ヴェルムヘルム領 11
食事の後俺たちはそのままエレノアさんの執務室に移動した。
「さて、ここなら気兼ねなく話せるわね?」俺とエミリーにそう言うと、俺もエミリーも黙って頷く。
BPは入口の扉付近に丸まってゆっくりしているが、耳は外を気にしている様子でぴくぴく小刻みに動いたかと思うと後ろを向けたまま止める。
「にゃう」と一声発するとそのまま床に伏せる。寝てる?と言った感じ
「で、どうなったの?」
「第3の候補地に決めようかと思ってます。」
「そう。いつ出立の予定?」
「準備ができ次第で。と言っても荷物も大してありませんのでいつでも出られるんですが・・」
「馬車はあなたがここまで乗ってきたものを使えばよろしくて。あとは馬ね。今日のうちに選んでおいて。準備をさせておくわ。当面は馬車に2頭、と別に何頭か・・5頭でいいわね?」
「では馬は5頭選んでおきます。あとはこちらで使ってください。私には不要ですから。」
「ではそうさせていただくわ。・・ただし買取ということでね。」エレノアさんの頭の中ではすでに出来上がっている話なのだろう。にっこり微笑みながらそう言うのだから。
「それと・・あとは下僕ね。メイドはルーアでいいわね。」
(そうだよな。まあ、男手も必要な場面はいろいろあるし、馬がいればなおさらか。)
「誰か希望は居て?」
「そうですねぇ。まあ、知ってる人もいないのでできれば馬の世話もできる方がよいかと・・」
「ふっむ。それもそうね。では・・あとでシュレッドに人選させるわ。」『うん』と自身で納得したかのようにうなづくと
「顔合わせは当日、現地までは馭者もいないとね。あと念のため兵士も2名付けます。」
(これは過分な・・・それともほかに何か?)
「一応の確認ですが、その兵は現地に着いたら?・・・すぐに戻せばよろしいので?」
「着いた後は時間によって決めてもらえばそれでいいわ。・・私からは以上・・かしら。」頭の中のリストを確認しているのだろう。問題がないかを逡巡しているようだが。
「うん。大丈夫ね。ではエミリー、あなたからは何かしら?」エミリーに発言順位を回す。
「マコト。急に行くなんて寂しくなるじゃない。ここではだめ?」そんな悲しそうに言われても・・・
「うん。ごめんね。・・っでも、そんなに遠くに行くわけじゃないし。何かの時には行き来もできる距離でしょ?」と入ったもののあまりにも令和日本の常識過ぎたか・・・
「そんな簡単には・・・無理だと思うけど。」この世界なら少なくとも安全が担保されてはいないか。
まあ、そういった事態が原因でこの人たちと出会ったことも忘れてはいけないということだね。
「そうだ。エミリーさん。ひとつ大事なことを教えておいてあげるね。」話題を変えたかった気持ちもあるがこれからのことに大切なこと
「BPのことだけどもね?」そこまで言ってエミリーを手招きする。
「なあに?」怪訝そうな顔をしながらも素直にこちらにやってくるので、
「ちょっと耳を貸してね」
『BPはエミリーの言うことをしっかりと理解してるよ。あとはエミリーがしっかりとBPの言葉を聞いてあげることだね。』(そう俺も願っておくよ。)
エミリーが俺の言葉に一瞬固まったかと思うと次には『え~っ』と驚いて目を見開きつつBPに目を向ける。
言い終えて俺も一緒に・・・
BPは黙って俺たちを見て「ぴあー」と発したかと思うと確かにうなづいた。
「・・・いま、『そうだよ』って聞こえた気がする。」BPの声を聴きエミリーがうれしそうに俺に振り向く。俺はBPの方に顎をしゃくりながら、
「じゃあ、エミリーはなんて言ってあげるの?」
「そんなの決まってる。『これからもよろしくね』って」
「いい友達になれそうだね。」俺はエミリーとBPを順番に見てから、エレノアさんに向き直す。
「という訳で、BPはエミリーさんにお預けします。二人は良い友達になりますよ。・・・それと、BPなんですが、」
俺はエレノアさんとエミリーに今までに俺が知ったBPのことを話した。おそらく彼女はこの世界以外の別世界から迷い込んだ俺のような存在であること。動物の形は敷いているがちゃんと知能があると推測できること。
