プロローグ②───月光の意志
まだプロローグですぜ。
あのまま聖女はお茶会に現れることなく、結局ろくに話すことができなかった。ベットの上で、ゆっくりと思考する。
(今度こそちゃんと友人になれると思っていたのに。)
ディアナは前世での己の理不尽な振る舞いを恥じ、今回こそはちゃんとこの王国の一員として彼女に尽くそうと考えていた。この世界で、聖女とは最も身分の高い存在とされている。それは政治的な意味ではなく、種族的な意味合いとして。神にほど近い聖女は人間よりも高位な存在とされていた。しかしどれ程の力を秘めていようと、結局この社会を生きていくには権力が全てだ。お世話役と称して高位貴族と交流させるのも、より身近なところに男性を置くのも、この国に縛りつけようとする策略だろう。
そもそも、聖者や聖女というのは今までずっと伝説上の生き物だったのだ。世界を救うために神に使わされ、幸福と豊かさをもたらす、世界中で御伽噺として語り継がれる一般的な物語。彼らに関する逸話はその地域ごとによって様々で、各地で英雄的な活躍をした人物に当てはめたというのが定説だった。
(それが本当に現れてしまった……)
(自分たちが無理やり連れてきたくせに、よくもまぁ被害者ぶれるものだわ。)
メイナは今、国の東にある魔の森にいた。魔の森というのは、その名の通り魔族と人間の生活区域の境界に当たる森だ。間の森とも取れるだろう。双方はお互いがお互いを悪だと信じて疑わない。勝手な噂が独り歩きして民間人は近づかないし、国境警備隊も無駄な小競り合いを嫌って森の中まで踏み入ることは無い。ここはメイナにとって鍛錬にピッタリの都合のいい場所だった。そして、鬱憤を晴らすのにも。
(私が何をするかは私が決める。)
もう一度やり直してみると、初めからおかしいことだらけだ。
2度目に戻ってきた私がまず目にしたのは、聖女をどう利用するか議論に白熱するジジイ共だった。私が現れたのは国の重鎮が集まり会議している最中の王の間。女神によるお告げがいきなり響き渡ったかと思うと眩い光とともにそこに立っていたのだ。混乱し目の前に本人がいることも忘れて意見を交わす彼らによると、聖女は厄介だが魔の森に隣接するこの国にとって強力な兵器になり得るということらしい。1度目、私は突然の事で理解が追いつかず、この会話を聴き逃してしまっていた。
私に課された使命は、その力を用いて魔族の王、魔王を倒すこと。前回、私は特に疑うこともなくそれに従った。脳天気な自分に本当に腹が立つ。
そもそも世界の危機とは、世界中で原因不明のまま生き物が大量に死んでいったことだ。病気でもなければ魔力障害でもない。人々はいつ訪れるとも知らない死に恐怖するしか無かった。
人間は魔族のせいにし、魔族は人間のせいにする。
この世界の歴史は大抵がそれで片付けられる。互いが互いのことを憎み、聖女が現れた時は戦争まであと一歩のところだった。たしかに、王国の聖女の扱いは間違っていなかったとも言える。聖女が対処しなければ双方から多大な死者が出て、世界中の命が散っていたかもしれない。が、それでも片方が一方的に蹂躙されるよりはマシだったのではないか。
ドゴンッ!!
