第二章:交差する賭けと運命
──ヴァルハ部隊。エリズコアを守るため、日々最前線に立ち、任務にあたる武力部門。
海は、その言葉の響きにどこか懐かしさを覚えていた。
自分の過去はきっと、こういう場所があった気がする──誰かを守るために、自分の力を使うような、そんな場所。
「本当に受けるのかい?」
受付の事務官が確かめるように言った。
「……はい!」
迷いはなかった。
海は正式にの入隊試験に申し込み、訓練ドームの受付へと案内された。そこには十数名の志願者が列をなしていたが、緊張している者もいれば、意気込んでいる者、さまざまだ。
中でも海の視線を惹いたのは──ステージの上に立つ、一人の派手な少女だった。
「はーい! 今日はヴァルハ部隊の戦闘適正試験! 担当はこの私、オルビスグループ幹部、ルミナよ! そこの新人くん、名前は?」
「……海です」
「ふふん、海くんね。いい顔してるじゃない。初々しくて嫌いじゃないわよ」
そう言って、彼女は胸元に抱いた丸い生き物──猫を掲げた。
「ちなみにこっちはルチ。癒し担当!」
「にゃー」
「……こんにちは」
ペットにまで丁寧に挨拶してしまう自分に、海は内心で苦笑する。
ルミナは片手をくるりと回しながら、ステージを指差す。
「じゃ、さっそくいくわよ。バーチャル模擬戦、みんな準備はいい?」
「はい」
海は目を閉じ、深く息を吸った。冷静でいられること。それだけが、自分の武器だった。
* * *
数分後、テストは終わった。
全身を汗で濡らしながら、海はステージの下に降りる。
ルミナがモニターを見ながら、唸るように呟いた。
「戦闘適正値──p25」
「えっ」
周囲の志願者たちがざわつく。
p25。それは、新入りとしては明らかに異常な数値だった。
通常、訓練を経た兵士ですらp15前後。数値は肉体能力、反応速度、エネルギー適応力、戦術行動など総合的な力を示している。
「新人でこの値……あなた、どこかで訓練受けたの?」
「受けてません」
「……はああ!? うっそ、本当に? じゃあ、天性の勘ってやつ?」
ルチも「にゃっ」と鳴いた。
ルミナはモニターを閉じながら、腕を組んだ。
「p25はね、少なくとも“即戦力”って評価よ。ステーションの戦闘ランクにはp99っていう上限値があって……」
「……それが最強?」
「そう。p99はたったひとりしかいない。今は名前を伏せるけど、いずれ出会うことになるわ」
その目には、尊敬とも恐れとも取れる光が宿っていた。
「ま、ともかく合格! あなた、今日からヴァルハ部隊の仲間よ。私がチームを編成してあげる」
「……ありがとうございます!」
海の中に、静かに熱が灯る。
ここでなら、自分の力が人のためになるかもしれない。
あのとき、手を差し伸べてくれた男のように。
* * *
訓練ドームの奥、ガラス張りの会議室に案内されると、すでに数名の若者たちが集まっていた。
「チームを編成したわ。これがあなたの仲間よ」
ルミナが声をかけると、明るい声が弾けた。
「おーっ、この人が新人? わぁ、緊張してる? 私はエレーナ! よろしくねっ!」
快活で、元気いっぱいの少女が手を差し出してくる。思わず海も笑みを返した。
「海だ。よろしく」
「ふふ、元気ね。私はエリ。困ったことがあったら言ってね。大丈夫、私、頼りになるから」
やや大人びた少女が、優しく微笑む。その瞳は落ち着いていて、どこか母性的な雰囲気すらある。
そして、短く背筋を伸ばした青年が言う。
「ラインだ。リーダーを任されている。期待してるぞ。仲間として、よろしくな」
彼の言葉には、真っ直ぐな信念があった。穹は、その眼差しに惹かれるものを感じた。
「……あ、彼はカフ。あんまりしゃべらないけど、悪い奴じゃないのよ」
ルミナに紹介されると、眼鏡の青年が静かにうなずいた。
「どうも。カフです」
一見、他人に興味がなさそうな冷淡さがあったが、どこか遠くを見るような目が印象的だった。
チームの顔合わせ終了後、ルミナがみんなをステーション内に案内してくれていた。