エレノアさんとエミリーは当初あまりのことに驚愕していたが、何かと行動から思い当たる節もあったようで私の話を受け入れてくれた。
それから移動と向こうでの生活について詳細を詰めながら話すことになり、急遽シュレッドを呼び出し、あわせてヤルマークも話に加わるようにと更に呼び出すことになった。家のこととはいえ家人のトップに内緒で何もかも勝手に決めてしまう訳にはいかない。それに、家人がいて話に参加したほうが具体的な話が可能になるのだ。
2人が合流したときに具体的な向こうでの生活に話が移る。ヴァンス家の客人とは言え、私はこの国の・・以前にどこの国でも貴族とか、華族とかには当てはまらない、言わばただの一般人だ。
領地があるわけでもなく、ヴァンス家以外に頼るべき知り合いもなく、収入を得られるすべも知らない。なので、ルーアとの話の時にも出てきたお金の件が問題となる。
例えばルーアの給金について、これは当面ヴァンス家から支給されるとしてもさすがに永久的には期待できないし、そもそも俺がそこまで迷惑をかけたくない。この家をそうそうに離れるのも何とか自立してやっていかなければと考えた結果であって、もともと森を出た後、トルバーさんの下を発つときには自分一人でやっていくつもりで決めていたこと。
ただルーアとは読み書きを教えるという約束もしてしまったし・・それ以前に俺にかかわりすぎた。いや俺がかかわりすぎた。
なのでシュミンの話については却下、ルーアの話自体にも難色を示され、それに下僕一人を付けると言うのが人手の問題から問題視される。
その結果、兵しい3名うち一名が御者を兼務し、ルーアについては当面の間のみ、俺の生活が安定するまでの間に食糧援助するための大義名分として、言わば『貸し出しメイド』という言葉は悪いが名目とされた。期限は一年、正直裕福でないヴァンス家にとってもぎりぎりの線とのこと。
これはヴァンス家の負担少なくするためにも早く何らかの生活を維持できる方法を見出さなければ。
話を終えて自分の部屋に戻ると扉の前にルーアが待っている。俺の姿を確認するとそのまま扉を開けてくれ、「どうでしたか?」と不安気。
「まあ、入って・・ソファーにでも」以前のルーアなら一応の拒絶を見せていたソファの利用も今となっては普通の間隔になってきたようだ。
「ありがとうございます。」と丁寧に断りを入れて腰掛けてくれる。
「ではひとつづつ・・まずはシュミンの件だが、・・断られた。ダメだった。」
「・・・・えぇ。・・そうなるだろうとは思っていました。」俺からの答えを聞いて特段気落ちした様子もなく、本人にしても想定内の返答だったのだろう。話はこれから
「つぎに、あちらでの生活は馬5頭に馬車、最低限の家財道具。」
「それに俺はあちらで、何かの収入を得る手立てをお考えないといけない。」
「そのうえで、何とか形を作り上げるのに半年の期限を切りたいと思う。」『ん?』という表情でこちらを見返すルーア、だが構わず続ける。
「それ以上この家の支援を受け続けるのにはさすがに忍びない。万一・・」
「万一・・?」
「そう。万一目途が立たなければ、ルーアにはまたこの家に戻ってもらおうかと考えている。」
「・・・」
「もしそうなった場合、君に約束した読み書きを教えるのもそこまでとなってしまうので、そのつもりで進めてほしい。」
「・・・」表情も変えず何も答えないまま黙って聞いているルーア。もう一度念押しに
「半年だ。」
「・・・半年は教えてもらえるのですね?ならば大丈夫です。」ルーアは力を込めて、
いつになく真剣なまなざしを俺に向ける。
「・・じゃあ出発は明日の朝で・・」俺も負けじと真剣なまなざしを向ける。
「・・あすの・・あさ~っ!・・・すぐに準備に入ります。」
(うん。そうして)俺はにっこりとルーアに微笑むと
「俺の方は準備おわってるから(そもそも荷物解いてないし)」
ルーアは部屋を見回して『え~~っ』と一言いうと席を立ち『失礼します。』と一礼して慌ただしく部屋を出ていった。
当初の予定通り一人で生活をはじめることに・・・・いや二人か。




