落ちこぼれ暗殺者は彼女を殺さない
一緒に仕事に向かった仲間に抱えられ、血まみれの状態で施設に戻って来て、すぐに医療室に担ぎ込まれた彼女。
猫と一緒に医療室の前で彼女の身を案じ続けること数時間、どうにか手術等は終わり命の危機は脱したとのことで面会が可能になったため僕は一緒に入ろうとする猫を止めつつ医療室の中へ入る。
「……」
そこにいたのは虚ろな目をして天井をずっと眺めている、片腕と片脚を失っている以外は元気そうな彼女。
そんな彼女に良かった、生きてるなんて言葉をかけることは出来ず、ただただ気まずい時間が流れ続けて、やがて面会可能な時間も終わり僕は部屋から追い出される。
「術後の世話は僕にさせてください」
お互い明言はしていなかったものの、実質的な恋人関係にあった彼女があんな状態になって、難易度が低いとは言えど平然と仕事が出来る程に僕は冷徹な殺戮マシーンでは無い。
当分は身体を動かすことも困難な彼女の世話係に立候補した僕は、病室でずっと寝た切りの彼女にご飯を食べさせたり、猫を触らせたりと、彼女が一秒でも早く元気になるように努める。
「殺して」
彼女は何度もそう呟いていたが、僕はずっと聞こえないフリをする。
特殊な訓練のおかげで彼女の肉体は普通の人よりも強いからか、腐っても国の組織なので医療関係の技術は常に最新だからか、手足を失った人間としては驚異的なスピードで彼女は回復して行く。
義手と義足の適合も上手くいき、彼女が手足を失ってから一ヶ月後には、彼女は病室で肉付けのされていない金属製の手足をカチャカチャと動かしていた。
「こんなに早く回復するなんて、流石はミヨちゃんだね。もうすぐすれば肉付けして、リハビリして、日常生活くらいなら何の問題も無いレベルになると思うよ」
「日常生活しか出来ない私に、一体何の価値があるの?」
彼女の回復を祝いつつ、今日の食事であるおかゆを掬って彼女の口元へと運ぶが、彼女はついたばかりの義手で器用にスプーンを掴み取って、それを病室の壁へと投げつける。
「それはこれから見つけていけばいいんだよ」
「気休めはよしてよ! 私達は暗殺者! 日常生活なんて送れない生き物! 手も足も無くなって、他の機能もボロボロになって、歩くだけで精一杯の暗殺者なんて、落ちこぼれオブ落ちこぼれよ!」
壁と床の掃除をしながら彼女を慰めるが、彼女は泣きながら、もう自分には存在価値が無いのだと嘆き続ける。
「ここは良い職場なんだよ、ミヨちゃん。落ちこぼれの僕でも働けるくらいにはね。大体ミヨちゃんは功労者なんだから、前線に出ることが出来なくなったって、立派な指導者にもなれるよ」
彼女のように殉職はせずとも怪我で働けなくなってしまう人間は珍しくも何ともないし、国の組織がそんな功労者を無碍に扱う事もしない。例え施設の中から出ることが出来なくとも、彼女の人生は保障されているのだ。
「散々社会の落ちこぼれを殺しておいて、それを肯定しておいて、私が生きるなんて許されないのよ。正義だの国のためだの、自分をずっと騙しながら人殺しなんてやってきた私にバチが当たったんだわ」
「罰を受けたってことは、犯した罪を許されたって事なんだよ。今後の人生、ミヨちゃんが自分のやってきたことを後悔し続けてもいい、受け入れてもいい、そうやってずっと生きていくことがミヨちゃんに対する本当の罰なのさ」
「……一人にして」
彼女が生に前向きになれるように必死に言葉を紡ぐが、身体も心も弱っている彼女には拒絶されてしまう。食事を片付けて、彼女のリハビリについてドクターから説明を受けて、その日の夜。
「う……ううっ……」
きちんと寝れているだろうかと心配になって病室の前に向かうと、彼女のすすり泣く声。
こっそりと中を覗く僕だったが、彼女が自分の胸にナイフを突き立てようとしていることに気づき慌てて部屋に入ると、すぐに彼女からナイフを取り上げる。
既に彼女には、僕に簡単に獲物を奪われる程度の能力しか残っていないらしい。
「返してよ! 働かないニートに存在価値は無い! 働けなくなった老人に存在価値は無い! それが社会だって、アンタ言ってたじゃない! せめてけじめくらいつけさせてよ!」
ずっと自殺をしようとしては思いとどまっていたのだろう、ボロボロと涙を流しながらこちらを睨みつける彼女。
「ねえ……せめてザコが私を殺してよ、役立たずになっても死ぬ勇気も出ない私に、引導を渡してよ、このまま自分が足手まといだって自覚しながら生きるのなんて、私には生き地獄なのよ。ねえお願い、私を救済してよ……」
「……わかった。目を瞑ってて」
彼女の決意を受け止めた僕は、奪ったナイフを振り被る。
顔をこわばらせながらも目を瞑る彼女。
そして僕は、何度も、何度も彼女にナイフを振り下ろす。
彼女は死を受け入れているからか、自分の身体がどうなっているかなんて全くわからなくなっているようだった。
「終わったよ」
「……?」
やがて彼女が目を開けた時、そこにあったのは、金属の手足に振り下ろしたことでボロボロになり使い物にならなくなってしまったナイフ。
僕はそのナイフを床に投げ捨てると、よいしょと彼女に馬乗りになる。
「殺し屋としてのミヨちゃんはこれで死んだ。今ここにいるのは、優しくて、可愛くて、僕みたいな男にとって利用価値のあるミヨちゃんなんだよ」
「う……う……」
他の部屋の人達に迷惑にならないように、彼女のうわあああんという泣き声を無理矢理唇で塞ぐ。
こうして彼女は、落ちこぼれになってしまった彼女なりに、存在意義を見出すのだった。
ある日の夜。僕の部屋で愛し合った後、彼女の乗った車椅子を押しながら、彼女を自分の部屋に連れて行く。
リハビリも順調で、半年も経てば車椅子に頼る必要も無くなるだろうし、子孫を残す事に身体が耐えられるだろう。
「今日も仕事なの?」
「うん」
「死なないでね」
「僕がそんな危険な仕事任されないって知ってる癖に」
彼女を部屋に送り届けた後、僕は仕事の為に外の世界へ向かう。
幸か不幸かわからないが、何十人も社会的弱者を殺している人間が出て来ても、第二の存在になろうとする人間は出て来ない。だから依頼の数も減らない。
やがてとある民家にやってきた僕は、ターゲットの両親に最後の確認をした後、子供部屋へと向かう。
「……」
そこにはすぅすぅと寝息を立てる、手足が不自由な女の子。
治療には莫大な費用だってかかるし、手足の不自由な人間をサポートするのは一般家庭からすれば大変だ。
例え手足が不自由でも小さな女の子にはそれだけで価値があるが、それが幸せに繋がるとは限らない。
だからこうして依頼された。
部屋の中に置かれた車椅子を眺めながら、この女の子とミヨの違いは何だったのだろうかと考える。
「愛は勝つ、か」
この女の子は両親にそこまで愛されなかった。
彼女を利用では無く愛してくれるような相手も見つからなかった。
僕はミヨを愛した。
ただそれだけなのだろう。
「さよなら」
僕はどこかで聞いた曲をレクイエム代わりに口ずさみながら、彼女の首元にナイフを突き立てるのだった。