メイナが力任せに木々をなぎ倒す。
魔族にも聖女の御伽噺は広がっている。ヒーローを心待ちにしていた子供たちが、そのヒーローから悪役として杖を向けられた時、どんな気持ちになっただろう。魔王を討ったその時、彼の愛した国と彼を愛した国民たちは何を思ったのだろう。
「何が貴方のため?!ふざけんな!!!」
私の周りには魔族へのヘイトを高めるための教材で溢れていた。そして、前の世界での先入観から疑うことなく魔族が悪だと思い込んだ私は、なんと御しやすいカモだっだろう。
私がそれを知ったのは帰還後に夢で行われた女神のお告げ。涙ながらに告げられた事実に、何度後悔したことか。私はヒーローでも聖女でもなく、ただの戦争屋だった。
「ああ嫌だ!!」
メイナは目の前の泥を振り払うようにして叫んだ。
「……やっぱり、妙だわ。」
ディアナは、すっかり冴えてしまった目で夜空を見つめた。彼女には引っかかっていることがあった。あの悪魔に言われた言葉だ。
「ふざけるな!なぜそうも醜い!?何千年も仲間同士で争う欲深いお前らに、我々の高潔な魂が、欲を司る我々の力が扱えるわけないだろう!!」
悪魔は受肉することはあれど基本的に魂だけの存在であり、私たちとは根本的に異なる。悪魔しかり精霊しかり、長い年月を生き己を律する彼らにとって、人はあまりにも欲深く理解し難い。それでも私たちに手を貸そうとするのは、それが彼らに女神が与えた役割だからだろう。
しかし、よりにも寄って神の使いである聖女を害そうした私は、彼にとって願いを聞くに値しなかったらしい。だから私は無理やり力を奪い取ったのだ。が、結局魂を穢したことで本来の力が乱れて逆に弱体化し、呆気なく死んだ。
「彼は、私たち人間と魔族を仲間だと……」
あまりにも気持ち悪い内容で、彼女にとっては受け入れ難い。しかし、悪魔は嘘をつくことができない。言葉巧みに人を操ることはあれど、決して嘘をついてはいけないと女神に定められているのだ。
「1度ちゃんと調べる必要がありそうね。そして、彼にもちゃんと償わなければ。」
ディアナは決意を新たに月を見上げた。
同じ月を見ながら、メイナは考えていた。前回、騙されていたことに失望して世界を救うという使命をほおり投げ、その後は元の世界へ帰る方法を探すことに必死になっていた。結局、人が死んでいく原因は分からずじまいだ。
(魔族が原因だという話が本当だとは思えないけど、魔王を倒した後死の気配が遠ざかっていたのは確かなんだよね。)
「私には関係ない。」
口ではそう言いつつも、元は慈悲深く実直な彼女は思考を止めることができない。
(死について分かっていることは3つ。1つ、種族や年齢、男女問わず等しく侵されること。2つ、聖女の力で一時的に退けることができるが、時間が経てばまた苦しみは訪れるということ。3つ、女神は知っているということ。)
女神と会うとき、彼女は一度も世界を救ってほしいと言わなかった。つまりそれは、この世界における現象を彼女は黙認しているということだ。
見捨てられない、その言葉が何度もチラつく。
メイナは破壊した。森を、大地を、風を。他人に気を配ってしまう自分に酷く腹が立つ。意識の乖離が気持ち悪くて仕方がない。
「さっさとあいつを殺しましょう。」
メイナは、黒く染った瞳で決意を固めた。
月は等しく。月は美しく。月は恐ろしく。
今宵、月明かりにふける者がもう一人。まだ14かそこらに見える少年だ。いつもは麗しく輝く髪と強い意志を宿す瞳が、今夜ばかりは力を抜いてぼやけている。
「今日の月はなんだか恐ろしい。」
少年の頼りなさげにつぶやく言葉が、暗い王宮に静かに響いた。
「ジェノ」
「母上…!」
「こんな夜更けにどうしたの?風邪をひいてしまうわ。」
そこへ、薔薇を思わせる美しい女性が1人。華やかな容姿は、寝るための装いも上品に着こなしていた。
「少し、眠れないんです。」
「あらそう?けれど、護衛もつけずに部屋を抜け出してはダメよ。」
「申し訳ありません。」
「ほら、おいで。貴方の部屋にミルクティーを用意させておいたわ。それを飲んで、今日はぐっすり眠るのよ。」
優しく言い聞かせる母に、少年は素直に頷いた。冷えきった体を母のぬくもりによせて、静かな廊下を共に歩く。
(さっきまでの不安が嘘みたいだ。)
先程まで感じていた言いようのない恐ろしさが、母の姿を見ただけで解きほぐされていく。
「母上のそばは安心します。」
「あら、かわいらしいことを言ってくれるのね。」
年頃にも関わらず、まだ素直に慕ってくれる息子を見て、思わず笑みがこぼれる。クスクスと穏やかに笑う声を聞いて、少年はもう眠れるだろうと感じていた。
同じ星にいるならば、見上げる月もきっと同じ。けれど、ひとたび違う世界に行けば、その月は形ばかり似通った全くの別物だ。
「あーマジで、クソみてぇな人生だ!」
黒い髪に黒い目をした少年は、森の中を一目散に駆けていた。少年の背後からは化け物が暴れているかのような破壊音が断続的に流れている。本能的に、そいつに見つかったらヤバいと悟った。
「ざけんなよクソが!!」
盛大に暴言を吐く彼の目は、泣き腫らした後のように赤く腫れていた。
──────つい先程まで、彼は絶望のさなかにあった。生きる希望を無くし呆然としていた彼は、そのまま死んだ。暴走したトラックが彼に突っ込んだのだ。
撥ねられた衝撃と痛みを、彼ははっきりと覚えている。骨が折れ、肉が削げ、ドーパミンが慌てて生成される。そしてふっと、意識を失った。
気づくと、彼は森の中に居た。その瞬間から迫りくる破壊音。不思議と傷が無くなった体を必死に動かして、森の出口を目指す。
「はァ、ハァ……!」
現代日本人のろくに体力のない肉体にも関わらず、少年はものすごい速度で走り続けていた。
(なんだよこれ!意味わかんねぇ!!)
