えていた。
「礼と郁に続いてもう一人、新しい子がやってきたよ。彼らよりひとつ下で、ジオの知り合いだそうだ。ラウの生まれだからかは知らないが、ジオに少し似ているよ。名前が零羅だから、みんな零って呼んでて……安直だけど、まあ礼と同じあだ名でまぎらわしいことになるよりはマシだね。あの子たちが来てから楽しいよ。人間の子どもは見ているだけで元気をもらえる」
息をつく。うしろに手をついて空を見上げる。星がキレイだ。
「あの男――セレイアにでも知られたら、またごちゃごちゃと言われるんだろうな。まあ、あいつじゃなくてダウナやリーズでも、誰でも口を挟むだろうし、私がその立場でも言ったはずだ。なんか増えてないか? って。しかしどうしようかね、あの子たちは。近くの施設はどこも空きがなくて、三人一緒にとなると難しそうなんだよ。だがせっかく仲良くなれたのを離れ離れにするのも気の毒だろ? ここに残って、今のあの子たちではじめられそうなことでもあればな……」
ここに来て、こうして彼と話している――つもりになっている――と、どうしてもこの人間とすごしていたときのことを思い出してしまう。感傷に浸っているわけではないが、なつかしいような物悲しいような心地になる瞬間もある。今でも覚えている。出会った日から別れの日までの、ありとあらゆる出来事を。だからといって感情的に泣きわめいたりはしないが、やはり彼は自分にとって特別な人間だったのだなとしみじみ思う。
彼と出会ったことで、はじめて真剣に人間というものと向き合った。化身としてこの世に顕現したばかりで人の心の機微もわからず、人間の心がわからなければ当然、人間を模した機関をひととおり備えている自分自身の感情についても疎かったロアに、いろいろなことを教えてくれた。化身としての役目を果たす以外の、心豊かに生きるにはどうすればいいのかを教わった。
当時のロアにはついぞ思い当たらない感情だったが、自分はかけがえのないよき友に巡り合えたのだと、今ならわかる。化身として国を、人々を支えるロアを、人間と同じように支えてくれていた存在だ。感謝は尽きず、敬意を払っても払いきれない。若くして死なせてしまったことをとても残念に思う。
そう。死なせてしまったのだ。
「なあ、君は今でも――あの男を友人だと思うのかい」
一昨日と同じ問いかけ。当たり前に返事はない。ただのひとりごとだ。答えを得る機会など永久に来ない、決して解消されることのない疑問であるからこそ、何度も口をついて出る。考えてもどうしようもないことと割り切ったはずだが、手持ち無沙汰な時間が長く続くとついつい考えてしまうものだ。
「あのことがなかったとしても、私はきっとあの男が嫌いだっただろう。君も君で私に謎と罪悪感だけ残して去るもんだから困ったものだよ」
彼が言い残した最期の言葉がロアには理解できなかった。意味合いもそうだが、どちらかというと彼がなぜそんなことを言うのか、どのような気持ちで放った言葉なのかが理解できなかった。単純にロアが人間の感情に疎いからかと思ったが、それから千年が経過し、すっかり感情豊かになった今のロアにもわからないままなのだ。
「あれはどういうつもりだったんだい」
――ロアのことを頼む。
「他の人間たちに言うならわかるさ。当時から交流があった化身たちに言うのでもわかる。私は生まれたてだったから、一人で歩かせるのはまだ不安だからみんなで見守って成長させてやってくれという意味で託したのだと理解できる。それがなぜあの男なんだ? どう考えてもおかしいだろう。それとも私がおかしいのか? だとしたらお前たち人間の感情というものは……まったく度し難い」
雲が月を隠し、あたりがふと暗くなる。
「君を殺したのは他でもない、そのセレイア・キルギスじゃないか」
*
特別談話室の明かりはついたままだった。時刻は既に夜の十一時をまわっており、部屋からはなんの物音も話し声もしないので、てっきり電気を消し忘れただけで誰もいないのかと思っていたが、ソファで眠っている礼が一人で部屋に取り残されていた。静かなので誰も気付かなかったのだろう。
ロアと同じ、独特な色合いを持った青い髪。テーブルの上に眼鏡が放置されている。これは礼の私物だ。かけている姿はあまり見かけないが、いつも持ち歩いているらしい。ロア自身も、礼とロアの顔立ちはよく似ていると思う。リンとジオは礼のほうが気の抜けた顔をしていると言うが、寝顔だけならきっとロアも今の礼と同じ顔をして寝ているのだろう。
よく眠っているところを起こすのもなんだが、放っておいて風邪をひかせてしまっては気の毒だ。部屋まで抱えて運んでもいいが、起こさないように安定性を重視すれば両手を使う必要がある。両手がふさがっていては扉の開け閉めができない。リンはもう休んでいるだろうし、ジオは零羅の面倒を見ている。
「礼、こんなところで寝ていては風邪をひいてしまうよ」
肩を揺すると、礼は小さくうめいてからうっすらと目を開けてロアを見た。
「億劫かもしれないが部屋に戻って眠るといい。寒いだろう? 私ももう部屋に帰るから、ここには君一人になってしまうよ」
眠そうに目をこすりながら頷く礼に手を貸す。テーブルに放置されたままの眼鏡を取り、礼のシャツの胸ポケットに入れた。
「忘れ物だ」
大きな紫の瞳にロアの姿が写り込む。
「……どこ?」
礼がぽつりと呟いた。
「うん? なにがだい?」
「お墓」
「墓の夢でも見たのかい」
「丘?」
ロアの表情が固まる。
「いつも行くの?」
「なにを――」
ロアがあの場所に行くのは礼や郁夜が眠ったあとのこと。たまたま外に出るところを見られていたとしても、目的地を知っているのはおかしい。この人間の子どもが、相手が一般人であるならまだしも、ロアを尾行できるはずがない。仮に尾行できたとして、門の先まで来ることはできない。
「セレイア、が……だから、嫌いなの?」
礼の言葉は断片的だ。まどろみの中で、寝ぼけてた様子で呟いている。数日前に出会ったばかりの少年が知っているはずのない、ジオやリンですら知らない事実を、なぜかこの少年は知っている。
「大事な人?」
通常であればありえない。ならば能力か。実際にロアがあの丘にいるところを見たわけではない。ならばロアがあの丘にいた痕跡を辿るための手がかりはロア自身のみ。ロアの思考や、あるいは記憶などを覗けるような能力を持っているとすれば可能だろう。系統能力で言うところのエスパー系の能力だ。
礼には他人の過去がわかるのだ。




