トルバーさん 1
ヴィラムの森の縁を二人は轡をそろえ並んで進む。
草の丈は低く視界を塞ぐこともなく馬体がしっかりと草の上に出ており馬の足取りには一切問題ない。
道…とは言えないが、時折ルーアが飛ばす空気(風)圧によって草が刈り倒されて余計に歩きやすい獣道?に変化したりしては居るが・・・・・
傍から見ているとルーアの想力(魔法)の成長は著しい。
水の生成、火炎の燃焼、土の変形、空気(風)の流れなどごく普通に息をするように発動しており、文字通り疲れ知らずに見える。
もっとも、想力の根源はイメージ力なのだから、イメージさえ確立すればその通りの現象を起こすのは簡単であるが、イメージですら集中力の要ることなのによく持続させられるものだと感心している。そこはセンスと言うか才能なのかもしれない。
そのように考えながらややルーアの左後方に位置し居ているとルーアは何度目かの風を起こして前方の草をきれいに刈り取って舞い上げ、そのまま道の脇に寄せてしまう。
「手慣れたもんだね。」あまりの手際の良さに思わずルーアの背中にそう言うと、
前を向いたまま振り返りもせずに、「いま、ちょっとした工夫をいろいろやっててですね、さっきはこう・・・」手を胸の前で水平にしてそのまま前に押し出すようなしぐさをして見せ、「素早く前に押し出す感じでやっていたんですけど、あまりうまく刈れなくて倒す方が多かったんですけれど・・・」次に彼女は手のひらを上に向け腕をまっすぐ前に突き出すと気持ち開いてから、スッと閉じて右腕と左腕をそのまま交差させるしぐさをする。「今、こんな感じでやってみたら、この方が草がスパッ!と切れるんですよね。」
まさしく彼女が行った仕草は腕で鋏の動きを模したようで、
「これって、すごいと思いません?」てな感じで訴えてくる。
確かに刈られた草の後を見てもその切れ方は格段に違う。まさに鎌で刈り取った…この場合はさみで切り取ったと言える状態なのだ。
「刈り取った後のようすが全く違うね。・・ただ俺には空気の動きが視覚的に解らないからそれ以上は何とも・・・」空気の動きが見えればよいが、目前で起こっているのは、前方の低めの草ではあるがそれがさらに短く切断されてほぼ道を形成して行っていると言えなくもない。
「ルーアの風の操作がどんな感じか解らないので、違うかもしれないけれど、ハサミって道具がそんな動きや働きをする。・・・かな?」
「はさみですか?・・・はさみ・・・そうです確かに右の風と左の風を剣のように鋭くして挟み込むように打ち出してます。」ルーアが自身のイメージを口にしながら
「ハサミって言うんですね。」と嬉しそう。何がうれしいのかはわからないがそこは深く考えまい。
「目標が何もないのでしっかりとしたことが言えませんが・・・」とルーアが森から見て反対側をさしながら、「おそらくあのあたりにルマヌ村があるはずで・・」
確かにここからは何も見えないので、それ以上解らないが、
「そうなるとこの辺りが森側のヴァンス領最北あたりかと思うんです。」
目標がない分、境界は不確定な部分も多いようだが、過去に標識を打ち込んであるらしい。もし埋もれたり、壊れたりしていなければ、少々大きめな石標があるらしい。
この道程自体が不明確なものであるが、その石標が残っていれば、道程の3分の2辺りになる様で、そもそもこの辺りの・・と言うよりもこの世界に詳細な地図はないからそれ自体も不正確ではあるがこの世界のレベルで言えば仕方ないのかもしれない。現在では人工衛星などによる測定で明確になっているのかも知れないが砂漠などの目標物がない所での国境線などあやふやになるのもうなずけるからね。
さて、とにもかくにも進むしかない森沿いに進めばそのうちトルバーさんの家が見えてくるはずだし、距離もここからはそう遠くはないはず。
黙々と歩を進めていくと突然目の前森沿い、続く草の上にポツンと飛び出した石塔様のものが目に入る。
「ルーア?あれって石標じゃないのかな。」多少表面がざらついてはいるもののきれいな円柱状の石柱が目に入る。俺の声掛けにルーアも森の方に目を向けるとその石柱を見つけたようで「あれかも知れません。行ってみましょう。」と声を弾ませる。
「もちろん行ってみよう。」
「えぇ。話にしか聞いていなかったので近くで見てみたいですものね。」
ルーアが石柱の方に向けて鋏を飛ばす。
パパパパパッ きれいに刈り取られた草の向こうに少しずつ石柱の全容が見えて来る。先ほどのルーアの話だと地面に打ち込んであるというけれど、地面から上の部分だけでもそこそこ・・2mと少しはあるようなのでどれだけ地中に埋まっているかも不明だが、かなりの重量物をどうやってここまで運び、垂直に打ち込めたのか?その作業を想像するに簡単ではなかったろうと言うことは分かる。
石柱の周りをさらにルーアのはさみが飛び回りよく手入れされた芝のようにきれいになっていく。
「こんなものでどうでしょうか?」きれいに刈り込まれた芝?を前にルーアが言う。
「・・・う~ん。十分でしょう。」ルーアって意外とこだわり派なのかなと言う疑問が浮かぶが今はそこを掘り下げない。俺もルーアも石柱をじっくりと見てみたいという気持ちで芝に馬で踏み入れ、石柱の前で下馬する。
ここ最近に・・・ではなく過去の遺物と言ってもいいような古いものだとは思うがこの石柱を見る限り古いというイメージが浮かばない。一抱えほどの円周のその石柱そのものの表面は磨かれているわけではないが掛けたり、苔が生えたりと言う変化が見られない。
(・・・パワーストーンって訳でもないんだろうけど・・・)
石柱を前にしてそっと触れてみる。
何の変哲もないただの石柱・・・うん。
よくある装飾も特にされているわけでもなく、本当にただの石柱が一本
上から下までをよく観察しながら裏に回る。円柱に表も裏もないとは思うが・・・
まあ、森側を裏と仮定すると・・・だね。
「ん!・・・あれは?」
石柱の裏で何か記号のような…文字かな?・・・いや、
「ルーア。これちょっと見てみて。」見つけた文様を観察しながらルーアに声を掛けるもルーアもすでに同じものを見ており
「なんでしょうね?・・・これ」指で空中に文様をなぞりながら描き、思案に耽っている。
(しかしどこかで見たような・・・)明らかな記憶でもないし、曖昧な記憶を呼び起こしながら腕を組みしばらく考えていた。




