変人の家 8
二人はほどなく帰って行った。空となった馬車2両が整備されているとは言えない荒れ道を領主館へ向かって。
「ヤルマーク殿。仁多殿は一体何を考えているのでしょうか?」
「他国からの流れ者とは聞いているが・・・の。 彼の言う『雇用状況の改善』がよく理解できん。」
「ええ、実際彼のやり方ではルーアが助長するばかりかと・・・」
「さもありなん。あれでは却って反抗心を育むものになろうて。」
「ただ、・・・教育の件についてはわたしは理解できると言いますか・・」
「なんじゃ、歯切れが悪いのぉ。下民に教養など不要じゃ。黙って働かせておけばいい。」
ヤルマークは ケッ と言わんくらいに顔を背けて不快感を表す。
「何が村人に教育をだ。 いくらお客人とは言え口が過ぎるというもんだ。村人が働かなくなると税収が減るんじゃぞ。」
「仁多殿が言っていたように、教養があれば皆の生活が楽になるのでしょう?」
「そうじゃろな。悪知恵が付いて碌でもないことを考えるようになるじゃろうな?・・その結果我らの領はどうなるじゃろうな?」
「それも一理。で、エレノア様にはこの件は?」
「無論、お話はせず・・じゃ。答えは決まっとる不可とな。」
「それでよろしいので?‥仁多殿の知るところとなれば・・・」
「知られなければいい。我らの領主邸での話などどうして知ることができるものか。」
「・・・・・」
「仁多様。先ほどの話あれでよかったのでしょうか?」二人を見送った後一緒に片づけを行いながらルーアが聞いてくる。
「いいんじゃないか?俺は近くの村の人に教育の機会を与えてくれって言っただけのつもりだよ。」
「それはいいのですが・・・わたしの同席の件とかです。」
「同席がまずいの?・・・なんで?」聞いてきたルーアの方がなんで?って顔になる。
「ですからヤルマーク様の言っていた身分のことですよ。」
「身分・・・たって。ヤルマークも、ロットハルムもみんな平民でしょ?」
「・・・いいえ。ヤルマーク様は男爵家の三男。貴族の子弟です。」
「あ。そうだったの?」(それはまずったかな?)
でもいいんじゃ?貴族かも知んないけど・・・まずったかなぁ?
そんな話をしながら二人で届いた荷物をそれぞれ部屋に運び込みつつ食料を食堂キッチンに運び込む
建物最奥の和室の隅に設置された対面キッチンアイランドで少々豪華な雰囲気
(そう言えばここに住んでいた奴って・・独り身だったよな。何で対面の必要が?)
些細な疑問はあったが、それ以上気にもせず荷物を運びこみ整理していく。
「思った以上に多いですね・・ハァ」ルーアには大変なようで荷物を置いて大きく息をつく。姿勢を起こす際に少しふらつき壁に体が当たる。
コン。
(やたらと軽い音)
「大丈夫?ルーア」よろめいたルーアを気遣い声を掛けると
「大丈夫です。・・でもこの壁って薄いんですかねぇ?」
「俺にも聞こえたけどやたら高い音だったね。・・確かに薄い壁のような・・・」
ルーアが当たった壁に近づいて手で叩いてみるが・・ここは音が重いね。
少しずつずらしながらコンコンしていくとどうも一部だけ壁が薄いようだ。
(隠し扉とか?)思いつくのはそんなところ。しかし扉を開けるためのスイッチらしきものも仕組みも一切見つからない。
(絶対にどこかに仕掛けがあるはず。・・さすがに単なる手抜きってないよな?)
壁に耳を当ててコンコンやってみたりその部分や、周囲を押したりずらしたりといろいろ探ってみたが・・・わからない。
(さてこんな時俺ならどこにどうするか?)
「ここが何かの出入り口だと仮定して、どんなときに使用すると思う?」一人では思いつかないし、考えもまとまらないのでルーアの意見も聞いてみる。
「そうですね?・・・何かを隠すというのが普通かと思いますが、脱出口とかも考えられると思いますが」
(隠すか。逃げるか?)
