落ちこぼれ暗殺者は仕事を受ける
「サコ。お前に初仕事だ」
この日、僕を呼んだ上司はそう告げた。
「……へ?」
目の前の人間が何を言っているのか理解できない僕は、そんな素っ頓狂な声を出してしまう。
「どういうことよ! ザコに仕事なんて!」
「ミヨ……お前は訓練の時間だろう」
気付けば僕の隣には、素っ頓狂どころか発狂している様子のミヨがいて、上司を睨みつけていた。
どうやら僕が上司に呼ばれる事を不審に思ってついてきたらしい。
「こいつに仕事が出来る訳無いでしょう!? 仕事なら私が代わりにやるわ」
「ミヨ。お前にはお前の仕事がある」
「……! まさか、仕事の失敗を装ってザコを始末するつもり!? そんなの許さない……」
一人で勝手に良からぬ想像をして、上司とは言えど一線を退いており、彼女が本気を出せば殺せてしまうであろう相手に向かって殺気を放つ彼女。そんな彼女を必死に宥めていると、上司は溜め息をつきながら、ターゲットの情報が書かれた紙を僕達に見せる。
「安心しろ、ミヨ。サコのターゲットは寝たきりの子供。しかも依頼者は両親でいわば協力者。反撃される心配も無い、サコでも出来る仕事なんだよ」
「それなら確かにザコでも……ちょ、ちょっと待ってよ、子供を殺すなんて」
確かに紙に写っているのは小さな男の子。ミヨはこのくらいの年齢でも既に暗殺者として一人前の能力を有していたが、この子供は先天性の病気があってほとんど寝たきり。僕でも簡単に始末出来るし、両親が協力者なら証拠の隠滅だって容易いだろう。
ただ、僕達の組織は矛盾しているが正義の殺し屋。法で裁けない悪や、武力で法を無視する悪を裁くために存在しており、ターゲットは一般人からすれば『悪人』だ。
そういう相手ばかり殺して来た、自分の中の正義を大事にしているミヨにとって、小さな子供を殺すというのは受け入れ難いのか、年相応の少女のように恐怖で怯え始める。
「この子の病気を治すには、最先端の医療でも数億はかかる。手術に成功したとしても、健常者のようには動けない。延命だってお金がかかる。このままじゃ家庭が崩壊する……だから、『優生思想を持つ非道な殺人鬼に子供が殺されてしまった』という悲劇が必要なんだ」
「それでもお金を集めて手術を受けさせるのが親の仕事でしょ!? 有名な医者だって、その言葉が聞きたかったって言ってるじゃない!? 大体、何でこいつが殺さないといけない訳? 百歩譲っても、親がやることでしょ?」
「漫画と現実をごっちゃにするな。誰だって自分の手は汚したくない。ましてや自分の子供に手をかけるなんて無理だ。そういう弱い人間達の代わりにナイフを突き立てて悪役になる、これも立派な我々の仕事なんだよ」
「おかしい……おかしい……こんなの正義の味方じゃない……」
これも社会全体の為なんだ、と説明をする上司と、自分が仕事をする訳でも無いのに納得出来ないとぶつぶつと呟くミヨ。
僕はターゲットである、僕と同じく落ちこぼれの存在である少年をしばらく見つめた後、
「わかりました。やらせてください」
落ちこぼれなりに組織の為に、社会の為に、彼の両親の為に悪となる決意を固める。
そこから具体的な作戦の話を僕達はし始める。と言っても、ただ民家に行って、寝たきりの子供を殺すだけだ。彼の両親は見て見ぬフリをすることになっているし、僕はただ両親の代わりに手を汚すだけの機械になればいい。
打ち合わせを終えて部屋に戻り、作戦決行時刻である明日の夜に備えて精神を落ち着かせたり、ミヨに貰った本を読んだりと時間を潰す。
「ねえ……本当にこんな下らない仕事を受けるの? こんな事で人殺しになるつもり? 本当の悪はこの子供じゃないわ、両親よ。法で裁かれる覚悟も無く、自分で手を汚す覚悟も無い。そんな人達のために何でザコが手を汚さないといけないの?」
