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落ちこぼれ暗殺者は猫を殺す

『おまえら震えて眠れwww』

『俺が住んでいる田舎にはこの犯人は来ねえよwwwおっと誰か来たようだ』

『死亡フラグ乙www』


 掲示板に書き込む住民のイメージはニートなのか、僕が殺したニートのニュースに対する反応は他の住民も殺されるなんていう煽り一色。


『目撃者によりますと、犯人は黒いマントを着ており――』


 工作部隊は架空の犯人像をでっちあげたらしく、僕とは似ても似つかない謎の黒ずくめの目つきの悪い男が世間を騒がせているシリアルキラーとして槍玉に挙げられている。

 そもそも僕は仕事以外で外の世界には出ないし、工作部隊は優秀な人間が多いから、僕や組織に捜査の手が及ぶようなことにはならないだろう。

 ただ、そろそろ別の問題も浮上し始める。


『俺の両親も殺ってくれねえかな、早く遺産が入らないとニート生活が続かない』

『妻が40超えてデブになって見るに堪えないけど離婚したら財産取られるし、誰か始末してくれねえかな』


 逮捕される事も無く何人も殺害が可能な、それもターゲットが裏社会の人間だとかではなく身近な弱者である存在が出てくれば、それを肯定して求める声も大きくなる。

 それも客観的には私利私欲でしか無い些細な理由で。

 こうした風潮になってしまう事は、社会の風紀的には褒められた事ではないだろう。


「話題の絵描きみたいに、SNSとかでちゃんと本物と偽物の区別がつくようにするべきなのかな」


 また、僕の行為に触発された模倣犯がそろそろ出たっておかしくはない。

 社会全体の利益を考えるならば、模倣犯が大量に出て病人や老人やニートを一掃するのが理想なのかもしれないが、現実的には数人くらいが身近な人を殺して逮捕されて世間が混乱するだけだろう。

 触発してしまった身として僕達はある程度の責任を取るべきなのだろうが、残念ながらそれは叶わない。

 出来る範囲で僕が全ての罪を被るので、どうか不満を持っている人達は大人しくしてくれと自己犠牲精神に浸っていると、部屋のドアが開いてミヨが中に入って来る。


「今日からここで飼うことになったわ」

「……勝手に決めないでよ」


 ミヨは毛並みの良い、見るからに金持ちの飼っていそうな猫を抱きかかえており、僕のベッドに猫を置くとカバンから猫じゃらしを取り出してあやし始める。


「ターゲットが飼ってたのよ。飼い主を奪った責任もあるし、戦利品として持って帰って来たの」

「せめて自分の部屋で飼ってよ」

「ザコの部屋は私の部屋でもあるの。餌の申請とか代わりにしといてね」


 僕のベッドに猫と一緒に猫ろがり、ベッドを毛だらけにする大きなペット。

 娯楽の少ない僕達の人生においてペットは貴重な癒しであり、彼女のように戦利品を持って帰って飼うようなパターンも少なくない。


「名前は決めたの?」

「そうね、新しい名前をつけてあげないとね。私とザコのペットだから、34と35を足して2で割って、34.5。……低熱なんてどうかしら?」

「サヨコで決まりだね」

「その名前は子供に取っておこうと思ったんだけどね、まぁいいわ。さぁサヨコちゃん、悪い事をして稼いだ金で育てられたその汚れた魂を、私達が浄化してあげるからね」


 恥ずかしいくらいの愛情表現と、馬鹿みたいなネーミングセンスを発揮する彼女を放って、僕は次の仕事を受けるために上司の部屋へ向かう。


「今日はミヨは来ていないのか」

「持って帰って来た猫と遊んでます」

「猫、か。ミヨには今回の仕事内容はちゃんと話さない方がいいな」


 上司に渡された書類を眺める僕。普段のように顔写真はどこにも載っておらず、ターゲット情報として書かれていたのは『野良猫』という馬鹿みたいな文字。


「……何ですか、これは」

「大真面目な依頼だ。糞尿に鳴き声に、他の小動物の個体数減少……野良猫による被害はそれなりに甚大でな。過熱した動物愛護のせいで駆除する事も難しい。猫に権利を与え過ぎたせいで、里親希望の人が出ても簡単に許可は降りない。ある程度間引かないといけないのだよ」