普通に考えるとその二択がもっともだと思う。
(隠すとすれば・・・何を?。 逃げるとすれば・・・何から?)
ここは森のすぐ近く。ルーアやこの世界の人にすれば、なぜかなるべく近寄りたくない場所・・・
とすれば、隠す・・の方が現実的か?
(そもそもここの住人はどんな奴だったんだ?・・変人とは言っていたが・・・)
壁をぶち破るのは最後の手段。そう慌てて破壊することもない。はず。
光る地面と言い、秘密扉かとも思われる壁の存在。それだけで十分変な家だ。ここに住んでいたのだから変人と言うことか?
それならばこの現象なり他の現象なり何かしら領主の耳に入っていてもおかしくない。なのにその件については誰も何も触れていなかった。
もう少し、じっくり考えてみよう。どこにスイッチなり開閉装置があれば便利か?
扉の周囲か扉自体、さもなくば、普段自分がいる場所・・・・ならその場所はどこ?
ここの造りはあくまでも迄は森に向いている。・・・嫌なはずの森に・・・
そして、和室の造りに対面キッチン・・なぜ対面キッチンん?誰か他に居た?・・もしくは何かを監視する必要があった?
(ひょっとして、・・庭の光る現象?・・いや、そうだとすれば光るのを確認してからキッチンの改修?・・現実的ではない。なら・・・)
俺が一人で思索にふけっているとルーアが「実は・・・」という。
「ん?どうしたの?」
「私が部屋に使っている机の引き出しにノートが・・・でもなんて書いてあるのかわからなくて・・」
「どんなノート?」
「私が仁多様にもらったノートに大きさが一緒で・・色違いと言ってもいいくらいの・・・です。」
(え?・・なに、なに・・どういうこと?)
「ちょっと取ってきますね。」そう言って自室にそのノートを取りに走ったルーア
しばらくすると戻ってきたその手にはしっかりとノートが握られている。
「それが?・・例のノート?」
「はい。そうです。ほかのことがいっぱいあって引き出しにしまったまま忘れてました。ごめんなさい。」大事なノートなら早く知らせるべきだったとか思わせてしまったのかもしれない。が
「うん。とりあえずは見せてもらえる?」
ルーアからそれを受け取った時に衝撃が走る。最初目にした時からまさかとは思ったが、
チームで大量に購入し、持参したノートと同じに見えたからだ。実際にそれを受け取るとノートの表紙に明らかに印刷文字で『NOTEBOOK』と書いてある。ここの文字ではない。
ルーアから受け取ったそのまま俺はしばらく動けずに固まってしまった。
(・・・・なんでこれがここにある?)
動かずにいる俺を心配してルーアが声を掛けて良いものが逡巡している様子で どうしよう って表情をしているのに気づく。
「大丈夫だよ。ルーア」俺が声を発すると安心したかのように、ホッと一つ息をつく。
「確かにそっくりだね。・・俺も怖くなったよ。何でこれがここにあるんだってね。」
それから気を取り直してノートをめくってみる。
書かれていたものは『これを読めるなら、私の財産を受け取ってくれ。鍵は「壁を壊して手に入れろ」』
「・・ハ、ハハ、・・そのまんまじゃないか」
その一文の最後に西田教授のサインを見つけたからだ。回りくどいことを嫌う教授なら何の工夫もない。
言葉そのまま「壁を壊せ」と言うことだ。
つまり、あの薄い壁がカギとなるということだろう。
俺がつぶやいた言葉を拾ったルーアが、首を傾げながら「そのまんま・・ですか?」といった。
「そう、そのまんま。このノートには壁を壊せって書いてある。」
「仁多様はその文字が読めるのですね?」
「・・これはね、俺が生まれ育った故郷の文字だよ。ここの世界いとは違う・・・ね。」
自身の言葉とその意味を改めてかみしめ、まさかと思ったこの世界で日本語に出会うとは・・・
思わず声が小さくなり、力を失うが、くよくよしてはいられない。まずはその残した財産を見てみないことには・・
西田教授 リターンズ?




