1-6 接触
「大丈夫、気分悪そうだよ。少し座って休んだら」
お酒の匂いと慣れない店の雰囲気のため、気分が悪くなったと思ったのだが、店を出てもなかなか気分は晴れなかった。
そのため、自転車を転がしながら、ゆっくりと帰宅していた。
「大丈夫だよ」
「そぉ? それにしても、村上さん綺麗だったね」
「そうだな。人間とは思えない程ね」
「信ちゃん。本気で、彼女を吸血鬼だと思っているの。良い人だったじゃない。話も面白いし」
「もう、術にかかっているじゃないか。吸血鬼には『魅了』って能力があるんだ。その能力を使って知らず知らずのうちに人々を手下にするんだ。彼女が吸血鬼じゃなかったら、この世に吸血鬼は存在しないよ」
姫川は近藤の物言いに呆れてしまった。
「で、どうするの? 彼女をストーカーするの?」
「そのアイデアは、悪くないな。明日も来るって言っていたから、明日の帰宅時を狙ってみるよ。お前は来るなよ」
「嫌。あたしも付いていく。男一人で後を追ったら、絶対、警察呼ばれるよ」
「部活は良いのかよ」
「午後からだから大丈夫なの」
姫川と談笑しながら歩いていると、近藤はあることに気が付いた。
先ほどから車とすれ違っていないのだ。
近藤と姫川が居る場所は東京だ。夜遅くの裏道でも、ある程度は車が通る。
いったん違和感に気が付くと、次々と違和感に気が付く。
走行音やエンジンの音もしない。いくらなんでも、静かすぎる。
だから、どうだと言っても答えられないが、嫌な予感がした。
聞こえる音と言ったら、姫川の声と自分たちの足音だけ。
「姫川。少し話すのやめてくれないか」
「どうしたの?」
近藤は、指を立て口に当て、話さないように姫川に合図した。
「静かね」
「静かすぎるんだよ」
近藤は振り返って、背後を見た。
何者かの視線を感じたのだ。
「どうしたの?」
「誰かに見られている気がした」
「気にしすぎよ。体調が悪いから、そう感じるのよ。早く帰ろう」
「いや、電柱の陰に何かいる。僕の後ろに隠れろ」
姫川を下がらせると、近藤は胸元からモデルガンを取り出した。
「信ちゃん、そんなの持ち歩いているの?」
「護身用だ」
そう言うと、近藤は電柱に向かってモデルガンを打った。おもちゃのエアガンとは思えない程の大きな音が鳴り響いた。
電柱の背後から、何か黒いものが、路上へ飛び出し、近藤達と対峙した。
目が赤く輝く、黒く大きな犬が目の前に現れた。
赤い目をし、人を襲う野良犬。そんなの聞いたことがない。
吸血鬼だ。吸血鬼化した犬だ。
怪物の出現に、姫川が近藤の後ろに隠れ、近藤の背中をつかむ。いつもは強気の姫川が震えているのが近藤には判った。
対して、近藤は狂喜した。
恐怖よりも喜びと興奮の感情が体を支配した。
吸血鬼は実在したんだ。僕は嘘吐きじゃないんだ。僕は確かに見たんだ。
黒犬は、一呼吸置き、近藤に飛び掛かってきた。対して、近藤は、冷静に黒犬に向かってエアガンを打ち込んだ。再び、銃声が静かな住宅地に響く。
エアガンの弾は、犬の頭部と胸部に食い込み、狂犬は近藤の足元に倒れ込んだ。
頭部と胸部に銃弾を撃ち込まれ、本来ならば即死しているはずなのだが、犬はまだ虫の息状態で生きていた。いや、動いていたというべきだろう。
近藤は頭と腹にさらに数発打ち込み、犬にとどめを刺す。
近藤のその冷酷な姿は、日頃、姫川が知っている近藤とは別人のようであった。
「信ちゃん。何をやっているの」
「吸血鬼を退治したんだよ」
「何言っているのよ。吸血鬼なんているわけないじゃないの。ただの野良犬よ」
「赤い目をした野良犬。そんなの聞いたことがないな。それに・・・」
そう言うと、近藤は姫香を撃った。
弾は姫川の服に当たると落ちた。
「改造しているけど、威力はそんなに高くないんだよ。その代り銀メッキした弾を使っているんだ。吸血鬼には効果があったみたいだね。まさに備えあれば憂いなしだ」
「なんで、そんな準備しているのよ」
「吸血鬼に会ったとき、倒すために決まっているだろ」
そう言うと、近藤は姫川にモデルガンを渡そうした。
「引き金を引けば弾が出るから。ゴメン。自分の身はある程度自分で守って」
「どういう・・・」
姫川は、全ての言葉を言う前に状況を理解した。
気が付くと、吸血犬たちに、すっかり周囲を囲まれてしまっていたのだ。
路上に、家の屋根に吸血犬は居て、姫川たちを狙っていた。
姫川が認識しているだけで、八頭は居るだろうか。
「信ちゃんは、どうするのよ」
「素手で何とかする」
近藤は嬉しそうな顔をして言った。
「何がそんなに嬉しいの。あんた頭がおかしくなったんじゃない」
「嬉しいさ。吸血鬼が存在したんだから。姫川だって覚えているだろ。近所に住んでいた桜おねぇちゃんのこと。僕は嘘吐きじゃなかったんだ」
そう言うと、近藤は吸血犬に対して向かっていった。