落ちこぼれ暗殺者はコーヒーを淹れる
施設の中にある、狭い僕の部屋の中で雑務を終えた僕は、もうすぐ帰って来るらしい彼女の為にコーヒーを淹れる。
部屋の中にコーヒーの匂いが漂う頃、鍵を開けておくかと部屋のドアに手を伸ばすも、既に開いていることに気づき、閉めたはずなのにおかしいなと首を傾げながら振り向くと、そこには僕のベッドにうつ伏せで寝ている彼女……ミヨがいた。
「ただいま~。ザコ、肩揉んで~」
「おかえりミヨちゃん。暗殺者だからって、気配を隠して僕の部屋に入る必要は無いんじゃないかな」
「日々鍛錬よ。ザコに気付かれたら危険信号だから猛特訓しないといけないの」
彼女に雑魚と呼ばれた、正式名称はサコと言う僕は彼女にコーヒーを渡して仕事で疲れたであろう身体を労わる。
特殊な訓練により熱さをほとんど感じない彼女はうつ伏せのまま、熱々のコーヒーをコクコクと飲みながら嬉しそうに今日の戦果を報告し始めた。
「今日もね、法で裁けない悪を裁いたんだよ。偉いでしょ?」
「法治国家において法で裁けないならそれは悪なのかな」
「だって裁判官買収して無理矢理無罪になったんだよ? 私ムカついて、裁判官も殺そうと思ったんだけど、止められちゃってさ~。あ~イラつく」
会話の空気こそ普通の人間と変わらないが、その話す内容は普通じゃない。
と言っても、僕達は普通の人間の世界をあまり知らないけど。
世の中は綺麗事だけでは成り立たない。
誰かが正義のために悪人にならないといけない事だってある。
それを象徴するのが僕達のような、国が密かに抱えている暗殺者だ。
孤児の中でも色々と訳ありらしい僕達は物心ついた時には施設にいて、
そこで暗殺者として思想だったり、技術だったりを学び続けた。
けれども僕達は才能があったから暗殺者として育てられた訳では無い。
34番……ミヨには高い才能があった一方で、35番……僕には全く才能が無かった。
運動神経も無く、血を見るのも怖く、人間を傷つけるどころか動物を傷つけることも抵抗のある、普通の人間達の世界なら『優しい人間だね』と肯定的に受け止められるかもしれないけれど、暗殺者としてはどうしようもない落ちこぼれだった。
勿論、落ちこぼれだから暗殺者にならずに一般人として暮らしました、塞翁が馬なんて展開は有り得ない。
落ちこぼれとは言えど社会の暗部を知ってしまった僕に普通の人生は許されず、インターネットも出来ないような施設の中で雑務をこなし、同期のミヨのお世話をする毎日だ。
ミヨは自分のやっていることは社会全体の為になっていると信じている。
勿論そういう風に教育、悪く言えば洗脳されているのだ。
じゃあ僕の存在は社会全体の中でどうなのだろう。
国が多大なコストをかけた甲斐は無く、社会の機密を知っているため普通の人間として社会に貢献する事も出来ない。
「僕も社会の中では悪なんだろうね。周りの人は仕事に失敗して死ぬことだってあるのに、何も出来ない僕はのうのうとタダ飯を食らっている。皆から疎まれてるのも知ってるよ。ミヨちゃんが僕を法で裁けない悪だと思うなら、僕を殺していいからね」
「はぁ? ザコは頭もザコね。いい? ザコが淹れるコーヒーを私が飲む。パワーとスピードが3倍になる。仕事がたくさんできる。つまりザコは私の2倍社会に役立ってるの。……あれ? おかしくない?」
そんな悩みを自虐的に彼女に打ち明けると、彼女は溜め息をついて、ちょっとだけ頭がザコな部分と、普通の人間に詳しくない僕でもわかる好意を出して来る。
僕が肩を揉んだり、コーヒーを淹れたり、彼女の話し相手になることでどれだけ彼女の仕事の効率が上がるのかは知らないが、少しでも彼女が活躍できるのであれば、生き残る可能性が高くなるのであれば、僕は全力でそれをやる。
彼女が言う通り間接的に僕も社会正義に役立っていると思わないと自分を保てないというのもあるし、落ちこぼれの僕によって彼女は唯一の味方であり、彼女が死んでしまえば僕は組織内での立場が完全に無くなってしまい、生きる意味も無くなるしそれ以前に消されてもおかしくないというのもある。
「さて、そろそろ訓練しなくちゃ。ザコもマッサージとコーヒーの勉強をもっとしなさい」
見込みが無さすぎて日々の訓練すら免除となっている僕に仕事のついでに入手したらしい、マッサージやコーヒーに関する本を押し付けると、彼女は僕の目の前から消えて、後に残ったのはコーヒーの残り香と開いたドア。
僕は本を読みながら、マッサージの才能があったら漫画のように秘孔をついて暗殺出来るのかなぁと、ちょっと、いや、かなり馬鹿な事を考えるのだった。




