3-2.三人の試練 ~不器用な優しさ~
三人は、最初の試練「炎の川」を無事に乗り越えた。
灼熱の溶岩が流れる川を渡るため、リラが炎の加護で不安定な橋を架け、セレスが水の加護で橋を冷やし固める。
二人の相反する力が互いを補い合い、橋は崩れることなく、彼らを対岸へと導いた。
アウルは冷静に指示を出し、二人の力を最大限に引き出す手助けをした。
疲労困憊しながらも、協力して試練を乗り越えた達成感が、三人の間に満ちていた。
その夜、彼らは森の中で野営の準備をした。
リラは、料理をするための焚き火から少し離れた場所に座っていた。
昼間、セレスと力を合わせたことで、自分の力が誰かの役に立つことを初めて実感した。
しかし、それと同時に、制御できない炎が再び暴走するかもしれないという恐怖が、彼女の心を覆っていた。
特に夜は、過去の記憶が蘇りやすく、彼女は周りの空気が熱を帯びるのを感じていた。
アウルは、そんなリラの様子に気づき、声をかけようとしていた。
彼は精霊の研究に没頭するあまり、人付き合いは得意ではない。何度となくリラに何か話しかけようとしては、言葉を飲み込んでしまったが、このときばかりは決心して言葉を紡いだ。
「リラ……その、昼間はよくやったな」
アウルは精一杯の褒め言葉を口にしたが、その声はどこかぎこちない。
リラは「はい」とだけ短く答えて、目を合わせない。
気まずい沈黙が流れる。アウルは困ったように頭をかいた。
「ええっと……リラは、好きな食べ物とか、あるのか?」
アウルがさらに勇気を出して尋ねると、リラは黙って首を横に振った。
「……ない、です。食べ物をもらえるだけで、嬉しかったから」
その言葉に、アウルの胸が締め付けられた。
リラの過去が、想像していた以上に過酷だったことが感じられた。
彼は、なんとかリラに「美味しい」という喜びを知ってほしいと思った。
これから作る料理でそれができるだろうか?
アウルは、食事の時、焚き火で焼いた肉を大きく切り分けて、リラに差し出した。
「これ、食べてみてくれないか。珍しいスパイスをかけて焼いてみたんだ」
リラは、差し出された肉を黙って受け取った。
アウルは緊張した面持ちでリラが食べる姿を見つめる。
その視線の先で肉を一口食べた彼女の目が少しだけ見開いた。
「これ……美味しいね」
リラは、小さな声でつぶやいた。
心から美味しいと感じる味がした。
「そうか、よかった! これからも美味しい料理をたくさん研究しないといけないな!」
アウルは照れくさそうに、でも、嬉しそうに言った。
それは、彼なりの愛情表現だった。
その夜、リラは焚き火のそばで、セレスと談笑しているアウルをじっと見ていた。
アウルは、決して器用な人ではない。
でも、彼女のために一生懸命、自分なりに接しようとしてくれていることが、リラには痛いほど伝わってきた。
次の日、リラはアウルに話しかけた。
「あの……アウルさん。昨日の、お肉美味しかったです」
リラがそう言うと、アウルは驚いたように目を丸くし、それから満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、研究者としての顔とは違い、まるで子供のように純粋だった。
「そうか! よかった! ……じゃあ、今度はこのキノコを食べく料理してみよう。……あ、でも、毒がないかちゃんと調べないといけないな……」
アウルは、いつもの調子でぶつぶつと研究者らしいことを言い始めた。
しかし、その声には以前のようなぎこちなさはなく、温かさが宿っていた。
リラは、アウルといると、自分の周りの空気が少しずつ温かくなっていくのを感じていた。
それは、炎の加護の熱ではなく、心から湧き上がる、優しい温かさだった。
試練の日の夜から、リラはアウルに対して少しずつ心を開き始めた。
アウルもまた、リラとの不器用な交流を通じて、研究対象としてだけでなく、一人の人間としてリラに寄り添うことの大切さを知ったのだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでもリラたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は、2つ目の試練に挑む場面が描かれる予定です。お楽しみに!
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