表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

A diva,declare a course.

作者: 燦月夜宵

ある少女の辿った、道のお話。それは道と言う名の人生。

さあ、共に謳いましょう。


憂いも迷いも、この世の柵など放り棄てて。ただ歓びと至福の時を。

歓喜に包まれ、詞を紡ぐ。


目眩くのはシャンデリアの灯でもなく。

宝石の光りでもない。


紅く燃える深紅の(ほむら)


二人は抱かれ、そしてただ、眠り続ける。





――輝いて見えるものなど、すぐに朽ちて無くなる。

ならば、最初からそんなものなど求めなければ良いものを。――




たった一度きりの甘美の味。

人は蜜の味を知ってしまったら、求めることに糸目を付けず、転がり落ちる。



とある少女もそうだった。


誰かは「彼女の声は小鳥だった」といった。

別の誰かは「清流だった」と。

また誰かは「楽器だった」といった。


彼女の声で奏でられる歌はそれだけで音楽となり、人々に歓楽と至福の時をもたらした。


それが彼女の幸せでもあった。


「あの町に歌の上手い少女がいるそうだ」

「ああ、知ってるよ。なんでも人を幸せにする程の歌声だとか」


「それは素晴らしい、ぜひ我が劇団へ……」


それは悪魔の系譜。地獄への序章。

彼女は逆らえない運命の迷路へと、落とされることとなる。


噂を聞き付けた劇団の勧誘を受け、少女は歌姫となった。

夢の様に美しく輝く舞台、別人の様に着飾られる喜び。


彼女は生まれて初めて知った。


その歌声は直ぐに評判となり、多くの客が歌姫目当てに足を運んだ。


そして少女は分かってしまった。

その声で得られた黄金という名の幸せを……。


「私に歌わせたいの?だったらもっとお金を下さいな。分かっているでしょう、私の声の素晴らしさを」


知ってしまった。知ってしまった。

甘美なる蜜の味、それは自分で得る富と名声。


「こんなのじゃ私は歌わない!……人の幸せ? それは私が幸せになったらの話でしょう?」


少女は素直だった。自分に正直に生きた。


それが、少女を地獄へと迷い込ませた。



「彼女の歌は麻薬だ、何度でも聞きたくなる。聞かずにいられない!」

「あの声は悪魔の声だ、そう!魔女だ!」

「人々を集めてサバトをやるつもりだ!」

「掴まえろ!そして処刑台へ!」


世は光から闇へ。少女は歌姫から魔女へ。魅力溢れる歌声はまやかし唆す悪魔の声だと、人は噂を広げた。

評判を恐れた劇団に捨てられ、有名になった少女を待っていたのは冷たい視線と罵声、暴力。

顔を知られた魔女に、手を貸す者など皆無に等しい。


少女は逃げた。身を隠し、姿を偽り。

すべてを売り払い投げ出し、必死で逃げた。


少女の幸せだったものは、既に朽ちていた。

輝かしいものはどこにも無く、泥に塗れた両手とこの身があるだけ。


「幸せってなんだったの? 私の求めたものは違っていたの?」


悲しきかな。少女は全てを失ってから、本当の幸せに気付こうとしていた。


彼女が辿り着いたのは廃墟と化した教会だった。

折れた十字架。汚れた神。割れた聖母(マリア)。散乱する硝子。

その主に向かい、少女は手を組んだ。


「どうか神様、暫く此処にいることをお許し下さい。そして、教えて下さい……私の求めたものは、間違っていたのですか……?」


空虚に響く少女の切なる問い掛け。

答えるものは誰もいなかった。



しかし、どこからか声が聞えて来た。


「綺麗な声だね……お嬢さん」


後ろからかけられた声に彼女は振り向き、思わず後ずさった。

深くマントを被った男性は怯える少女に近づきもせず、瓦礫に腰を降ろした。


「ああ……怖がっているのかい? 心配しなくていい……私は此処に住んでいる者だ」


布の奥底から見えた瞳は濁り、その白濁した場所には何も映ってはいない。

万病を患い盲目となった男は、行く場所も無く、此処に住み着いていたのだ。


初めは警戒した少女だったが、話をすれば何も恐れることなどなかった。

その誠実な人柄に、少女は逃亡(もくてき)を忘れて心を寄せた。


「お嬢さんが何者であろうと私は構わない、私には君の姿を見ることは出来ない」

「私の今の姿なんて無いに等しいわ」

「そんなことは無い。君は綺麗だ、その声で私には分かる。聴かせてくれ、その声を」

「こんな私でいいのなら、いくらでも」


少女は再び誰かのために歌うことを知った。


町で歌っていた幼過ぎた少女。

劇場の絢爛さに酔い痴れた歌姫。

魔女と疎まれ追われる身となった女。


男は黙って聴き、そして幸せそうな顔で「美しい」と呟いた。

その顔を見た時、少女は思い出した。幼い頃の自分を。



周りが笑顔になるのが嬉しいから、私は歌った。

私の幸せは皆の幸せだった。

何故こんなにも簡単なことを忘れていたの。


ああ、戻れない。あの頃には戻れない。

戻ることはきっと自分自身の罪への反逆。


戻れないとしても彼の為に歌うこの歌は、貴方を幸せをする為に歌う歌―――



「いたぞ! 此処に魔女は住み着いている!」


古びた教会の歌は、世にまやかされた民衆にも届いてしまった。

無数の松明の火が辺りを取り囲んだ。


「あの人達は私を殺す為にきたの、疎まれるのは私だけで十分だわ。貴方だけは此処から……!」

「私も世から疎まれた身だ、君を失うのならこの世にいても同じ。朽ちるなら……共に朽ちよう」

「なら、謳いましょう。貴方の……私の、二人の為に……」


真紅の薔薇より紅く燃え盛る業火が、二人をゆっくりと包み込んでいく。


教会を赤く焦がす炎は、聖域を地獄へ変えていった。

その中から何よりも澄んだ歌声が響き渡る。


松明を手に取り囲む人々の耳にも歌は届き、誰一人として彼女を罵倒する者はもういなかった。


世に翻弄された素直で純粋な少女の歌にただ聞き入り、涙を流していた。




全てはひとつの物語。


また、少女の最期も物語のひとつの結末。


人々は後悔などしないのだろう。

二人もまた、後悔はしていないだろう。


ただ皆、自分の求める至福を求める為だけに生きているだけなのだから。



人は、朽ちなければ真に求めるものなど分からない。


人は、朽ちてから初めてその大切さを考える。


人は、朽ちたものを再び持とうと過ちを繰り返す。


人は、朽ちることで自分の存在意義を改めて知る。



だからこそ、物語はこうして産まれ行くのだ。


題名は「少女よ、道を歌え」という意味。今までの道を振り返りながらも、後悔はせずに謳歌した。そんな風に捉えられたら幸い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