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第1話:連れてこられたのは、花よりも毒の香る園でした

前の作品よりも科学要素をふんだんに盛り込み、医学から引っ張った内容も入れてみました。

「お前、毒の鑑定ができるらしいな?」


 


 唐突にそう言われたのは、秋風が乾いた野を吹き抜ける昼下がりだった。


 辺境の医療館で、干した薬草を仕分けていた少女――**青焔せいえん**は顔も上げず、短く返す。


 


「できますけど。依頼なら証拠品と検体を――」


 


「いや、違う。依頼じゃない。任命だ」


 


 そう言って男たちは、彼女を縄で縛った。


 口にされたのは、任命。だがその実態は、“徴用”という名の強制連行だった。




(……どうして、私は今、こんな場所にいるんだ?)


 


 青焔は、真っ白な漆喰の壁と、見事すぎるまでに手入れされた花木に囲まれた庭を眺め、盛大に溜息をつく。


 着せられた服は細い紐で縛られた濃紺の官服。薬師であることを示す青い刺繍が袖口に入っていた。


 目の前には、精緻な錦を着た女性たち。艶やかな髪に高価なかんざし。表面上の笑みは浮かべているが、その瞳は刺すように冷たい。


 


 ここは――後宮。


 皇帝の妃と、それを取り巻く数千人の女性たちの城。


 そして、青焔という“異物”が突然放り込まれた、最も不穏な場所だった。




「……三人目の妃が死んだ。三人とも、同じ症状だった」


 宮廷医官の一人が、青焔の前で顔をしかめて言った。


 高熱、嘔吐、虚脱感、そして――死亡。


 病の発生源もわからず、感染も見られず、死体に目立った外傷もない。


 宮内では「先帝の妃の祟りだ」「呪いだ」と騒ぎになっていた。


 


 だが、青焔はそれを一蹴する。


 


「祟りがどうやって細胞を破壊するんです?」


「な、何だと?」


「高熱は視床下部の炎症反応、嘔吐は延髄の化学受容器への刺激、虚脱は低ナトリウム血症か中枢神経の障害……つまり、これは毒です。しかも、脂溶性の。」


 


 その場にいた医官たちは唖然とした。


 彼女が口にしたのは、後宮で語られる“怪談”ではなく、“現実の症候学”だった。


 


 青焔はまず、死んだ妃たちが直前に何を食べ、何を肌に塗っていたかを調べた。


 後宮には、日誌のような「日録じつろく」と呼ばれる帳面があり、女官たちの食事や行動が簡易に記されていた。


 そして、共通点を見つける。


 


 ――“桃花湯とうかとう”。


 


 美肌に効くとされる、桃の花と山査子を煮詰めた薬湯だ。


 しかし青焔は、その中に微量の“灰白色の粒子”が混入しているのを発見する。


 


「これは……白鉛はくえんか?」


 


 鉛化合物。古来、肌を白く見せるために用いられていたが、摂取すれば神経毒として作用する。


 嘔吐、腸閉塞、貧血、最終的には脳神経の障害――死亡。


 


 だが不思議なことに、使用していた女官の一部は生きていた。


 


「量だ。体質と蓄積量……妃たちは脂肪が少なく、鉛が一気に脳へ到達した」


 


 脂溶性毒の特徴。脂肪に溶け込むことで、一見症状が出ないが、ある閾値を超えた瞬間に毒性が爆発する。


 つまりこれは、“美白薬”と称して毒を少量ずつ盛る、遅効性毒殺。


 


 使用の推奨者は――とある侍女頭。


 その背後には、別の妃の影が見え隠れしていた。


 


 その夜、青焔は静かに、毒入りの薬湯と通常の薬湯を、医術局の試薬で分析した。


 色の変化、沈殿、熱反応。


 そして、化学的な鑑定結果が示した。


 


 「桃花湯には、確かに鉛成分が含まれている」


 


 それが、死の正体だった。


 


 だが、ただ一人、青焔の分析に眉をひそめた者がいた。


 宮中の高級侍医、老齢の男だった。


 


「証明などして、どうなる。呪いにしておけば、皆が納得して静まるのだ」


 


 青焔はその言葉に、しばらく黙っていたが、やがて静かに笑った。


 


「納得して、死ねるならどうぞ。でも、私は、毒に殺される女を見たくない」


 


 その言葉に、老医は黙った。




 後宮に巻き起こる奇怪な死。


 噂と怨念に彩られた迷宮で、青焔はただ一つの武器――科学的知識と鑑定眼で、真実に迫る。


 


 それが、次に繋がる連続事件の始まりであるとは、まだ誰も知らなかった。

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