1-5 クラブハウスで
図書館で倒れた高校生、太田健太の三月の行動を追っていくと、三月初め頃に大きな変化があったようだ。
ある友人が言うには、付き合いが悪くなった。別の友人が言うには、とある女性と知り合いになったというだ。
付き合いが悪くなった太田に対して、「彼女でも出来たんじゃないか」と質問したところ、彼女ではないが親しい女性の知合いが出来たそうだ。赤い服の似合う大変魅力的な女性らしい。ただ、それ以上のことは、あまり詳しく話したがらなかったので詳細は不明だ。
女生徒の出会いの場所は、吉祥寺のクラブ「シフト」。太田は春休みになるとほぼ毎日のように通っていたそうだ。
近藤は、金曜日の夜に吉祥寺のクラブ「シフト」に行ってみることにした。
クラブの多くは、12時過ぎから人が増え、盛り上がり始める。そのため、近藤は夕食を食べ、部屋に戻った後、こっそりと家を抜け出して、吉祥寺に向かった。
日頃の近藤は、クラブハウスなどいうお洒落(?)なところに一人で行くようなことはない。社会科見学を兼ねて何回か友人と行ったことがあるくらいだ。その際に、服装や作法(?)などを教えてもらったので、近藤は日頃あまり着ない一番上等な服を着て出かけた。
夜遅くだが金曜日ということで十一時を過ぎても、街は人で溢れていた。
吉祥寺は立川並んで西東京地域の若者文化の中心地だ。老舗や新興、大小を含めてクラブハウスやライブハウスは十か所以上あった。吉祥寺のクラブ「シフト」は、吉祥寺駅から徒歩で5分ほど離れたヨドバ○カメラ側にある中規模なクラブだ。
地下にあるクラブなので、チケットを買い入るときには緊張したが、入ると意外と普通だった。
薄暗い室内の中、耳を裂くような大容量で音楽が流され、一部の人が踊り、多くの人は座って友人と話し合っていた。
比較的新しく出来たクラブハウスで、大学生や高校生と思われる人も多く、他のクラブよりも客層が若い人が多いように感じられた。
酔っている人は何人か居たが、薬をやっているような人は見られなかった。
太田の友人のふりをして、定員に店での太田について聞き出した。そして、太田が良く話していた女性についても情報を得ることができた。名前は、村田優香。赤い服を良く着て来る女性で、美人ということもあり店では有名人とのことだった。
まだ、来ていないということなので、近藤はバーでソフトドリンクを飲みながら、時間をつぶすことにした。
出入り口を見張っていると、見慣れた女性が入ってきた。
良く見慣れた顔、姫川歩だった。
『なんであいつが来るんだよ』
近藤は思わず向きを変え顔を隠した。
『あいつ、こんなところに来る趣味があったのかよ』
当然、幼馴染と言っても、全てを知っているわけではない。だが、毎朝、朝練に出ているような姫川がこんな夜遅くに街に出ているのは意外だった。
姫川の方が見ると、きょろきょろと周囲を見て、誰かを探している。
そして、近藤を見つけると、ズコズコと近づいて、隣の席に座った。
どうやら、近藤に用があったようだ。
「もしかて、僕の後を付けて来たのか」
「そうよ。栗山さんから連絡があってね」
「止めに来たのか」
「別に止めないわよ。監視役よ。それに私もこういうところ一度くらいは来てみたかったし」
「何時に終わるか判らないんだぞ。下手したら朝まで、居るんだぞ。両親が心配するだろ」
「大丈夫よ。栗山さんの家に泊まっていることになっているから」
結局、姫川と共に待つこととなった。
「なんか、二人でどこか行くのって久しぶりだね。守君が来てから、どこか行くときは、いつも三人だったからね」
「そうだな」
小学校三年の頃、星野守が引っ越してきて、それ以来、三人で遊ぶことが多くなった。
姫川はデートで星野と二人になることは、多いかも知れけど、近藤と二人になることは、数年ぶりのような気がした。
そんなことを話しながら、待つこと2時間。2時を過ぎた頃、村田優香は現れた。
入ってきた瞬間に直ぐに判った。
彼女が入った瞬間、クラブに居る全ての人の視線が彼女に集まった。
明らかに良い意味で異物であったためだ。
赤いワンピースを優雅に着こなし、歩く姿を、男性ばかりではなく、女性である姫川ですら見とれていた。
歳はおそらく十代後半、18、19だろう。
人形のように整った顔立ちに、陶器のような滑らかな白い肌。黒髪に腰まで届く長髪。
長身で出るべきところはは出ている非の打ちどころがない抜群のプロポーション。
まるで夢の中から出て来たような人だ。モデルさんや女優さんでも、これ程の人はないのではないだろう。
女性は憧れ、男性ならばお付き合いしたいと思うだろう。
近藤は、側にいる店員さんに声をかけた。
「彼女が村田優香さんですか」
「そうですよ。話通り綺麗な方でしょ」
「そうですね。想像以上です」
「ねぇ、あの人が信ちゃんが捜している吸血鬼の親玉なの」
姫川がさり気なく呟いた。
急いで、近藤は姫川の口を塞いだ。
「気を付けろよ。歩」
「何を気を付けるのよ」
「とりあえず、口には気を付けろ」
村田の方を見ると、意外なことに、村田も近藤達のことを見ていた。
まさか、姫川の声が聞こえたのだろうか。思わず目をそらす。
落ち着け。そんな気がしただけだ。彼女が自分たちに関心を持つ理由はないはずだ。
それとも、本人はクラブの雰囲気に多少は合わせたつもりだが、それでもかなり浮きまくっているのだろうか。
再度彼女の方を見ると、彼女が居ない。どこに行ったのだろうか。
しばらく目で探すが、彼女は意外なところに現れた。近藤のすぐ隣だ。
「初めて会う方ね。来たのは今日初めてですか?」
「そうです。なんでも、ここのクラブに大変な美人が来るとのことなので見に来ました」と姫川が答えた。
「モデルか何かされているんですか」
どうやら、姫川は村田に興味津々のようだ。近藤はここは姫川に任せ、様子を見ることした。
それにしても、近くで見た彼女は、離れてみるよりもさらに美しかった。姫川も美少女だが、根本的に何かが違う。
『同じ人間とは思えないな』
この言葉が頭に浮かんだ瞬間、近藤は本能的に訴える。この女は人間ではない。
本能がこの女は人間ではない危険だと、近藤に呼びかけるのだ。
体全身に寒気がして鳥肌が立つ。そして、額と手には不自然なほど汗が出てきた。
「どうかしましたか。気分が悪そうですよ。熱でもあるんですか」
そう言って、近藤の手に触った。彼女の手は冷たかった。
「熱はないみたいですね。でも、すごい汗ですね」
「ただ緊張しているだけです。その・・・村田さんが美人なので」
「ありがとう。でも、そんなこと言うと隣の可愛い彼女に怒られますよ」
「彼女じゃありませんよ。ただの幼馴染の腐れ縁です」
「そんなこと言うと彼女に怒られるわよ」
姫川の方を見ると、姫川は膨れていた。
「いつもおまえが僕に言うことじゃないか。怒るなよ」
「私は良いの。あんたに言われると腹が立つのよ」
「仲がよろしいのね」
しばらく、談笑した後、姫川は席を離れ、近藤は店を後にした。