やがてもうすぐ出発の時間となるが、ミヨはずっと納得が行っていないらしく、僕を部屋から出すまいとずっと説得し続ける。
彼女も殺しには抵抗があって、それでも正義の為だと自分に言い聞かせて戦って来たのだろう。
殺しなんてやらない方がいいに決まってるという真っ当な価値観を持ち合わせているし、理由はわからないが彼女が好きな僕が人殺しになるのは嫌なのだろう。
「人間は弱いんだよ。多くの人間は自分だけで精一杯、もっと弱い人間を守る事も出来やしない。落ちこぼれの僕は、両親の気持ちもわかるし、ある意味では子供の気持ちもわかる。自分が役に立たない存在であることは、周囲に迷惑をかけ続ける存在であることは誰よりも自覚していて、それでも命を絶つ勇気も出なくて、ずっと悩んで苦しむんだ。僕も何度も思ったよ。ああ、誰か一瞬で僕を殺してくれないかなって。あの子の両親だって、それなりの決意はしてるんだよ。最初は子供を救おうと必死にお金をかき集めて、自分達だけじゃどうにもならなくなって募金活動をして、世間から批判もされて。そうやって色んな葛藤の末に、藁にも縋る思いで組織に頼んだんだ。口外したりすれば自分達が消されてしまう、そんなリスクだって背負ってさ」
そんな彼女を宥めながら、自分に言い聞かせながら、コーヒーを淹れて飲もうとするが、言葉では立派な? 言い訳をしても身体は抵抗があるらしく、手はガタガタと震えてしまう。
「この仕事は、ミヨちゃんみたいな優しい子には出来ない。他の人達だってやりたがらないよ。僕みたいな、落ちこぼれが社会にとっての悪だって自覚出来る人間じゃないと駄目なんだ」
やがて手の震えも収まり、少し零れてしまったコーヒーを飲み干すと、不意打ち気味に彼女にキスをする。
彼女が好きなのは人殺しじゃない僕だろうから。
彼女の好きな僕が死ぬ前に。
僕が人殺しになってしまう前に。
彼女に思い出を作ってあげたくて。
…
……
………
結局キスだけじゃ終わらずに、危うく遅刻しそうになった僕はベッドで寝ている彼女に毛布を掛けて、初仕事へと向かう。
数時間後。
初仕事を終えた僕が部屋に戻ると、ずっと部屋にいたであろう彼女が無言で僕にコーヒーを差し出して来る。
彼女がコーヒーを淹れるのに慣れていないこともあり、とても苦い。けれど人殺しになった僕にはぴったりの味だ。
「……うまくいったの?」
「まあ、なるべく証拠は残さないようにしたけどさ、警察への介入だとか、そういうのをやってる部隊もあるし、そっちが何とかしてくれるでしょ」
「ふうん。……両親は、ザコに感謝してた?」
「僕から目を逸らして、ずっと泣いてたよ」
「身勝手ね。顔も名前もわからないけれど、私達の両親もきっとそのくらい身勝手な人だったんでしょうね」
二人でベッドに腰かけて、コクコクとコーヒーを飲みながら仕事の感想を彼女に話す。
普段はどんな悪人をどうやって殺したかを自慢気に話す、傍から見ればモラルの崩壊している彼女だったが、民家に行って家族公認の下、寝ている子供を殺したという事実を淡々と告げる僕に若干引いているのを見るに、僕よりもまともな人間らしい。
「……私達のやってる事って、正しいのよね?」
「正しいとか間違ってるとか、誰にも決める権利は無いんだよ。国の為、だとか、社会の為、だとか、家族の為とか、そういった大義名分を信じないと、僕達のような弱い人間は生きられない。ミヨちゃんは正しいって、僕が保障するよ。だから、ミヨちゃんも僕が正しいって、信じて欲しい」
「……ザコの癖に生意気」
自分の正しさも、組織の正しさもわからなくなってしまったミヨ。
気の迷いは戦いにおいて致命傷になりかねないので、彼女は正しいんだと肩を抱きながら洗脳にかかる、今後も楽な戦いが待っているであろう僕だった。




