A diva,declare a course.
ある少女の辿った、道のお話。それは道と言う名の人生。
さあ、共に謳いましょう。
憂いも迷いも、この世の柵など放り棄てて。ただ歓びと至福の時を。
歓喜に包まれ、詞を紡ぐ。
目眩くのはシャンデリアの灯でもなく。
宝石の光りでもない。
紅く燃える深紅の焔。
二人は抱かれ、そしてただ、眠り続ける。
――輝いて見えるものなど、すぐに朽ちて無くなる。
ならば、最初からそんなものなど求めなければ良いものを。――
たった一度きりの甘美の味。
人は蜜の味を知ってしまったら、求めることに糸目を付けず、転がり落ちる。
とある少女もそうだった。
誰かは「彼女の声は小鳥だった」といった。
別の誰かは「清流だった」と。
また誰かは「楽器だった」といった。
彼女の声で奏でられる歌はそれだけで音楽となり、人々に歓楽と至福の時をもたらした。
それが彼女の幸せでもあった。
「あの町に歌の上手い少女がいるそうだ」
「ああ、知ってるよ。なんでも人を幸せにする程の歌声だとか」
「それは素晴らしい、ぜひ我が劇団へ……」
それは悪魔の系譜。地獄への序章。
彼女は逆らえない運命の迷路へと、落とされることとなる。
噂を聞き付けた劇団の勧誘を受け、少女は歌姫となった。
夢の様に美しく輝く舞台、別人の様に着飾られる喜び。
彼女は生まれて初めて知った。
その歌声は直ぐに評判となり、多くの客が歌姫目当てに足を運んだ。
そして少女は分かってしまった。
その声で得られた黄金という名の幸せを……。
「私に歌わせたいの?だったらもっとお金を下さいな。分かっているでしょう、私の声の素晴らしさを」
知ってしまった。知ってしまった。
甘美なる蜜の味、それは自分で得る富と名声。
「こんなのじゃ私は歌わない!……人の幸せ? それは私が幸せになったらの話でしょう?」
少女は素直だった。自分に正直に生きた。
それが、少女を地獄へと迷い込ませた。
「彼女の歌は麻薬だ、何度でも聞きたくなる。聞かずにいられない!」
「あの声は悪魔の声だ、そう!魔女だ!」
「人々を集めてサバトをやるつもりだ!」
「掴まえろ!そして処刑台へ!」
世は光から闇へ。少女は歌姫から魔女へ。魅力溢れる歌声はまやかし唆す悪魔の声だと、人は噂を広げた。
評判を恐れた劇団に捨てられ、有名になった少女を待っていたのは冷たい視線と罵声、暴力。
顔を知られた魔女に、手を貸す者など皆無に等しい。
少女は逃げた。身を隠し、姿を偽り。
すべてを売り払い投げ出し、必死で逃げた。
少女の幸せだったものは、既に朽ちていた。
輝かしいものはどこにも無く、泥に塗れた両手とこの身があるだけ。
「幸せってなんだったの? 私の求めたものは違っていたの?」
悲しきかな。少女は全てを失ってから、本当の幸せに気付こうとしていた。
彼女が辿り着いたのは廃墟と化した教会だった。
折れた十字架。汚れた神。割れた聖母。散乱する硝子。
その主に向かい、少女は手を組んだ。
「どうか神様、暫く此処にいることをお許し下さい。そして、教えて下さい……私の求めたものは、間違っていたのですか……?」
空虚に響く少女の切なる問い掛け。
答えるものは誰もいなかった。
しかし、どこからか声が聞えて来た。
「綺麗な声だね……お嬢さん」
後ろからかけられた声に彼女は振り向き、思わず後ずさった。
深くマントを被った男性は怯える少女に近づきもせず、瓦礫に腰を降ろした。
「ああ……怖がっているのかい? 心配しなくていい……私は此処に住んでいる者だ」
布の奥底から見えた瞳は濁り、その白濁した場所には何も映ってはいない。
万病を患い盲目となった男は、行く場所も無く、此処に住み着いていたのだ。
初めは警戒した少女だったが、話をすれば何も恐れることなどなかった。
その誠実な人柄に、少女は逃亡を忘れて心を寄せた。
「お嬢さんが何者であろうと私は構わない、私には君の姿を見ることは出来ない」
「私の今の姿なんて無いに等しいわ」
「そんなことは無い。君は綺麗だ、その声で私には分かる。聴かせてくれ、その声を」
「こんな私でいいのなら、いくらでも」
少女は再び誰かのために歌うことを知った。
町で歌っていた幼過ぎた少女。
劇場の絢爛さに酔い痴れた歌姫。
魔女と疎まれ追われる身となった女。
男は黙って聴き、そして幸せそうな顔で「美しい」と呟いた。
その顔を見た時、少女は思い出した。幼い頃の自分を。
周りが笑顔になるのが嬉しいから、私は歌った。
私の幸せは皆の幸せだった。
何故こんなにも簡単なことを忘れていたの。
ああ、戻れない。あの頃には戻れない。
戻ることはきっと自分自身の罪への反逆。
戻れないとしても彼の為に歌うこの歌は、貴方を幸せをする為に歌う歌―――
「いたぞ! 此処に魔女は住み着いている!」
古びた教会の歌は、世にまやかされた民衆にも届いてしまった。
無数の松明の火が辺りを取り囲んだ。
「あの人達は私を殺す為にきたの、疎まれるのは私だけで十分だわ。貴方だけは此処から……!」
「私も世から疎まれた身だ、君を失うのならこの世にいても同じ。朽ちるなら……共に朽ちよう」
「なら、謳いましょう。貴方の……私の、二人の為に……」
真紅の薔薇より紅く燃え盛る業火が、二人をゆっくりと包み込んでいく。
教会を赤く焦がす炎は、聖域を地獄へ変えていった。
その中から何よりも澄んだ歌声が響き渡る。
松明を手に取り囲む人々の耳にも歌は届き、誰一人として彼女を罵倒する者はもういなかった。
世に翻弄された素直で純粋な少女の歌にただ聞き入り、涙を流していた。
全てはひとつの物語。
また、少女の最期も物語のひとつの結末。
人々は後悔などしないのだろう。
二人もまた、後悔はしていないだろう。
ただ皆、自分の求める至福を求める為だけに生きているだけなのだから。
人は、朽ちなければ真に求めるものなど分からない。
人は、朽ちてから初めてその大切さを考える。
人は、朽ちたものを再び持とうと過ちを繰り返す。
人は、朽ちることで自分の存在意義を改めて知る。
だからこそ、物語はこうして産まれ行くのだ。
題名は「少女よ、道を歌え」という意味。今までの道を振り返りながらも、後悔はせずに謳歌した。そんな風に捉えられたら幸い。