変人の家 19
ここまでで確定したのは、想力というものが俺の中では魔力を伴う「魔法」だということだった。
想力で実際にできることは、俺が頭の中で描いてきた魔法そのもので、伝承や物語で聞きかじった「魔法らしいもの」とも符号している。ルーアにはその点は明かしていないが、事実は事実だ。
だからこそ、見た目も理屈も「らしく」作らなければならない。
ただ力を使えば動く、では説得力がない。予想される今後の研究者にも、傍観者にも、運よく魔法使いとなった者たちにも――「これをこうしてこうすれば、魔法が発動するよ」と思わせるための手順、つまりミスリード用の儀式めいた手続きが必要だった。
作業に取りかかる直前、ルーアが擦り合わせのために尋ねてきた。
「もう少し詳しく、その――仁多様が描く魔法、魔力のことを教えてもらえますか?」
俺は詳しくはないと前置きしてから話し始めた。
「そもそも、俺の世界にも元から魔法というものがあるわけじゃないんだ。人間の希望、──こんなことができたらいいな、こういう能力があったらいいなっていう願い事が基になってる。だから、普通の手段ではかなわないことを可能にする『力』が魔法なんだよ。」
ルーアは黙って聞き、短く問い返した。
「決まってはいないんですね?」
「ああ、そうなんだ。決まった型があるわけじゃない。結果も方法も、結局はそれを考えた人の解釈に依る。今の俺たちが実際にできることだけが事実で、それを正確に表現するのが一つの正解だ。でもそれでは人に想力を伝えるのならばいいが、ミスリードさせられないから悩むんだよね。」
ルーアの瞳が少し揺れた。彼女は呟くように言った。
「魔法というものを私たちが自由に定義して、想力が魔法に見えるようにする、ですね。」
そのとき俺は、やるべきことの輪郭をつかんだ気がした。
理屈めいた言葉、儀式の所作、触媒となる小道具、そして代償を示す小さな効果――それらを丁寧に組み合わせれば、たとえ本質が想像力と希望の産物であっても、誰の目にも「魔法らしい」現象に仕立てられるはずだ。
だが、問題は最後に残った。
どこまで欺き、どこまで真実を残すのか。儀式は見せかけに過ぎないのか、それともそれ自体が新しい現実を生むのか。俺たちはただの演出家でいいのか、それとも創造者でありたいのか。
ルーアはしばらく沈黙したまま、低く笑って言った。
「やってみましょう。まずは『らしい』手順から作ってみる。それで人が信じるかどうかを検証すればいいのでは。」
俺は深く息を吐いて、筆先を探るように視線を落とした。魔法を「らしく」見せるための初めの一線を引くのは、これからだ。
ではまず、大元となる力の根源に考察を飛ばす。
「魔力の根源に何を据えるか?」二人で向き合いながら真剣に考える。
この世界に有って取得が難しく、されど不可能でもない何かで力の根源となり得るもの・・・魔素とか、体の中のエネルギーとか、大地のエネルギー?・・魔石なんてものもあったか?」
「魔素とか、魔石って言うのがわかりませんが、要はそのような稀有なものを探せばいいのですね?」
「そうだね。ただ決して稀有が重要じゃないと思う。たとえそれがただの石ころであってもそこにエネルギーがあってそれが魔法に昇華するとイメージすれば想力なら可能になるのではないか?」
「想力なら…可能ですね。」少し考えてルーアが答える。
「うん。もう面倒だね。エネルギー源を考えたら、呪文、ポーズとか触媒となる小道具・・杖?で減少でしょ。」考えただけでげっそりする。
まずは、やはり壁様に確認に行った方がいいのだろうか。
「確認に行くか?壁様に。」
「そうですね」
考える前に確認にいこう。
そうと決まれば話は早い。なんせ森はすぐそこ
「おーい。壁様!」
「女神様。 いらっしゃいますか?」
「ほい、ほい。今日は何じゃ?」
「ちょっと困ったというか、先を見越して考えておかないといけないと思ったんだが・・・」俺が壁様にそう切り出すとルーアが心配そうに、焦る様子で手で「ちょっとちょっと」と抑える様に俺の前でやっている。
(ルーアにはれっきとした神様だったか。・・それも女神さまだったよな?)
「ぜんぜん大丈夫だと思うよ。そんな壁様じゃないから。」ルーアにはそう言ったものの、ルーアはあちこち見まわしながら壁様の姿を探し求めつつ、
「でも仁多様、女神さまですよ。失礼のないようにしないと。」
あまりにもルーアが真剣にそういうので、ほんの少しだけ改めて
「壁様。実際はどうなのか教えてほしいんだが、想力は誰でも使えるのか?」
「・・想力?・・ああ、もちろん誰でも使える。 想力だからな。」解るような解らないような曖昧にも聞こえる回答。
「女神様。誰でも使えると仰いましたが、何かきっかけがあるのでしょうか?・・例えば・・畏れ多いのですが、女神さまに触れるとか・・・」
「あぁもちろんです・・ルーア。わたしに触れる・・私が触れるとその力は比して大きなものになります。」ルーアにはこのように聞こえているのだが、仁多にはそのようには聞こえない。その口調も声もまさしく爺さんが語っているようにしか。
「・・・といいますと?」
「私が触れずとも森に来さえすれば、誰しもが想力を発露します。あとはその使い方と現象に気付くかどうかです。」なんてことはないと言わんばかりだ。
「森に来るだけで想力を使えるようになるのですか?」ルーアはあまりにも簡単なその答えに驚きながら問い直す。
「理屈ではその通りです。その者が森にどれだけ深く関与したかが、その力の大きさに比例するのです。」
「森に関与するとはどういうことでしょう?」
「簡単なことです。あなた方にとっては何の恵みもないこの森・・ただの恐怖の対象でしかない森に近づく者がいなかったのが何よりの証左。誰も森に関与しようとはしないのです。」
「はい。わたしも女神さまに出会うまでは全くその通りでした。」
「そうですね・・・ただ、そなたはこの男に導かれて森に入ることとなった。」
「・・・はい。」
「その時点でルーアの想力は発露しましたが、わたしに触れることによりその想力は最大となりました。」
「やはり女神さまに触れることが・・・」
「いいえ、けっしてそうではありません。一度発露した能力は件の努力と森の深部に向かうことで高めていくことができます。わたしに触れることは次の段階に導かれるということです」。俺たちの理解が追い付かないでいると、
「つまり、あなたと仁多は一足飛びに高みに至ったということです。」と補足が入る。
「・・ちょっと確認したいのだが・・・森の深部に向かうほど高みに至る?・・・と」俺が具体的にはそう言うことなのだろうと問うてみれば
「そう言うことじゃな。ではちょっくら森の中心まで行ってみるか?」
「・・今からか?」と突然のお誘いに驚く俺に比べてルーアは、
「よろしいんでしょうか?」と答えている。
「もちろんです。それでは移動しましょう。」壁様は俺の問いにはほとんどスルーで、さっさと森の中央に向かうことに決めたようだ。
(時間大丈夫かな?)




