3-4.三人の試練 ~嵐の夜の誓い~
燃える森を抜け、疲労困憊の三人は開けた場所で野営の準備を始めた。
しかし、空は急速に暗くなり、遠くで雷鳴が轟き始めた。
「嵐が来るぞ」アウルが空を見上げ、眉をひそめた。「急いで結界を張る必要がありそうだ」
セレスはその言葉に応え、水の精霊に祈りを捧げ始めた。
彼の周囲に、青く輝く水の結界が広がり、雨風を防ぐ準備が整っていく。
リラは焚き火を集め、微かに炎を灯した。
やがて、激しい雨が降り始め、強風が森を吹き荒れた。
雷鳴が轟き、時折、稲妻が夜空を切り裂く。
セレスの張った結界は、容赦なく叩きつける雨粒と強風に耐え続けていた。
焚き火のそばで、リラは膝を抱えて座っていた。
激しい雷の音は、彼女の心の奥底に眠る過去の恐怖を呼び覚ますようだった。
村人たちの罵声、燃え盛る炎の記憶――それらが洪水のように押し寄せ、リラの心を締め付ける。
「……怖い……」
リラは、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
彼女の体は小刻みに震え、抑え込もうとしても、心の不安が炎の加護を刺激し始める。
焚き火の炎が不安定に揺らめき、周囲の空気がじりじりと熱を帯びていく。
セレスは、結界を維持しながらも、リラの異変に気づいた。
彼女の体が震え、周囲の空気が熱くなっている。彼は心配そうにリラを見つめた。
その時、けたたましい雷鳴が森に響き渡り、リラの頭の中に、村が炎に包まれた悪夢が鮮明に蘇った。
「いやだ……燃えないで……!」
リラの悲痛な叫びと共に、彼女の体から制御不能な炎が噴き出した。
焚き火の炎は巨大な火柱となり、セレスの張った水の結界を内側から焼き焦がそうとする。
「リラ!」セレスは叫び、結界の強度を上げようとさらに水の精霊に力を込めた。
しかし、リラの感情に呼応する炎の勢いは増すばかりだった。
アウルは、リラのそばに駆け寄り、優しく声をかけた。
「リラ、大丈夫だ。落ち着くんだ」
しかし、恐怖で混乱しているリラの耳には、アウルの声も届かない。
彼女はただ、過去の悪夢の中で苦しみ、無意識に炎を暴走させていた。
セレスは、結界越しに苦悶の表情を浮かべるリラを、決意を込めた眼差しで見つめた。
そして、結界を弱め、自ら炎の中に足を踏み入れた。
「セレス! 危ない!」アウルの制止も間に合わない。
セレスは、熱気をものともせず、リラのそばに歩み寄った。
彼女の燃えるような赤い髪、揺らめく琥珀色の瞳は、恐怖で歪んでいる。
セレスは、躊躇うことなくリラの手を握りしめた。
「リラ……大丈夫だよ。僕がいる」
静かな思いを込めたセレスの声は、嵐の音にも負けず、リラの耳に届いた。
彼のひんやりとした手が、リラの熱い手を優しく包み込む。
セレスは、水の精霊に深く祈りを捧げた。
彼の体から溢れ出す清らかな水の力が、リラの暴走する炎を鎮め、彼女の体を冷やしていく。
「君の炎は、温かい。でも、今は少し熱すぎる。僕の水で、少しだけ冷やさせて」
セレスは、優しく語りかけながら、リラの頬に手を添えた。彼の瞳には、恐怖の色はなく、ただ純粋な優しさと、彼女を心配する深い愛情が宿っていた。
リラは、セレスの温かい眼差しと、ひんやりとした水の力に触れ、徐々に意識を取り戻していく。
彼女の体から噴き出していた炎は静まり、代わりに、込み上げてくる感情に涙があふれた。
「ごめんなさい……また、制御できなくて……」
リラは、震える声で謝った。
セレスは、優しく首を横に振った。
「謝ることはない。怖い思いをしたんだね。でも、もう大丈夫だよ。僕がそばにいるから」
彼はそう言うと、リラをそっと抱きしめた。
その温もりは、リラの凍えきった心にじんわりと染み渡る。
嵐の音はまだ響いているけれど、リラの心は、セレスの存在によって静けさを取り戻していた。
アウルは、寄り添う二人を静かに見守っていた。
炎と水。相反する力が、今、確かな絆となって、二人の心を結びつけている。
彼は、この旅の先に待つであろう、更なる試練と希望を感じていた。
嵐の夜、リラはセレスの優しさに触れ、初めて心の底から安心感を覚えた。
彼女にとって、セレスはただ力を鎮めてくれる存在ではなく、心の拠り所となる、かけがえのない人となっていたのだ。
二人の間には、言葉を超えた深い絆が、確かに結ばれていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでもリラたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は、3つ目の試練に挑む場面が描かれる予定です。お楽しみに!
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