まるで形はそのままに全ての細胞が入れ替わったような、テセウスの船を自らに体現したような違和感に顔を顰める。
「う"っ!」
とうとう不快感が限界に達し、地面に膝を着く。
(頭が回らねぇっ!)
ぐわんぐわんと視界が歪み耳鳴りが響く。少年は、そのまま気を失った。
「ッ!」
はっと目を覚ますと、すっかり夜が明け暖かい日差しがさしていた。あの破壊音はもう聞こえない。穏やかな木々のざわめきに、ゆっくりと心音を落ち着ける。
(……この状況、あの化け物。)
異世界転移、という言葉が頭をよぎった。
「……とにかく、動くしかねぇ。」
宛もなく進むと、しばらくして森を抜け視界が開けた。遠くに集落らしき家々が見える。ホッと息を吐いた、その時、
「な、何奴!」
「ヒッ!」
思わず悲鳴が漏れる。彼の前に現れたのは、槍を持った二足歩行の喋るトカゲ。
「……!お前もしや、人間か?」
トカゲは信じられないものを見るような顔をしていた。
「おい隊長、どうした?」
「まさか人間でもいたか?」
「ハハ、そりゃいい!俺たちゃ人間を殺した英雄様だ!」
遠くから、トカゲの仲間らしき奴らが近づいてきた。
トカゲは苦しそうに眉を寄せ、迷うように彼を見つめた。少年は殺される危険を前にして、達観したようにトカゲを見据える。
(こいつの目には何もない。希望も幸福も。)
少年は元の世界に未練はない。だからと言って、異世界で生き抜く覚悟なんてあるわけもなかった。生に簡単に諦めがついたのだろう。
トカゲの目に映ったその姿はあまりにも小さく、弱々しい。
「……クソッ!」
トカゲは肩にかけたマントを脱いでバサリと少年に被せた。
「あそこに祠がある。あの中で日が沈むまで静かに待っていろ。」
「お前……」
「何も言うな。今はただ、言う通りにしろ。」
その迫力に、少年は祠へ向け足を進める。
「隊長、ほんとに大丈夫か?」
「ああいや、なんでもねぇよ。糞してただけだ。」
「げッ!隊長きったねぇ!!」
ギャララ、と、笑い声と言うより怪獣の鳴き声のような音が聞こえる。
(ああマジで、異世界になんざ来なくて良かったからあのまま死にたかった。)
少年の嘆きが静かに世界をゆらした。
誤字脱字報告お願いします(>人<;)まぁなんとなく分かると思いますが、メイナは前回理不尽に当たり散らすことができなかったので今してるし、ディアナは周りに目を向け冷静に思考を巡らすことができなかったので今してます。そういえば少年が2人出てきましたね。異世界転移したとき、ちゃんとファンタジーならいいけどね。もしパラレルワールドとかドリームコアとかだったら私たぶん自殺した方がましだと思う。メイナと少年はどうだったのかな?