「この区画は技術開発棟。で、向こうがオルビスの研究室……」
彼女が説明している最中、不意に、どこか優雅な声が後方から届いた。
「やあ、ルミナ。元気そうでなによりだ」
その声に、ルミナがぴくっと反応し、後ろを振り返る。
そこに立っていたのは──
光を跳ね返す金髪と、青色の瞳を持つ男。
服装は華やかで、明らかに一般人のそれではない。
海たちの視線が彼に集まる中、ルミナが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「……カイン。なに? わざわざ出張ってきたわけ?」
彼は穏やかに微笑んだ。
「たまたま通りかかっただけさ。君が新人を案内してるって聞いたから、挨拶でもと思ってね。ルチも元気そうだ」
「にゃ」
ルチが短く鳴いた。カインは満足そうに微笑む。
「それにしても、君が案内役なんて珍しいね。……もしかして、誰か気になる子でもいたのかい?」
「そ、そんなわけないでしょ! 仕事よ、仕事!」
顔を赤くしながら、ルミナはカインから顔を背けた。
カインはそんな空気を楽しむように、海たちに視線を向ける。
「はじめまして、新人くん。名前は?」
「海です」
「海くん、いい名前だね。君、運はいい方かい?」
「あまり自信はないけど……」
「それなら、試してみようか。ちょっとした運試しだ。
僕が勝ったら──今日のランチは僕が選ぶ。君が勝ったら、好きなメニューを奢ってあげる。どうだい?」
「賭け、ですか……いいですよ」
海は意気込む
「それじゃあ──一枚引くだけのシンプルな勝負だよ。どちらがハートを引くか」
彼は懐から一組のカードを取り出す。動作は洗練されており、カードがまるで風に舞うようだった。
海が引いたカードは、スペードの2。
カインは残ったカードの中から、迷いもなく一枚を引き──ハートのキングを掲げた。
「……ふふ、やっぱり僕の勝ちだね。ごめんよ、海くん。今日は焼き魚定食だ」
「……」
海は苦笑するしかなかった。
「これは、たまたまじゃない。僕は相手の考えが手に取るようにわかるんだ。」
「さすがだな……」
ラインが唸るように言った。
「これが……エリズコアで“絶対に負けない男”と呼ばれる男の実力か」
「過大評価だよ。君たちにもそのうちわかるさ、どのカードを捨て、どのカードを残すべきかってね」
「もういいでしょ。 あんた、いい加減にしなさいよ!」
ルミナが赤くなった顔で叫ぶ。
「はは、君が怒ると、ルチまで怒って見えるよ。……冗談だって。次はもう少し、君の得になる勝負をしてあげよう」
そう言って、カインはルミナに少し優しい目を向ける。
ほんの一瞬。だが、ルミナの頬がさらに紅潮するのを、海たちは見逃さなかった。
「……さ、いくわよ。もう、次の予定があるの!」
ルミナはくるりと背を向け、早足で歩き出す。
「ああ、気をつけて。……芽衣に会うんだろう? 彼女は、君たちの“運命”を変える人かもしれないね」
最後に意味深な言葉を残し、カインは軽く手を振ってその場を去っていった。
「……相手の考えが分かるなんて、すごい人だね」
海がぽつりと漏らす。
「うん。でも、ルミナさんもすごいと思う」
エレーナがふふっと笑いながら言うと、エリも続けた。
「……うん。わかる。応援したくなるよね、あの感じ」
「な、何よ! 勝手に見てないで、早く来なさい!」
ルミナはぷりぷりと怒りながらも、歩調はどこか弾んでいた。
そんな背中を見つめながら、海はふとつぶやいた。
「さっきカインが言ってた芽衣ってどんな人なんだ?」
その瞬間、先を歩いていたルミナの足が、ピタリと止まる。
誰もが、微かに空気が変わったのを感じた。
少しの沈黙のあと、ルミナは静かに言った。
「……さっき話したでしょ。“戦闘適正値p99”。唯一の存在。……彼女が、その人間よ」
背を向けたままの声だったが、その声には、敬意とも畏怖ともつかない響きがあった。
そして、ルミナはそれ以上何も言わず、再び歩き出す。
芽衣──
その名が、どれほどの重みを持つのかを、海はまだ知らなかった。