「はぁ」


 野良猫を駆除してくださいなんて依頼に応じるとは、僕達の組織は馬鹿なのだろうかと思いつつ、外にいる上に夜中でも寝ているとは限らない、そもそもどこにいるのかも潜んでいるのかもわからないし、見つけたとしてもすばしっこい猫を駆除するのは普通に難しいなと悩みながら部屋に戻り、ミヨに見せないように書類を引き出しの中に入れる。


「どんな仕事を受けたの? 私も当分暇だから手伝ってあげるわよ」

「……今回は殺しじゃないんだよ。特定の地域で野良猫達が増えすぎたからさ、集めて里親のところに出したり、猫カフェとかで雇ったりするんだけど、それを受け持ってる別の部署が忙しいから落ちこぼれに回って来たって訳」


 一人じゃ夜中に人に見つからず猫一匹捕まえるのも難しそうだと考えた僕は、ミヨに依頼の真実を伏せて説明する。それを聞いた瞬間、彼女は猫を抱きながら小躍りし始めた。


「素敵な仕事じゃない! 私もそっちの部署で働きたかったわ、さぁ作戦会議よ。捕まえた何匹くらいかは施設の中で放し飼いにしましょう」


 ねこあつめをやる気満々になった彼女と共に打ち合わせを行い、ある日の深夜、一通りの運転技術を学んでいる彼女の運転するトラックで野良猫達が大量にいると言われている地域へと向かう。


「情報通り、普通にそこら中に猫がいるのね。余所者の私達を見ても逃げようともしない」

「地域猫だと主張して餌付けしている人達がいるらしくてね。その人達には申し訳ないけど、適切な数になるように減らそうか。目標は30匹」

「任せなさい。食べたらすぐにぐっすり、特性の餌を作って来たわ」


 周囲に人の気配が無いかを確認しているミヨの代わりに、近くでじっとこちらを見ている猫達に餌をやる。猫用おやつとして有名なペーストをベースに作られているのか、猫達は我先にへと群がり餌を食べていく。これだけなら他人に見られても夜中に猫に餌付けをしている人くらいで済むのだが、問題はその後だ。


「ちょっと、猫はこうやって掴んで持つのよ。習わなかったの」

「どこで習うんだいそんなの」


 早速眠ってしまった猫を慎重に抱きかかえてトラックの中に搬入する僕を見て、呆れながら見本とばかりに両手で二匹の猫の首根っこを掴んでひょいとトラックの中へ。


「そっちの方が可哀想だけど」

「猫ってのは親猫が子猫の首を咥えて運ぶの。だから首を掴むと安心するのよ」


 前から猫が好きだったのか、猫を飼うと決めたことで知識を学んだのかは知らないが、彼女の猫に関する蘊蓄を聞きながら、僕達はうじゃうじゃといた猫達をあっと言う間に減らして行く。


「さて、帰りましょ。ザコもトラック運転くらい学んでるんだよね? 帰りは運転してよ」

「大事な猫ちゃんを積んだまま僕に運転しろと?」

「私が運転するわ」


 そして行きも帰りも女性に運転させる情けないペーパードライバーの僕は、組織につくと施設の中で放し飼いにするらしい数匹の猫と共にミヨを帰し、選ばれなかった猫達を処分して行く。


「……? ちょっと血の匂いがするわよ?」

「へ? ああ、他の部署に猫を送り届ける間にちょっと引っかかれちゃったのかな」

「ドジねー。それより、新しい猫達にも名前をつけましょう。この三毛猫が、34と35の最大公約数が1だからワンちゃんで、こっちの黒猫が、34と35の最小公倍数が1190だから鎌倉で…あ、鎌倉幕府は1190年説もあるのよ」


 新しい猫にまた変な名前を付け続ける彼女を眺めながら、僕が処分した猫と彼女に飼われた猫に一体何の違いがあるのだろうかと考える。

 所詮はここは人間の国だ。いくら猫が可愛いからって、人間より優先されるなんて事はあってはならない。

 増え過ぎたら駆除をする。それは当然の事だし、野良猫は人間社会にとっては悪の面も持つのだから仕方がない。

 けれどそのうち数匹はミヨがランダムに、あるいは自分の中の好みで選んで救ってしまった。

 悪として処分されるかどうかの線引きが運やルッキズムだと言うのであれば、この世は実に残酷だ。


 そんな事を考えながら、僕は施設で猫を放し飼いするためにはどんな手続きをすればいいんだろうと浮かれているミヨに代わって悩むのだった。

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